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23.

 やはりカリスティは無理をしている。セナカにはわかる。


 神楽の振り付けは完璧に覚えているけれど、疲弊した体がやる気に追いついていない。セナカが太鼓で刻むリズムからずれるし、腕も脚もよろよろしている。


 ふわりと金の光がカリスティを包み、一瞬で消えた。カリスティが集中しきれていないから、女神ニーティアも安定しない。


 もう一度、カリスティの髪先が金色に染まって、踊りは終わった。爪先がキラキラと闇の中で目立つ。


「ウィドラシャン! わたしはこっちよ!」


 女神が恋人を呼び寄せようとした。


 雷雲が割れて静まった。波が固定されて、下方でほのかにろうそくのような明かりが揺れる。ニーティアの足下の砂がさらさらと動いた。


「お待ちを、女神ニーティアさま」


 踏み出したのはセナカだった。カリスティでは到底向けないだろう目つきを女神は向けてくる。けれども、怯んでなんかいられない。


「なぜ御身はウスワ国の姫君に……カリスティ殿下に苦渋を課すのですか」


「体を捧げてきたのは人間からよ。わたしは頼んでないけれど。ウィドラシャンと触れ合えるのはこの方法しか知らないわ」


 他のやり方を試すこともしたくない、というように聞こえる。


「人間の好意に甘えて、叶えられなければ暴虐を尽くすのは理不尽がすぎます」


 その昔、ニーティアとウィドラシャンの関係を憂いて、神々を慰めようと舞楽を奉納しはじめたのはウスワ国の人間だった。しかし伝統が途絶えようとしたときに、逢瀬が叶わず憤怒したウィドラシャンはウスワ国に鉄槌を下した。


 姫を想うあまりにセナカは神へ喧嘩を売っている。世界をも壊せる力を持つ神に道理も常識も通用しない。だからこそ、神なのだ。人智を超えた奇跡を起こし、人類に影響を与えても、人類から影響されることはない。


「全員不幸な今の状況は、原因の根本的な解決に至っていないからでしょう。なぜ新月の夜に逢瀬を繰り返すんですか」


「その日しか会うことを太陽神から許されていないからよ。会えるなら毎日でも会いたいわ」


 太陽神はすべての神の祖だ。ニーティアやウィドラシャンの親であり、上司であり、逆らうことのできない絶対権力者。天界で間違いを犯せば太陽神に裁かれる。残念ながら、人の住む島を破壊するなど神が人間に行う行為には適用されないようではある。


 恋をするのは勝手だが、人間を巻き込みすぎた。


 カリスティがふらふらになってまで神のために踊るのは、信仰心ではなく恐怖からだ。家族を失う恐怖。生まれ育った土地を壊される恐怖。これ以上なにも奪わないでという悲痛な願いで毎回踊るのだ。それを止められるのが、自分一人だからと背負い込む。セナカはもう見ているのも辛くなってしまった。


 カリスティを大事に思うなら、もっと早く行動を起こすべきだった。問いただして、抗議しなければ何も変えられない。


 尊大な神が人間相手に対話などするはずがない。などという思い込みで挑戦すらせずに、姫を苦しませるべきではなかった。



 女神はうっとりと、海底から這い上がってくる男神を見ている。


「ニーティアさまとウィドラシャンさまが別れて暮らすきっかけはなんだと言うのです」


 海へ手を伸ばそうとしたニーティアの腕を押さえてセナカは邪魔する。だんまりを決め込んだ女神は、つんと目を閉じた。


 セナカの横にマリカが並んだ。遠くでリーニが「兄さん」と咎めた。


「カリスティ殿下が献身しなければならないことになったのはなぜか、ご説明を」


 うるさい、と態度で示してニーティアはじろりとマリカを見上げる。


「女神ニーティアが肉体を持たぬのはなにゆえか」


「不躾ね。……わたしたちが罪を犯したから、って伝わってないのかしら」


「どのような罪ですか」


 神は基本的に地上の世界を好き勝手にする。気まぐれにかき乱す。それが許されている神が罰せられるほどの行いとは、何か。


「太陽神の判決を待たずに自分たちだけで罪人に処罰を下したからよ。神々を裁けるのは最高神のみ。でも、クァンガイスは死して当然だわ」


 瞳が茶と金に点滅した。興奮するあまり、カリスティの体への憑依が不安定になっている。


 生成色の地面が黒ずんで盛り上がった。女神の吐き出す闇を吸い込んだようにどろりと、女神の金のつま先を汚す。ニーティアはすり潰すようにかかとで踏みつける。


「いつになってもあいつはわたしたちを苦しめる」


 ぐりぐり、ぐりぐりと泥を執拗に(なす)る。


「ニブタール、わたしたちの愛し子……!」


 ああ、と叫んで両腕を伸ばしたニーティアはやっと浜辺に足をつけたウィドラシャンにしがみついた。


「ウィドラシャン、愛しいあなた」


 男神の口が開くが、音を発しない。悲し気にニーティアに視線を注ぐ。


「わたしたちが愛し合うのをやめさせたいのですって」


 ウィドラシャンは、きつく妻を抱きしめるばかり。


「いまのわたしたちは中途半端。だからこれ以上のことは望めない……壊れるから」


 壊れるーーというのが、肉体欠損を指すのか精神崩壊を指すのかまではわからない。どちらにしろ御免だ。女神ニーティアはすなわちカリスティなのだから。


「罰せられて、わたしは体を失った。ウィドラシャンは魂を縛られて苦痛を与えられるの」


 金色だった毛先から光が失われた。


「いや。思い出させないで!」


 自らの頭を鷲づかみにする手の爪は白く戻っていく。


 カリスティの体が、しっかり寄りかかっていたはずのウィドラシャンの腕をすり抜ける。溺れて水に沈み込むように地に着いた。姿は見えているのに、透明人間のようだ。神は人間に触れられないのだろうか。


「人に甘えるのもたいがいにしろ。罪人らしく罪を償え」


 ウィドラシャンの威圧を物ともせず跳ね返す勢いで、マリカは主張した。


「あなた方に罪を与えたのは太陽神さま。ですので太陽神さまに相談してください。現状の打開策を」


 セナカがカリスティを抱き上げて言った。


「こちらからの要求は、カリスティさまの解放。かつウスワ国にどんな被害も与えないでください、という二点です」


 足元に波がそろそろと戻ってくる。砂の固まりが波にさらわれるように、無言の男神は海の波に溶けた。夜が明ける前に神が退くのははじめてだ。ニーティアが先に脱落したゆえに朝を待つ理由もない。


「次の新月にお答えをいただきます」


 海の底が一瞬だけ光る。言葉はきっと届いていた。


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