19.
夕食前になって、リーニはカリスティが会議から帰るのを待っていた。会議前に平静を装ってはいても、姫がただならぬ雰囲気であったことはリーニも気がかりだった。王を交えての話し合いは長引いている。
「カリスティさま!」
飛び込んで来たのはセナカだった。リーニは彼女がカリスティと別々にいる姿を見たことがない。そのセナカが動揺している。よからぬ事態に陥っているのだ。
「姫殿下はまだお帰りではありませんわ」
愛らしい猫目が、姫専属護衛の顔が歪む。
「どうしよう。セナカが、離れたから……!」
ふらり、と壁に寄りかかる彼女を誘導して、外に音が漏れないように扉をきっちり閉めつつ椅子に座らせる。
「会議で何かあったのですか?」
本日の予定は宰相マリカとケララニ陛下との会合だったはずだ。それから宮殿内で、ウスワ側がカリスティとセナカを引き離すようなことはしない。
「ううん、そのあと。オグレインのシャマス王子が船に誘ってきて、大事な話だからと二人きりにさせてしまった」
気の毒に、深い後悔からセナカはわなわなと震えている。
「姫は先に船を降りたって言って、セナカを追い出した」
「シャマス殿下が……狂言を……?」
温和でしかない見たことがあるからこそ、セナカの証言に驚愕しっぱなしだ。汚い手を使うような男には見えなかった。しかし、世の中一見温和そうな仮面で本性を隠している輩の方が、わかりやすい悪党よりタチが悪いことだってある。
「カリスティさまがこの宮殿に帰ってきていないならあいつが嘘をついたってことだ! 船をもう一度確認しようにも、セナカは乗船許可しないだと!」
自分の太ももを拳で叩く。ガチャガチャと硬い音がした。
「では、あたしが見て参りますわ」
リーニの申し出に、セナカは面を上げる。
「ウスワ国とオグレイン国間の問題になるかもしれないのに、メスカ国の者が干渉するのは……」
「あたしは、カリスティ殿下の身辺をお世話するようにと任命されました。お預かりした大切な客人がいなくなって足取りも掴めないのに、放置する方がおかしいですわよね?」
宰相にも話を通して、セナカとともに武力を率いて港近くに潜伏することが決まった。
オグレイン国の肩章がある制服を着た兵士が船の前にいた。リーニは取り次ぎを頼みながら、客船の外観を眺める。大きすぎて、もしカリスティが救難の合図かなにかを出していてもわかりづらい。
「カリスティ殿下の護衛セナカがこちらをお訪ねの際に忘れ物をしたと。姫殿下が入られたお部屋を見せていただいてもよろしいでしょうか」
忘れ物とはカリスティそのものであり、船に監禁されていないかを確認したいのだが。
「お通しします。どうぞ」
あっさりとリーニへの許可が下りる。セナカのときは拒絶されたと聞いたけれど。
船内ではシャマスの側仕えが待ち構えていた。
「カリスティ殿下がお待ちのお部屋までご案内します」
彼女が待っている?
不審さにしかめそうになったところを我慢した。
「……こちらにいらっしゃるのですか」
「護衛の方とすれ違ってしまったようで、戻ってらっしゃったのですよ。こちらとしてもお招きしておきながら帰りをお一人にするなんて無責任でしよう」
なかなかまっとうなことを口にしているがはてさて。
「さようでしたか。姫殿下はあたしが連れ帰りますわ」
一応、つじつまは合う。船内でカリスティとセナカは別れてしまった。カリスティが先に船をでたのか、それともセナカが先だったのかまではわからない。とにかくお互いの姿がなく、二人は混乱した。出口が違ったのか、歩いて離れたところで待っていたのかもしれない。セナカはもう一度船内を改めたいと要求したが、姫はいないと却下される。仕方なく宮殿に戻ることにした。その後に、いくら待ってもセナカと合流できなかったカリスティが船に戻ってしまったーーと。
案内の男が立ち止まる。見張りをしていたらしいひとりが道を開けた。
「こちらのお部屋です」
素早く狭く開いた隙間から、リーニは室内に男の力で押し込められた。とっさに背中で扉に体当たりしたが、びくともしない。鍵をかけられている。もっと警戒しておくんだった。
「リーニ!」
名前を呼んだのは探し求めていた人物だった。よかった。少なくとも、姫には会えた。憔悴はしているが、動いて話すこともできている。
「カリスティ殿下、お体に異変はありませんか?」
双方から駆け寄った。リーニはさっとカリスティの顔色や服の乱れなどに目をやって、安堵した。
「わたしはなんとも。たぶん、これからも暴力とかはないでしょう。それよりも、あなたが危ないです」
「……あたしですか?」
こうして閉じ込められているのだから、狙いは明らかにカリスティ姫だろう。筋違いな発言に瞬くリーニに、カリスティは腕をとって奥へ引き込む。
「シャマス殿下はあなたを気に入っているみたいです」
当惑しながらも、否定する。
「あの方とお話したことはありませんけれど」
「……外見が好みだと」
目線がリーニの胸元に動いたことで、じゅうぶんすぎるほど理解できた。この不自然なほど突出したものは、一部の殿方には何にも代えがたい魅力に映るらしい。実際は重くて邪魔なだけなのに。
「どうやらシャマスは船を降りて街に行ってるみたいです。いまのうちになんとか逃げられないかしら?」
廊下に出る扉は鍵をかけられ、外側に見張りがいる。となればもう一つの出入り口、海に面するベランダの扉をどうにかするしかない。きっと鍵は除去して埋められているか、動かないように細工されているだろう。リーニは袖に手を引っ込めて、もぞもぞとする。不思議そうにしているカリスティに、微笑んでみせた。
袖から手を引き抜いたときには、小型の工具たちがそれぞれの指の間に握られている。カリスティは手品をはじめて目にした少女のようだった。
脱走のため、窓を割るにも分厚すぎて得策とはいえない。そもそもが窓枠は子どもがやっと潜れるかという直径しかない。出入りの鍵に細工をされているのなら、いっそ鍵の機構そのものを取っ払ってしまえばいい。幸いリーニは兄の教えによって、あらゆる場面に対応できるように常に七つ道具を隠し持っている。想定されていない、いざというときが今だ。




