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18.

 セナカのいない部屋でカリスティはシャマスと向き合う。


「お話する機会をくださりありがとうございます」


 シャマスは微笑んだ。正真正銘、二人きりの空間。


「とても大切なお話かと存じますので」


「ええ。僕と結婚しましょう」


 しん、と音をなくす。ずくり、と心臓が絞られた。


「非公式のお申し込みですし、聞かなかったことにします」


「まぁまぁ、そう結論を急がずに」


 当惑を出すまいとするカリスティにシャマスが苦笑する。


「僕は兄者の補佐をしていて国の統治というものを理解していますし、あなたとの年齢差も悪くはないでしょう? 姫」


 姫、という呼びかけには毒々しいまでの熱望が込められていた。


 二十八のカリスティと、三十代半ばのシャマスならば、著しく離れてはいない。カリスティは王族としては行き遅れではあるし、裏事情がないのなら手放しで喜べた。


 そうではない。カリスティは、唯一の王位継承者でありながら結婚を許されない立場なのだ。この身は女神に捧げなければならない。清らかなままでなければ神楽は踊れない。ウスワ国が約束を違えれば神は怒りを振り落とすだろう。


「ああ、そうか」


 何かに気づいたとばかりに、シャマスは机を軽く叩く。


「違うんですよ。カリスティ姫の嫁入りではなく、僕がウスワ国に婿入りしたいという意味ですよ。僕と二人で、国を大きくしましょう」


 動機や、彼がカリスティのどこを気に入ったかも関係ない。


「やはり、お断りします」


「口約束で信じられないのであれば、正式な文書で打診します」


「いいえ……お受けできません」


「僕ならウスワ国を大事にできますよ」


「すみませんが……」


 ため息が聞こえた。


「残念だ。とても無念です」


 かわいそうになるくらい萎れている。彼なりに本気だったのかもしれない。いくら全身全霊でお願いされても、断るものは断るしかないのだけれど。

 最終的にわかりました、とシャマスは引き下がった。


「あまりしつこくすると嫌われてしまいますね」


 にこ、とこれはさすがに傷心を隠した作り笑顔だろう。


「お話は以上です。ただいま護衛の方をお呼びしますので、お待ちください」


 カリスティは頷いて、セナカの到着を待つ。間をさほど置かないで、シャマスの側仕えがやってきた。


「セナカさまですが……体調を崩されたようで、姫殿下に部屋まで来ていただきたいと言っておりますが」


 健康で頑丈なのが取り柄のセナカが、よもや船酔いを起こすわけがないし。食い意地が張っていようとも、安心できない場所で飲み食いはしない娘だ。何があったのか、見てみるまでわからない。


「案内してください」


 扉が開けられたのは客室のひとつだった。中には上等な宿と変わらない備えがしてある。左右の閉まっている扉は風呂トイレと収納の類いだろう。まっすぐ前に机と椅子がまず目に入り、奥にベッドの半分が見えている。


 セナカは、横たわらなければならないほど具合が悪いのか。歩みを進めると、ベッドの表面はぺったりと平らだった。


 セナカがいない。ベッドの下に隙間はなく、床に転がっているのでもなかった。部屋に人がいた形跡すらない。


 翻って、扉を叩く。激しくしても開かなかった。


「出しなさい!」


「姫、ごめんなさい。やはり、僕はウスワ国が欲しいな。あなたがくれると言うまで、どこにも出しません」


 シャマスが、いつもと変わらない穏やかな声で告げる。


 なんてこと。


 すーっと背筋を冷気が駆け抜ける。

 ウスワが欲しい? 結婚したいと言ったカリスティではなくて。国が欲しいから、姫と結婚するという意味だった。


 彼の二面性を見抜けなかった。


 こんな簡単に罠にかかって、悔しい。恥ずかしいまである。


「セナカはどこですか?!」


「宮殿へ返して差し上げましたよ。さて、カリスティ姫は行方不明ですね」


「セナカ、セナカーっ!!」


「はは、そんなお声では宮殿までは聞こえませんよ」


 シャマスが悪事を働くのは、これがはじめてではないだろう。慣れきっている。


「うーん。姫もあの側仕えくらい巨乳であれば、手に入れがいがあったのですが。まぁいいや」


 求婚の返事はまたあとで聞きます、とシャマスは去った。

 側仕え、とはメスカ国でカリスティとセナカの世話を引き受けてくれているリーニのことだ。あれと比べられては、カリスティなど……。シャマスの女性の身体への直接的な発言の気持ち悪さに鳥肌が立つ。


 とりあえず彼の審美眼から外れたのは幸いだと言えよう。すぐすぐ襲われることはなく、貞操は助かった。今のところは。


 部屋の窓から見えるのは海だ。反対であれば遠目でも港の中にセナカを見つけることができたかもしれないのに。


 ベランダが備え付けられているが、当たり前に外への通路は細工がしてあって頑なに開かなかった。ここまで計画的なんて、とドアノブをがちゃがちゃしていた腕から力が抜ける。


 次の新月が来てしまう。


 神が(いか)れば、誰が慰めるというのだ。神罰によって国土が壊れるのを、これ以上見たくない。


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