17.
カリスティはセナカと一緒にリーニを探していた。王に話したことを世話になった彼女にもしておきたくて。どうせ夕飯時になれば否応なく部屋にやってくるので、それまで待っていたほうがいいかもしれない。
「お待ちを、姫!」
焦った足音が会議室を出たカリスティを追いかけてくる。彼にはこの場所でよく出会う。
「カリスティ姫」
姫、という呼び名は苦々しかった。王族でなくなるまで、あと何ヶ月が残されているのだろう。
「シャマス殿下、なにをお急ぎですか?」
「それは、姫が悲しげなお顔をなさっていれば慌てもします」
簡単に表情に出してしまっていたのでなければ、シャマスが人の感情を読むのに長けているのだ。カリスティは頬に手を当てる。
「ご心配をおかけしてしまいましたか? 何でもないのです」
「とにかく僕の船へご招待します、気晴らしにでもぜひ。今日は楽団を呼んでいるのですよ」
控えていたセナカはお呼ばれされたくない様子だったが、カリスティはせっかくのお誘いを無下にもできず頷いた。
シャマス王子の乗ってきた旅客船の最大乗組員は二百三十名。今回の客はシャマスだけだったので、総乗客は三十名、そのほとんどが護衛であり、残りは側近や料理人、雑用をこなすものが数名ずつだった。
船内は揺れが少なく快適そう。
真っ先に案内された舞台部屋にはウスワで雇ったという楽団が楽器の調律をしており、シャマスが命じるとすぐに演奏を始めた。
夢のような歌い声に明るい伴奏。音だけに支配された空間で、暗い気持ちが少し晴れる心地がする。
時間だからと楽団を帰すと、別な部屋に移動した。
これだけ広い応接室があるだなんて外観からは予想できなかった。さすがに揺れが大きくなって破損した場合を考えてか壁掛けや花飾りなどはなかったが、壁そのものの色使いや模様などで華やかさを確保している。
テーブルは最低限食事ができるほどの大きさしかなく、シャマスとの距離は近い。
「聞いていただきたいお話があります」
「……なんでしょう?」
ほぼ交流もなく、これからもないだろうと想定していた相手からの頼まれごとなど、見当もつかない。
「できましたら、二人きりで」
身じろぎはせずとも、セナカの眼光がカリスティへと刺さってくる。要求を許すな、と。
「お前たちも下がりなさい」
先にシャマスが側近も護衛も下がらせる。これでカリスティだけがセナカを室内に残すのは不平等で無礼となる。
「セナカ、外で待っていて」
「カリスティさま……」
「ご心配なさらず。姫はすぐお返ししますよ」
安心させる言葉を吐くシャマスを見て、セナカは目を伏せる。あまり固持されるのはまずい。行きなさい、と合図するとしぶしぶシャマスの側仕えに先導される形で彼女は出て行った。
カリスティ姫と引き離されてしまった。シャマス王子と姫がいる部屋からは遠い別室で待つようにとセナカは一人にされたが、姫の様子が全く見えないので不安だ。隣室に入れられるのが普通ではないのか。お茶とお菓子を出されても、手をつけなかった。
ここは陸上の館と同等に防音が行き届いているわけではない。船は海に浮かばなければならない特性上、軽量化が重視される。
部屋の隣同士の会話は通さないけれども、廊下で人が歩いていればわかる。四人ぶんのかたまりの足音が聞こえた。セナカのいる部屋の扉を素通りしていってしまう。
扉を内側から叩くと、シャマスの護衛が張り付いていたようだった。
「カリスティさまは」
「さきほどシャマス殿下とのお話を終えられて、船の中を見学してらっしゃいます。セナカさまには、船を降りた港で待ち合わせしたいので、それまでゆっくりしていてくださいとのことです」
姫ならば、動くはずがない。見事な船内を見学したいからなんて関係ない。誰かと密談するために護衛に席を外させても、話が終わったならセナカを呼びつけて、移動するには必ず護衛を側から離さない。今までは徹底的にそうしていたし、姫が習慣を忘れるはずがないのに。
半ば睨みつけるようにして、彼を見上げる。
「カリスティさまの居場所まで案内してください」
驚きつつも、彼はセナカを客室から出した。
確かに姫の足音が聞こえたと思ったのに、姫が向かったであろう先にはなにもない。歩いても歩いても、姫に追いつけない。通りすがっただけだが、使われてはいないものの遊宴場や鑑賞部屋などの娯楽施設まであった。船の下階にいけばいくほど、船のエンジンや従業員用の裏舞台が広がるだけで客である姫が見るような場所ではなくなってくる。王子と姫がゆっくり船内をまわっているとしたら、もうとっくにセナカが合流していなければ計算が合わないほどの時間がたった。
「おや。姫の護衛殿」
正面でシャマスが目を見開いていた。
「カリスティさまはどちらです?」
「ああ、いま出口までお送りして、船を降りられました。ずいぶん船内の見学に時間をかけてしまったので、セナカ殿は先に港にいると思ってらっしゃったようですよ」
「そんな……!」
セナカの焦りも当然だ、と王子が側仕えに命令する。
「すれ違ってはいけない、早く出口までお連れしなさい」
シャマスの横をすり抜けて、駆け足で廊下を渡る。
船のタラップを降りれば、開かれた視界はごちゃごちゃした港を映し、聴覚は一番に海鳥の鳴き声を拾った。研ぎ澄ませた五感を使っても、姫は見当たらない。
再度確認しようと振り返ると、船の乗船下船を管理する兵に行く手を阻まれた。
「カリスティ姫を見ましたよね?」
出入り口を守る者としてさすがにセナカよりも大柄で筋肉も段違いに厚い。それでも怯まずに彼の武器を掴む。
「出て行かれました。車をお出ししましたので」
カリスティのために、馬車を手配したという。
「そんなはずはない!」
姫がセナカを置いてどこかに行くなんてこと、あってはならないのだ。
「そう言われましても」
ありありと「迷惑だ」と書かれた顔で、セナカの手を武器から引き剥がす。
「シャマス王子殿下に直接お伺いしたい」
返答をもらうまでここから動くつもりはない、と腕組みをして仁王立ちする。兵士は船に上がって、中にいる人物と話した。兵士は門番に戻り、セナカが特攻をしないか警戒している。船の中からひとりやってきて、セナカにシャマスからの伝言を口にした。
「とにかくカリスティ姫殿下は船を出られた。シャマス殿下は貴殿に乗船の許可を出すつもりはない、と」
徹底した拒絶を崩さない態度で、ひやりとさせる。
「あなたにも車をお出ししますので、お帰りください」
この防壁を突破して姫を求めて船の中を探し回るのは、あまりに冒険がすぎる。構造や部屋数を把握していないのに船内をひと部屋ひと部屋開けて回るのは骨が折れる。もし、万が一、本当に姫が宮殿に帰ってしまっていたとしたらセナカの蛮行は大きな問題として取り沙汰されるだろう。
セナカは宮殿への帰路へと着いた。




