15.
ギギ・モンスターの相談を終えて会議室を出ると、シャマス王子とすれ違った。
「またお会いしましたね。……おや、浮かない様子でらっしゃる」
カリスティは取り繕う。
「少し、故郷のことを考えてました」
「ははぁ……、その細い両肩には、一国は重荷では? 規模の大小は関係ありませんよ」
憐れむような目を向けるシャマス王子に、カリスティはゆるり、と首を振る。
「大変な重役ではございますが、王族として生まれたからには、全うする覚悟です」
王族として生きる。それ以外を許されていないから。
「さすがゆくゆくは女王陛下となられるお方。立派な心がけですな。その使命を共有する者を……お似合いの王配を探さねばならぬでしょう」
お互い抱える苦労は同じ、とでも言うように王子は悲しげにしている。
「それは……父上とも相談しております」
当然、と王子は頷く。
「そうでしょうとも。貴国のためですからね」
タッタッ、と軽い足音がした。
「カリスティさま!」
幼い声に振り返る。晩餐をともにしてから、王子兄弟は、とくに兄王子は姿を見かけたら話しかけるほどにカリスティと打ち解けてくれた。
「アディさま、どうしたんですか?」
立ち止まっていたカリスティの後ろ姿を目指して近寄ってきたアディは、カリスティが男性と話していることに気づいた。
「あ……ごめんなさい、シャマス王子殿下。お話し中でしたか?」
シャマスが柔和に立ち位置を譲る。
「よいのですよ。カリスティ姫にご用事でしょう? 僕はこれにて」
どこへやら去ってしまった。カリスティは膝を曲げてアディに目線を合わせる。
「あの、カリスティさまはギギ・モンスターの引き取り先をお探しなのですよね? マリカ殿から聞きました」
宰相と憂鬱なことを話し終わってから一時間も経っていない。マリカが王に報告する場にアディがいたのか、最初からマリカから直接聞いたのかまではわからない。とにかくトカゲの話は王子の興味を引いた。カリスティは眉尻を下げる。
「はい、お断りされてしまいましたが」
「マリカ殿には、いなくなるとわかりきっている存在だから引き取っても意味がないと言われたんですけど……」
たった二匹からの繁殖は難しい。餌も住処も用意された保護下で育ちきってしまえば、野生に戻すのも残酷だ。ウスワ国ではなるべく自然界に近い形を整えていたが、同じだけを要求することは難しいだろう。
ぐっと心を決めた男子のいで立ちで、王子はカリスティを見つめる。
「ぼくが、新しい飼い主になってはいけませんか?」
「お申し出は大変嬉しいのですが、マリカさまにも止められたのでしょう?」
「いいえ。マリカ殿は、ぼくに命を看取る覚悟があるのなら、カリスティさまに譲ってもらえるようお願いしてくるといい、と……だから」
それはまるで、飼うことをそそのかしているようではないか。彼自身は国を代表して断っていたのに、まさか、ペットを飼うことで王子の情操教育に切り替えた?
「オスとメスで二匹いるのです。アディさまは、二回もお別れに耐えられますか?」
来年度の餌の予算が打ち切られた。切り詰めてそれだ。カリスティが手元に留めても、飢えさせる未来しかない。
意思を確かめるカリスティの問いに、王子はわくわくしているように見えた。
「大丈夫です。雌雄がそろっているなら、子どもが生まれるかもしれないですよね」
ああ、メスカ国にはこんなに明るい未来があるのだ。明日のご飯の心配も、寝床の心配も最初から考慮されていない。恵みを分かち合い施すこともできる。うっすらと羨みながらも、愛らしい笑顔が眩しくてならない。
「トカゲの毒は怖くありませんか?」
「動きが遅いので、噛まれることはまずないと聞きました」
彼は毒の脅しにも屈しなかった。一緒に見て回った王族のための農地で、王子は生き物を大切にするお方の振る舞いをしていた。この方ならば、お預けしてもきっと大丈夫。
「それでは、国にガヘとガジュの引き取り先が決まったと知らせをしておきますね」
「はい! お願いします」
「お願いしているのはこちらです。ありがとうございます、アディさま」
軽く礼をすると、アディの視線が後ろに向く。
「もう話をまとめてしまわれましたか」
ゆったりとマリカが歩いてくる。とても王子の熱意を止める気などあるように見えない。
「聞いてください、マリカ殿。ギギ・モンスターの名前はガヘとガジュというそうです!」
「殿下……よくよくお考えになったうえで姫殿下へお願い申し上げるように、と私の念押しは聞いておられましたか」
「これでも考えました。どうやったらガヘとガジュが寂しくならないか。それで、仲間の形をしたぬいぐるみなどを置けばいいかと思うんです」
要点が見事にずれている、とマリカは額に指先を当てる。思わずカリスティは笑ってしまった。
「アディさまにご相談くださりありがとうございます」
仕方がない、とそっとマリカはため息をついてみせる。その口元はゆるんでいて、微笑んでいると勘違いしそうだった。彼はただ、厳しいだけではないのだ。立場上、だめなものはだめと言わねばならぬが、抜け道も知っているからうまく使う。
「アディ殿下のわがままには困りました」
カリスティからの「世話を見きれなくなったからもらってほしい」というお願いでは通らなかった。
宰相の一存では了承できぬことでも、王子が「どうしても」と頑固を通せば叶えられる。ギギ・モンスターのことを話すとなれば王子が欲しいと言うところまで見越していなければ、こうはなっていない。
くるりと厳しい顔を向ける。
「一度お決めになったのなら責任を持って、飼育するうえで気をつけるべき点を姫殿下からお伺いしてください。今度こそ、聞くときに注意を払うのですよ」
「もちろんです! お世話は任せてください。カリスティさま、お部屋までお送りします」
真顔に戻ってしまったマリカが二人に一礼する。
王子はエスコートのつもりなのか、腕に手を置かせてカリスティの部屋まで質問をしながらお供をしてくれた。よいエスコートの練習台になれていればいいのだけれど。




