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14.

 メスカ国の文官はマリカを筆頭に優秀を極める。カリスティのよく知るウスワ国の宰相も手腕に優れているが、それは年の功もある。さらにマリカはあの若さで上からも下からも信頼を得ているのは並大抵じゃないと思う。


 男は肌以外が寒色のせいかそっけないような先入観があり、実際に愛想もなく目尻が切れ上がっているためなおさら冷酷な印象を強めた。


 王のほうに質問すべき内容かと面会を要請しても、まず出てくるのはマリカだ。なにを尋ねても、マリカが解決してしまう。


 単純に、味気ない言い方をしてしまえば、「賢い」とはマリカのためにある言葉なのだろう。

 私的な部分を曝け出さず、付け入る隙がない。

 傲慢ではないが、馴れ合うような気安さもない。


 という、先日までの感想は覆された。初対面で名前だけ聞いて女性と決めつけたときから印象が悪くなっていると思っていた。なのに負傷したセナカの代わりを進んで引き受けたり、カリスティが取り乱したり(セナカだと勘違いして)気軽に膝を叩くなど失礼なことばかりをしても怒ることなどなかった。見た目より怖い人ではない。むしろ心が広い。


 世話役のリーニにもとてもよくしてもらっている。


 そうしてメスカ国に心を開いてすっかり日課となってしまった、リーニとセナカ、カリスティの三人での朝食は気楽でいい。


「そういえば、オグレイン国から第三王子がいらしているようですよ」


 食後のお茶を差し出しながら、リーニがにっこりと教えてくれた。

 オグレイン国というと、ウスワ国、メスカ国を含む諸島群のうちのひとつだ。ウスワより大きく、メスカより断然小さい国。カリスティも訪ねたことくらいはある。国王が五十代だったはずだから、その弟である第三王子もそれなりのお年になりそうだ。


「港に船を停めてらっしゃいます。ケララニ陛下にご挨拶されるということなので、もしかしたらカリスティ殿下ともお顔を合わせることがあるかもしれませんわ」 


「そうですか。第三王子殿下とはこれまでお会いしたことがないですけど……」


 窓から港方面を覗いてみる。大きな船は何艘かあるが、遊覧船らしきあれだろうか。




 朝食の後リーニに先導されて、マリカの指定した会議室を目指す。会議というほど大仰ではないが、質疑応答のための時間を空けてくれるよう頼んでいた。


 一本道を歩いていると向こうから歩いてくる男が目に入った。脇に寄るリーニに倣って、道を開ける。


 宮殿勤めにしては制服ではないし、私服にしても贅沢な布を使っている。護衛も引き連れているし、王の客人か。


 ぴたりと止まり、カリスティに敬意を示すような礼をしてみせた。背中にぺったりとくっつくセナカの気配を感じる。この瞬間にもカリスティと入れ替わって武器を取り出せるように構えているのだ。


「初めてお姿をお見かけしますね、カリスティ姫」


 名前を呼ばれてぎょっとした。


 男が腰の角度を上げて、顔が見れるようになった。海中にただ(シーウィード・)よう藻色(グリーン)の瞳が興味深げにしている。


「オグレイン国から参りました、シャマスです」


 この人が、と納得した。

 かの国王がかなりの年配だったので、その弟も白髪混じりの歳だと思い込んでいたが間違っていた。三十代半ばの大人らしい鷹揚さを漂わせている。


「第三王子殿下ですか? ……お会いできるなど思っておらず失礼をいたしました。改めてご挨拶申し上げます。ウスワ国より、カリスティでございます」


 セナカに一歩下がらせて、カリスティは組んだ手を体の前に、足を曲げて正式な礼を返す。王子はそれを好ましいように眺めた。


 カリスティがリーニから教えられたように、彼もこちらの滞在を耳に入れたのだろう。


「僕も驚きました。メスカ国に姫が留学してらっしゃるとは、嬉しい偶然です」


 にこ、と笑う姿は人懐こい。年上だけれど、そう感じさせないとっつきやすさがある。


「これからどちらに?」


「宰相さまと約束があります」


「さようでしたか。お引き止めしてすみません。滞在中にぜひゆっくりお話をさせていただきたいものです」


「お時間がありましたら」


 失礼を断って、リーニとセナカに挟まれる形で会議室へ向かった。




 リーニを追いかけて会議室に入り、すでに待っていたマリカに席を勧められる。


「本日はご質問があるとのことですが」


「はい。すくに本題に入りますが……ギギ・モンスターをご存知ですか」


 思い出したようでいて、不確かなのかマリカははっきり口にしないでいる。ウスワ国特有の動物なので知らなくても無理はない。ギギ・モンスターは名前は不穏だが、胴体と尻尾がピンクと黒の縦じま模様のトカゲで、頭部と手足が黒い。名前に負けない毒は持っているが、穏やかな気性でのっそりのっそり歩き、その(のろ)さゆえに人間への被害はほぼないと言っていい。気の抜けるような顔つきと体の色の鮮やかさで鑑賞用愛玩動物として三十年前に人気が急騰した。


 二十年前に生息区域が嵐に破壊され、保護できたものはわずか五頭。現在自然下での生息は目撃がない。苦労の末繁殖に成功して生まれたのは二匹、親世代は嵐で負傷していたこともあり寿命が長くは保たなかった。幸いオスメスが一匹ずつだが、限りなく絶滅寸前の希少生物である。


「曖昧で申し訳ないが、トカゲ……だったかと」


「その通りです。ギギ・モンスターについてお願いしたいのです。二匹をお譲りしたいのですが、いかがでしょう」


「有害な性質があったように覚えてますが?」


 カリスティは正直に認めた。


「歯に毒があります。動きはとても(にぶ)く、世話をしていて噛まれたことはありません」


「その口ぶりですと、殿下が世話をしていたように聞こえます」


「してました。けれどもう、保護を続ける余裕がないのです」


「愛玩動物ではなかったと?」


 いいえ、とカリスティは生存状況を詳しく説明すると、マリカは顔をしかめた。


「自然に還すこともできません」


 なにしろ還す自然が失われているし、死なせるために還すのでは助けた意味がない。


「そちらの固有の生物では、我が国で助けになることはできないようです。些細な違いの環境がどう作用することか」


 島間の移動に耐えられないかもしれない。なにもしなくても死ぬかもしれない。不安要素はいくらでもある。


 そもそも毒持ちだ。噛まれたいというのでない限り、噛みつこうとされても余裕で避けられるほどなのだが。一度で断られたら、諦めるほかない。


「お話を聞いてくださって、ありがとうございます」


 ダメ元で訊いたのだ。カリスティは握った拳を開く。


「お力になれず、遺憾に存じます」


「いえ、仕方ありません。……次回は別件でケララニ陛下と直にお会いしたいのですが、ご都合をお伺いしていただけますか」


「かしこまりました」


「ウスワ国の未来について、ご相談したいことがあります」


 わずかではあるが、マリカの目の色が変わったような気がした。


 今度は生物保護の相談よりももっと大きな問題を話すことになる。深刻さが伝わっているといいが。




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