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13.

 カリスティがメスカ国で迎える二度目の新月。


 前回のようになってはたまらない、とマリカは出入りを厳禁とした場所を浜辺に確保してくれた。前回というのはなんだろう。セナカも何も言わなかったから、いつも通りだったはずだ。


 影舞神楽を舞うのは宮殿の部屋でも構わないとカリスティが言うと、彼は首を振った。


「これが最善とわかりましたので」


 とマリカは異論を認めない。セナカもとくに否定しない。


「女神ニーティアがちょっとね」


 とあらぬ方角を見ていた。何かあったのなら言ってくれればいいのに。預かり知らぬところで迷惑をかけていなければいいけれど、と願う。


 神楽の間、カリスティは集中しすぎるためか記憶がない。ただ一心に神への祈りを捧げている。翌日は疲労から必ず熱を出すし、筋肉痛のように全身が軋む。


 ともかく、伝統通り海のそばが使えるのはありがたい。セナカにも手伝ってもらい、砂浜の上で縄を四角形に張った。


 特別な術を使っているわけではないが、手編みの細い注連縄(しめなわ)に囲まれた空間は、神聖な結界を示している。


「人には見られてはいけないものなのですが……」


 護衛も下げてほしいと頼んだ。マリカは周囲の男たちにぎりぎり姫が見えるくらい遠くに行き、背を向けるように命じて、マリカが声をかける緊急時以外は決して振り向いてはならぬと言い含めた。


「ここは屋外なので、安全のためです。私だけは見張らせていただきます」


 カリスティとセナカは顔を見合わせたが、そこに音声としての会話はない。


『ねぇ、マリカさまがいて神楽に影響はないと思う?』


『どうかな。でもこの人引き下がらないだろうね』


『うーん、場所も便宜をはかってくれたものねぇ』


『見学が一人くらいなら大丈夫かも?』


『口は堅いわよね』


『そんな感じする』


 目だけでここまで分かり合える仲は便利だ。姫は最終的に頷いた。


「部外秘なのです。くれぐれも他にお話なさいませんようお願いします」


「仰せのとおりに」


 マリカは目礼した。
















 セナカはカリスティとの声なき相談を終えた。姫は注連縄の中に入っていく。


「マリカさま、こちらまでお下がりいただけますか」


 太鼓と(バチ)を片手にまとめて、セナカは砂浜に線を引いた。


「ウィドラシャン神はとても嫉妬深い。あまり女神の近くにおられるのは、その身が危険です」


 ほう、と呟きながら彼は線の上に立つ。あまり信じていないご様子だ。


 二十歩ほど進んで、セナカは結界の外に立つ。



 撥で太鼓を叩いて調子を取る。カリスティの準備が整ったのを確認して、セナカは歌い出した。カリスティの祝詞が重なっていく。


 踊りというよりかは、決まった足運びを繰り返すもの。袖で隠れた手で(いん)を結ぶ。加えて耳から聞こえる音楽、祝詞によって、カリスティ姫は催眠状態に陥る。波の音も手伝って、切り取られた空間に没頭しやすくなっていた。


 カリスティが膝をついて、海のほうを向く。


 女神が乗り移った。


 歌をきりのよいところで止め、太鼓の音を小さくしていく。星の光からさえ音が聞こえそうな、静寂。盛り上がった波の音に支配される。


 女神の横顔は、デートにちゃんと相手が来てくれるか不安がる乙女のものだった。好きで好きでしょうがない人とやっとのことではじめてのデートの約束を取り付けた。けれど、彼は覚えているのかしら、といった種類の。


 ぽこ、と海が泡だった。


「ウィドラシャン!」


 現れた男神と待ち構えていた女神は笑い合う。抱き合い、二人だけの世界に浸る。


 毎月見る光景だ。

 一月に一度という頻度は、デートとして少ないのだろうか。恋人のいたことのないセナカには理解不能だった。幼馴染のカリスティから離れるのは違和感があるし寂しいとも思うが、だからといってキスしたいだとかは思わない。ただ睡眠をとるという意味でベッドを共有することも厭わないし抱擁はしてもいいが、キスは恋人や伴侶に求めるものだろう。





 目の前で広げられているものは、小説や語り部の紡ぐ読み応えのある、また中身のある物語などからは程遠い。観客はただひたすらに男女がくっついている現場を眺め無為を我慢するだけだ。


「毎月これは苦労するな。嫌気が差しそうだ」


 見るに堪えないマリカは神々からやや目を逸らしていた。セナカだって代われるものならとっくに誰かに代わっている。


「神楽の後継がおりませんもので」


「育てればいいだろう」


 簡単に言うマリカは不可解だ、と顔をしかめている。

 ハァ、とセナカはため息をついた。


「ご説明するのも一興かもしれませんけど。内情を知ったら、後継者探しや育成に協力してくださるんですか」


「ここまでも手を尽くしたつもりだが?」


 実在するのかどうかも怪しい神楽を信じて、場所を閉鎖してまで舞楽のための浜辺を用意した。ここまで神楽を見せて、関わりすぎているくらいだ。彼にも知る権利はある。


「ウィドラシャン神はウスワ国王族の血筋しか女神の器として認めません。しかも女性、処女限定です」


 マリカはあごに手を当てて、黙り込んでしまった。教えずとも条件を満たす者がいなくなったことに思い至ったようだ。他国の事情にもよく通じていることにむしろ感心する。


 ウスワ国の王族は、現国王と姫のカリスティのみ。王妃は二十年前にお亡くなりになった。王妃だけでなく、王の親族も当時の災害で根こそぎ命を落とした。国王に再婚の意思は皆無であり、それはそれは王妃を愛してらっしゃったものだから、他の女性は受け入れられないと臣下たちも重々承知しているため薦めない。カリスティが世継ぎと次代の女神の器を産めばよいのだが、ここで謎かけのような壁が生じる。


 女神の器となれる存在はカリスティひとり。

 ウィドラシャン神は、処女しか認めない。


 女神が姫に宿すことができず逢瀬を妨害されたとあっては、ウィドラシャン神は怒り狂う。国ひとつを滅ぼしかねないほど。


 さて、解決策はーー?


「条件がふざけてるな。割に合わない」


 これだけ長い間慰めているのだから、融通してくれと思うときはある。


処女(おとめ)でなくなれば女神を降ろせなくなりますから。他の男を知っているとなれば、激怒ではすまされません」


 姫が逃げられれば……逃げる道があればいいのに、と思う。


 太鼓を叩いて歌を歌うセナカならば他に替えが利くけれども、カリスティとともにやり遂げると誓っている。姫を置いてひとり投げ出すわけにはいかない。姫は運命をともにしてくれなんてことは頼まないけれど、手に手を取って育ってきた姉妹のようなもの。セナカはカリスティのためにいる。


「女神が乗り移ったときの状態を教えてないのか」


「そのほうが幸せだと思うので」


 女神となっている間は女神の愛する男と親密にして、幸せいっぱいの空気を振り撒いている。


 しかし。


「神とはいえ好きでもない男とどろどろのキスをして、一晩中体をまさぐられて、喜んでるんですよって言えます? 処女(しょじょ)で、親からの親愛(ほっぺかおでこ)のキスしか知らないカリスティさまに」


 当然、姫は男性とお付き合いした経験がない。背が伸び始める前からセナカが見張っていたし、カリスティから恋話や想い人の相談を持ちかけられたこともなかった。だから、姫は、姫自身は本物の口づけさえ知らない清らかなままだと断言できる。


 そんな女性に、あなたは裏で神とはいえ男に媚を売っていると言うのは残酷だろう。


「……そんなことは、私の役目ではない」


 正解。恋人でもないのだから、口を出せる立場にない。


「わたしだったら自分の記憶がない間のことは知りたくないです」


 カリスティは意識のないまま、夜は明ける。



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