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12.

 図書室で用事を終えて部屋に着けばリーニが出迎えた。


「おかえりなさいませ」


「ただいま、リーニ」


「新しく届いたお手紙は机の上ですわ」


「ありがとう」


 カリスティはまっすぐ机に向かった。ウスワ国からの手紙を開く。


「ああ……」


 思わず口から漏れた。ウスワ国付近でクラゲが大量発生しており、被害規模と対策報告だった。ウスワでは度重なる災害により昔の資料も破損していたり人による知恵の伝達が失われたりしており、新たに試行錯誤することが多かった。

 それで対策しても効果が薄いと書き連ねてある。


「お困りごとですか」


 尋ねるマリカに椅子とお茶を勧めた。


「実は我が国の海流でロスケードクラゲが大量発生してまして。漁獲するまではできても、処分に困ってます。食用にするにも大量すぎて、処理している間に腐ってしまって」


 食品加工にするにも、人手がとても足りなかった。

 今からでももう一度図書室に行ったほうがいいかもしれない。ちょうど水産業については本を読んだけれど、クラゲについては抜けていた。メスカ国にもクラゲ被害はあるだろうし、調べれば過去の文献や論文が残されているはず。


「ロスケードクラゲであれば傘を傷つければ簡単に衰弱します。漁業網で集めたものを銛で刺して太陽光に晒し、乾燥させるのです」


「そうーーいっそ、味なし干物にすればよかったのですね」


 味付けする必要がないのなら、調味料も買わなくて済むしとても容易なことだった。


 できるだけ新鮮さを保ち処理を遅らせつつ、食用に回すことが最善だと思い込んでいた。しかも、食用にしても飛び抜けて美味というわけでもなく人気はない。


「はい。乾燥させたあと粉砕して土に混ぜれば土壌の保水力を上げるので農地に利用できます」


 土に混ぜれば有機体なので勝手に自然に還る。クラゲ自体は美味しくないけれど、それをもとに美味しいものを作ることができる。そちらのほうがよほど有益だ。


 それにしても、漁師でもないマリカの知識量よ。


「なぜ、そんなにお詳しいのですか……?」


「去年メスカでもクラゲが大量発生したからです」


 すごい……、と姫は呟いて、ほっと笑った。


「助言をそのまま、母国に伝えたいです。よろしいですか?」


「そのためにお話ししましたので」


 感謝を告げて、さっそく手紙にとりかかった。ウスワにいる父も城の者も喜ぶだろう。




 翌朝、無事にマリカからセナカへ護衛役を戻した。

 カリスティは軽くではあるが頭を下げた。


「お世話になりました。ありがとうございます」


「こちらの不手際でしたので、礼など不要です」


 近衛隊副隊長イシケリがカリスティの唯一の護衛セナカを倒してしまうという過失があったからマリカが穴埋めしただけのこと。


「いえ、その……いろいろ、ご迷惑をおかけしました」


 泣いてはいないが、泣きそうなほど取り乱したことだとか。護衛がマリカであることを忘れて親しげに体に触れたりだとか。


「私も……、カリスティ姫殿下のそばで、他人を少しばかり慮ることを学びました」


「マリカさまはとてもお心が広いです、よ」


 寛容で優しい。でなければ、涙を浮かべたカリスティをなぐさめようとはしない。無礼を働いたときに怒っている。


 ふっ、とマリカの目元が緩んだのは、気のせいだろうか。


ちょっとした小話。

(セナカが気絶して運ばれた後のこと。)



 図書室へカリスティのために筆記用具を届けてきたきたついでに、リーニは国王を訪ねた。イシケリとセナカが非公式の親善試合を行ったこと、その顛末を聞かせる。

「先ほどセナカを運ぶイシケリを見たがそういうことか」

「ご覧になってらっしゃいましたか」

「うむ。ちょうど歩いていた廊下の窓から見えたからな。なにやらマリカがおかしくはなかったか?」

「それが……」

 護衛を案じるカリスティ姫の不安を煽ってしまって、との経緯に王は笑った。どんな妖美の誘惑や涙にも動じず真顔で断るマリカは姫の前でこの上なく焦っていた。他国の姫だから、丁重に扱わねばならないのはその通り。しかし姫が純真な気持ちから護衛の危機に涙しそうになったことに、その場での一番上の立場ということから責任を感じただけーーだろうか。自ら手を取ることさえして。

 宰相さまには悪いが、リーニは「おやおや」と蚊帳の外から楽しんでしまった。試合の観客たちは震撼していた。見たことのない宰相の親切な振る舞いに、しかもそれを女性に向けたという事実に。現場を見ていない者には集団幻覚かと噂されそうだ。

「そのようなこと、何年ぶりだ? マリカが慌てふためく様、俺も近くでじっくり見たかったぞ」

 作った表情が台詞とあいまって悪玉あくだまにしか見えない。

「陛下、悪いお顔ですわぁ」

「はは、すまん。あいつも十代のころはかわい気があったのにいつの間にかなぁ」

 かれこれ、宰相と国王の付き合いは軽く二十年を超える。お互いの苦渋も幸福も共有してきた仲だ。

「あの方は女性の嘘泣きを見過ぎてしまいましたので……」

 昔を思い出して、リーニは俯く。

「女性みんなに優しくしていれば、あいつは今までに何回刺されているか……だな。女性不信ではないだろう?」

「そちらはカリスティ姫殿下のおかげで改善されるのでは?」

「お? そうかそうか」

「陛下、悪いお顔ですわぁ」

 悪どい顔再び。旧友のことを気にかけているようには到底見えない。

「マリカは忠義が過ぎるところがある。部下は育てているのだし、多少は俺離れしてもいいと思うんだが? メスカを飛び出せとまで言わぬが……いや、俺が手放せるだろうか」

「そちらも期待しておきましょう」

 ふふふ、と笑い合った。


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