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10.

 リーニが用意してくれた椅子に並んで座った。主な見学者はカリスティとマリカとリーニの三人。訓練場に居合わせた者とどこかからか聞きつけてやってきた観客で四十人ほど集まっていたが、彼らは立ち見で満足している。


 二人の間に立った男が高く腕を上げる。


「ではお互い正々堂々とお願いします!試合開始!」


「いざ尋常にッ! 勝負勝負ぅッ!」


「お願いしまぁす」


 始まってしまった。主審がおり、境界線の端に副審がそれぞれ立っている。役割はいつの間に決まったのだろう。


 風を巻き起こすかのような攻撃の合間に、セナカはイシケリの首を蹴った。よろけたが、踏みとどまる。


「ぐぬッ……軽いッ! が、確実に刺してくるではないかッ!」


「ちぇっ」


 目を凝らしてセナカを見るが、刃物を持ち出した様子はない。審判も違反を注意するようなことはなかった。


「さ、刺す……?」


「セナカ殿は急所を的確に狙っています」


 解説をしてくれたのはマリカだった。


「ふぬんッ! 我が同胞を倒しておいてその程度かッ! 失望させてくれるなッ!」


「みんなにとってわたしが未知だったから初見殺しだっただけ、ですよ」


 何度か勝負を重ねていれば、すぐ対策は立つだろうとセナカは勝つことに無頓着だった。


 真正面から突撃することはせず、慎重にイシケリが繰り出す拳や蹴りを受け流しながら武力を計っている。体重が相手より軽いだけで不利であり、ただでさえ膂力(りょりょく)に明確な差があるうえ、セナカは武器がなければ力が半減とはいかないまでも、格段に攻撃力が落ちる。おそらく、規律に反して卑怯な手を使えるのなら勝算はあった。


 これに勝ったとして賞金や褒賞があるわけでなし、負けてもいいから怪我だけはしないでほしい。


 セナカの鍛錬をカリスティは見たことがあるにはあった。暴力行為を姫に披露するのははばかられるから、体力づくりの走り込みや筋肉増強の運動などだが。ぶつかり合いの闘争というものをセナカが見せたがらなかったので、いまカリスティは青ざめている。


 しなやかにイシケリの攻撃を避けて、セナカは大柄な体の丹田を突いた。しかしイシケリは脇腹あたりにいる子猫をあっさりと捕まえてしまう。拘束をするりと抜け出し、セナカは狙いやすい頭部にも殴りかかったが、決定打に欠ける。


 体格差から勝負は一瞬かと思われたが、なかなかに苦戦しているではないか。しかし時間が長引けば長引くほど、セナカには不利だ。なんならもう顔に「めんどくさくなってきた」って出ている。


 イシケリは致命傷となりえる攻撃をなんども食らっても立ち上がる。最初より動作が鈍くなってはいるようだが、究極に打たれ強い。同時に、セナカの容赦のなさに背筋が冷たくなった。


 重い打撃音が繰り返されるなかで、イシケリがついにセナカの芯を捉えた。


 細身が地に倒れる。四肢を投げ出したまま起き上がろうとしない。油断を誘っているのならいいがーー


「セナカ!!」


 カリスティは席から立ち上がった。


「これにて(とど)めよッ!! 食らえいィ!!」



 高らかに最終攻撃の宣言をして、腕を振り上げた。その直下にはセナカの頭蓋がある。何を考えるでもなく、カリスティは前へと踏み出していた。まっすぐセナカへと。


 瞬きしたときに、くるん、と進行方向を強制的に変えられてしまっていた。肩を掴まれた感触があったのだが、誰がやったのかわからない。驚きで足は止まった。座ったままのリーニがカリスティと向かい合って、目を丸くしている。


 背後でズガゴン! と岩でも転がったかという音がした。どうやってか、セナカの隣にイシケリが大の字で倒れている。


「し、試合終了です!! 勝者、イシケリ殿……いや、あれ、マリカさま?」


 主審も判断に迷い、副審たちを集めて結果について話し合っている。


 イシケリを転ばせて戻ってきた、であろうマリカはカリスティを見下ろす。


「終了の合図があるまで闘技場内に入ってはなりません」


 震える手でカリスティはマリカの袖を掴んだ。


「でもあの人『止め』って言いました! 『食らえ』って!」


 悪いことをしたいじめっ子を訴えるように、カリスティは涙ぐむ。鼻頭に熱が集まっていく。イシケリからは殺気が放たれていた。倒れて目を閉じているセナカの息の根を止めようとしているようにしか見えなかったのだ。人生のほとんどをカリスティと共有した、セナカは妹であり魂の双子である。その彼女を地面に引き倒しただけで終わらせないと言った。


 薄茶の目(ダーク・バニラ)から涙が落ちる寸前。マリカは口元を引きつらせる。しどろもどろに謝罪をしつつ袖からカリスティの手を外し、そっと持ち上げた。気遣わしげに腰をかがめる。健気で切なげな梨色の眼差しがカリスティをなぐさめるために注がれた。


 ーーえ?


 その顔でこんな表情ができるなんて詐欺でしょうよ。これを見てしまえば誰だって愛を請われていると勘違いする。神々でさえ恋に突き落としてしまいそうな、……。


 はっと息が止まる。


「どうか……ご心配召されませんよう」


 群衆がざわめいた。悲鳴に近い。ところどころに嬌声も混じる。いまなにかこの場で大変なことが起きているのだ。それもカリスティが引き起こしている?


 観客の異様な盛り上がりにびっくりしたカリスティが手を引っ込めると同時にマリカはイシケリを振り向いた。巨体はむっくりと起き上がり、地面に片膝を立てて座っている。


「お前も紛らわしい台詞を吐くな!」


「うぬ……御免ッ! 真剣勝負であったゆえッ! 最後までそれらしくとッ! 気を失った相手に本気で当てるつもりは毛頭なくッ!」


 地面に拳をうちつけて、頭を下げられた。もう彼の一挙一動なにもかもが怖い。


「お詫び申し上げるッ!」


 それにしても、とイシケリは話を続けた。


「マリカ殿ッ! 某を転ばせるなど、見事でありましたッ! 一対一でお相手願えましょうかッ!」


 これは暑苦しくうっとうしい願いだ。彼の標的がマリカに移ってしまった。


「ーーするか体力過剰(バカ)。お前が私を意識していなかったから横やりを入れられただけだ」


「はっ! また都合の時期をお知らせいただきたくッ!」


「しないと言っている。聞け」


「ではセナカ殿は某が責任を持って医務室までお運びしますゆえッ! 失敬ッ!」


 余裕でセナカを持ち上げて、建物の方へ行ってしまった。


 あれでアディ王子の護衛が務まるのか。しかも副隊長だという。たった一人で守るわけではないだろうが、他と連携はとれているのか。まあ最後には守り切ってしまうのだろう、あの強情さと頑丈さで。


 医務室までぞろぞろと歩き、セナカは医師による治療を受けた。リーニが医師の言葉を預かって、カリスティに告げる。


「大した怪我はありません。ただし頭を打っているので、明日いっぱい安静にしてほしいとのことですわ」


 すぅすぅと寝息を立てているセナカの前髪を撫でる。


 ひと安心ではあるが、ここで問題がひとつ。


 セナカが昏倒したことでカリスティの専属護衛がいなくなってしまった。ここにいる周辺のメスカ国兵士から選んで借りるにしても、セナカ以下の護衛をつけるわけにはいかない。セナカはメスカの近衛兵をも砂を被せる実力を持つ。


「今日は私が護衛を務めます。……よろしいですか」


 マリカがセナカの定位置に着く。不意打ちでもイシケリをすっ転ばせて喧嘩を売られるほどの実力はあるので、不足はなさそうだ。


 けれど、彼には本職がある。


「ですが、宰相のお仕事は……」


「部下がなんとかします」


 押しつけてもいいのだろうか。宰相の後継教育に力を入れている最中で、マリカは監督だと聞いてはいた。けれど護衛の欠員は急なことだから、それに国の上層部を振り回してしまうのは申し訳ない。


 伏し目がちに、マリカは代替案を出した。


「ご不満であれば、イシケリを呼び戻しますが。ちょうど非番ですしセナカ殿を倒した男です」


 戦い方は実際見たし、盾としても強靭さに異論はない。しかしあれに張り付かれるのだけは勘弁してもらいたい。カリスティは遠慮を口にし、最初の提案を受け入れた。



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