103号室-俺の部屋①
初投稿です
「じゃ、行ってくるわ」
「着いたら大家さんに挨拶しとくんだぞ」
「何かあったらすぐ連絡するんだよ?」
「大袈裟だな・・・。大丈夫だって。まあ、分かったよ。んじゃな」
発車ベルの後、僅かな排気音とともにゆっくりと景色がガラス越しになっていく。
その隔てられた薄いガラスの向こう側で心配そうな気持ちと裏腹にひきつった笑顔で手を振る母と祖母。
微笑みながら親指を立ててカッコつけている父。
興味なさげにスマホをずっと眺めている妹。
スーッと列車が動き出し、軽く手を振ると、妹がチラリとこっちを見て、一瞬寂しそうな視線を向けたが、またすぐにスマホへ目を向けた。
ヴーッ、ヴーッ・・・
「ん・・・?」
振動するスマホを見てみると、
『死なない程度に頑張って』
妹からのメッセージ。
『(''◇'')ゞ』
俺は返信した。
実家からは対して距離は無いはずなので、そのうち遊びに来ればいいじゃねえか。
見慣れていた外の風景に暫しの別れを告げつつ俺は固めのシートに腰を下ろした。
————
「つ、ついた・・・」
少し離れた都会から大都会へ。
「・・・地元を出てから約5時間か。年々地盤が伸びてんじゃねえのか?」
誰もいないのに強がりを言う。
ーー彼の名は松永秀一。
この春、1年の浪人生活を経てこの国の最高峰である国立大学へ進学した。19才のしがない男の子。
父親は地方の小企業のサラリーマン。
母親は町医者の事務員。
祖父母は趣味レベルの農家。
妹は地元の公立高校2年生。
本人曰く、「良くも悪くもなく普通の」家庭環境で育ってきた。らしい。
話を現実に戻す。
「ココが俺がこれからの城になるアパート・・・?!」
秀一は手にしているメモの住所とスマホのマップアプリを見比べて間違いないかを2度見、3度見、4度見して確認する。
『コーポ・ダジュール』
…一言一句間違いないな。ダジャレに近い名前ではあるが、にしてもこれは・・・
「ボロいな」
思わず口に出た。
ハッとして周りを見渡すが幸い誰もいないようだった。
構えは立派だが、ひとたび火事にでも見舞われようものなら・・・少しゾッとした。
…まあ、中はリフォームされてきっとキレイなのに違いないだろう
自分に言い聞かせつつ、息をのみこの洋館のような建物の入口のドアを開けようとノブをひねる。
——開かない。鍵がかかってる?
『着いたら大家さんに挨拶しとくんだぞ』
父親の言葉を思い出した。
…大家さん、か。確か大家さんは・・・
一旦道路に出て歩いてきた道を更に数m進むと、真新しい一軒家があった。
再度マップアプリで住所が合っているのを確認すると、一呼吸置いてベルを押す。
予想していたよりも軽快な呼出音の後、大きな物音がして、すぐに中の人から応答があった。
「は、はーい!どちら様ですかぁ?」
「あ、あの・・・今日から隣のアパートでお世話になる松永です。ご挨拶に伺いました」
「ええっ?もうそんな時間・・・?今行きますっ!」
ブツンとインターホンが切れると、バタバタ音が近づいてガチャリと玄関のドアが開いた。
「す、すみませんっ!鍵ですよね?」
出てきたのはエプロン姿の女性だった。
「あ、ええ、まあ、それもあるのですが、お世話になるご挨拶とお安い家賃で貸してくれるようになったお礼を家の父親から言付かって来ましたので・・・」
挨拶は最初が肝心。
と、何かの本に書いてあった、ような気がした。
「あ、いえ・・・あの、こちらこそよろしくお願いします。大家の三好あずさ、と申します。至らないこともあると思いますし、何かお困りの点がありましたら何でも相談してくださいね」
大家と名乗った彼女はおどおどとした態度で深々と頭を下げた。
…大家と言う割にはかなり若くて綺麗な女性だなぁ。何歳くらいなんだろうか
思わずボーっと見てしまいそうだが、このまま見入っていると変な人だと思われかねないな
「は、はい。こちらこそ、ご迷惑おかけするかもしれませんが、お世話になります。なかなかいい物件が見つからずに困ってましたので、本当に助かりました」
一通りの挨拶を済ませ、大家である彼女の案内でアパートへ移動することにした。
「・・・それでは案内しますね」
「お願いします」
今改めて見ると、予め手入れをしてあったのであろう鬱蒼と生い茂った庭の植物を脇目に大家さんの後に続き、ガチャリと少し重苦しい鍵の開く音がする。
「よ、い、しょっ!」
…おお。
中も外見と同じだ。
「すみません。ちょっと築年数としては古い建物なんですけど、十分立派なんですよ?」
「・・・そうみたいですね」
秀一はキョロキョロと入口近辺を見渡す。
…自室までは靴でそのまま行けるタイプのようだな。
「あ、ちょっとブレーカー上げてきますね」
「はあ」
内部の雰囲気に呆気にとられている秀一に構わず、あずさは不自由であろう薄暗さを気にすることなく、タタタと小走りに少し奥の部屋へ入って行った。
待つこと数分で、室内灯が点灯してフッと室内が明るくなった。
「・・・あそこ、蛍光灯切れかかってますね」
「あ、あそこですかぁ?」
秀一は入って左に伸びている廊下の一番奥を指差した。
1階は3部屋程あるようで、その一番奥の入り口付近だ。
チカチカと蛍光灯が点滅して、今にも切れそうな感じだった。
「あ、あそこは気にしなくて大丈夫ですよ。使いませんから」
「え、使わない?んですか?」
電気が点いているのに使わないという意味が秀一には理解出来なかった。
「はい。そこにある部屋は使わない、いや使えないんです」
「ん?使えない、とは?」
「あの部屋はまだリフォーム出来ていないのでボロボロで使えないんです」
「え?ボロ・・・ボロ・・・?」
「あ、はい。聞いてませんでしたか?ウチのアパート、長い間使ってなくて、元々取り壊す予定だったんですけど、事情があって、急遽私が引き継いで継続することになったので、リフォームが間に合ってないんです」
秀一は自分の入居するアパートのリフォームが間に合ってない、なんて言われたら不安になった。
「じゃあ、俺の、部屋は・・・?大丈夫なんですか?」
「あ、それはご心配なく。バッチリですよ」
洋館の2階建て。パッと見で1階に3部屋くらいはあるだろうか。2階建てなら6部屋だと思われた。
大家のあずささんはパタパタと秀一の前を横切り1番手前の部屋のドアへ行くと、ポケットから鍵を取り出してガチャっと解錠すると身を引いてドアをそーっと開けた。
「ここがあなたの部屋になります」
ドアには103と数字が貼ってある。
「・・・お邪魔します」
「ふふふ。何言ってるんですか、今日からはあなたの部屋ですよ?」
手前には約3畳のキッチン、奥には約4.5畳のリビングと同じ広さの和室の二部屋。
そしてユニットバス。
1人で生活するには十分すぎる間取りであった。
…一人暮らしで二部屋
「今は入居者は松永さんお一人なので、特に不自由ないと思いますが、何かありましたら、隣の建物に私がいますので、連絡下さいね。
あと、この建物自体にも鍵をかけられますし、各部屋のドアにも鍵はついてます。念の為、帰宅なさったときや出掛けるときは両方施錠しておいて下さい」
そう言って建物の鍵と部屋の鍵を渡された。
「スペアキーは私の方にありますので、何かあれば言って下さい」
その後、実家からの荷物を受け取り、積まれたダンボール箱を前にやる気が失せる。
買って置いた缶コーヒーを開けて一息つくことにした。
「ふーーーーぅ」
窓を開け放って外を眺める。
よく見ると裏手は川が流れていた。
「あああああ!松永さん!」
「うわっ!!!」
急に入ってきた大家さんに秀一は驚く。
「ダメじゃないですか!」
「な、なにがですか?」
大家さんは秀一の手にしている物を指差す。
「それですよ、それ!」
「これが、何か?」
手にしているのは缶コーヒー。
それの何がいけないのか?
「お茶するなら言ってくださいよ!」
「・・・え?」
「良いお茶菓子あるんですから」
……なかなか掴みどころの分からん大家さんだな
「あ、す、すみません」
口を尖らせてる辺り、本気なようだ。
「じゃあ、あの、一緒にお茶・・・しますか?」
秀一が問いかけると、パッと笑顔に変わる。
「はい!そうしましょう。ウチに良いお茶菓子がありますから持って来ますね」
バタバタと慌ただしく出ていった。
…まあ、悪い人ではなさそうだが、大丈夫かな、あの大家さん
————
運び込まれた荷物の山からエアクッション(プチプチ)とガムテープでグルグル巻きにされたテーブルを引っ張り出して、突然のお茶の時間が始まった。
大家のあずささんはお茶菓子だけじゃなくて、結局はお茶まで持ち込んできてくれた。
貰いものだから、という理由で高級な香りのする本当のお茶だった。
「・・・というわけで、あと2部屋ほどは早いうちにリフォームしないといけないんです。なので、お休みの日とかも騒がしいかもしれませんが、我慢してくださいね」
「そうなんですか・・・。休みの日はバイトとかでいないことが多いでしょうし、家賃もかなり安くして頂いているので、文句は言えないので気にしないでください」
秀一は出してもらった、大きめの豆大福を頬張る。
「・・・うまっ」
「でしょ!でしょ!これ、大福だけ食べても十分美味しいんですけど、お茶と食べると無限に食べられそうなんですよ」
大家さんは自分のことのように嬉しそうに話し、秀一にティッシュを取って渡した。
頬に大福の粉がついていたようだ。
「わざわざリフォームしてまで入居者を受け入れないといけないだなんで、余程の理由があるんですか?自分を受け入れてもらって言うのもおかしいのですが」
「海外にいる父が言うには、賃貸?で採算を上げるには少なくとも半分は?入居者入れておかないとダメみたいなんですよ。松永さんのお家賃はいろいろあって特別らしいのですが・・・」
秀一には難しいことは理解が及ばなかったが、一人でここで暮らすよりは多少人がいた方が良いのかもしれないと思って、それ以上に突っ込んだ話をするのはやめた。
「それと、松永さん。このアパートもウチも構造は同じなのですが、使われている材質上、乾燥には十分気を付けてください。仮に火事が起きると火の回りがとても早いみたいだと父が言ってました。なので、館内及びその敷地内では禁煙でお願いします」
…コンロがIHだったのはそのためでもあったのか
「分かりました」
しばらくして大家のあずささんは自宅へ戻って行った。
そして秀一はお茶をして気分転換出来たので、必要最低限の荷物だけ荷解きして、実家に無事着いたことを連絡し、その日の作業は終わりにした。
…とにかく、しばらくこの103号室が俺の城となったのだ。
————
コンコン
コンコン
コンコン
入学式もなんとか終えた数日後、まだ少し肌寒い朝にドアをリズミカルなノックする音で目が覚めた。
「・・・はーい」
「松永さん!」
ガチャ!っと鍵を開ける音がして勢いよくドアが開いた。
「!!!な、なんすか?!」
「朝です!」
「・・・知ってますよ」
スマホの時計を見ると、7時少し前だった。
「そ、それがどうかしましたか?」
「今日から学校って聞いてたので、遅刻するといけないと思いまして・・・」
「あ、ありがとうございます・・・。わざわざ起こして頂いて・・・」
「いえいえ。あなたのお父さんからしっかり面倒見てくれ、と頼まれていますので」
…親父め。あの余裕な表情はそういうことだったのか。
にしても、鍵まで開けて入って来るとはあずささんも大家の域を超えてないか
まあ、キレイな人に起こしてもらえるのは悪い気はしなかった。
「おはようございます。今日もいい天気みたいですね」
「そうですね。空気が乾燥してきているので喉やられないように気を付けてくださいね」
「あ、はい・・・コホン」
「言ってるそばから・・・ちゃんとうがい、こまめにしてくださいね。何かあったらあなたのお父さんに何て言われるか・・・そして、私の父からも・・・」
秀一はトーストを一枚かじって、牛乳を一気に飲み干し、部屋を飛び出す。
廊下に出ると大家さんが掃除をしていた。
「それじゃ、いってきます」
「はい、気をつけて行ってきてください。部屋の鍵、ちゃんとかけました?」
「・・・今かけました!いってきます」
秀一は期待に胸を膨らませ、片道1時間かけて大学へ出かけて行った。
駆けだしていく秀一の背中に向かってあずさが呼びかけた。
「あの!帰ってきたら食べたいお茶菓子ありますか?」
「んーーー、焼き芋かなぁぁぁぁ・・・」
秀一の姿と共に声もだんだん小さくなっていった。
「焼き芋???この時期に、ですか・・・」
以降、追記予定




