一世一代の告白を
三題噺もどき―さんびゃくじゅうに。
そこかしこから、セミの声が聞こえる。
ジワリと汗が吹き出し、異常な暑さを、実感として教えてくれる。
夏はあまり好きじゃない。
うるさい上に、汗で気持ち悪くなるし、何より暑いのが苦手なのだ。
夏は私に向いていない……季節に向き不向きがあるかどうかは知らないけど。
「……」
でも。もし。これが。
一世一代のこれが、うまくいけば。ちゃんとしたものとして実れば。
夏を少しは好きになれるかもしれない。むしろ、一番好きな季節になるかもしれない。
「……ふぅ…」
緊張している体を落ち着かせるために、息を吐く。
手汗が酷くなってきた。心臓の音が耳に響いてくるくらいにうるさい。
落ち着かないと……。
緊張するのはもちろんだし、元よりあがり症なのだから、仕方ないと言えばそうなんだけど。
今日は。いまは。
これを。
告白を。
成功させるためにも、落ち着かないと。
てんぱって何も言えずじまいになったらどうする。
話す事が難しくなっても大丈夫なように、手紙を書いては来たが、それを渡すときにとちってもよくない。
「……」
誰もいない。誰も来ない。
旧校舎の裏。
ここは、こういう事をするには持って来いの場として、学校で噂されている。
それに乗ったつもりでもなかったが、確かにここに人は来ないようだ。
相手と私の、1対1で話すには、丁度いい。
私の思いを告げるには。
「……」
初めて、あの人を見た、あの日から。
ずっと、今日まで、もどかしい思いを抱えたままでいた。これからもきっとそうなんだろうと思っていた。いつまでももどかしい思いを抱えたまま、何もできずにいるんだろうと思っていた。
でも。
今日を最後に、あの人に。
先輩に会えなくなるかもしれないと気づいた瞬間。
そんなことを考えた瞬間。
居てもたっても居られなくなった。
「……」
部活の先輩と後輩という関係。
先輩は選手で私はマネージャー。
3年生のあの人と2年生の私。
「……」
3年生は、この間、最後の試合を終え、引退と相成った。
2学期が始まれば、3年生は、先輩は、受験のために勉学に励み、部活にはやってこない。
まれに顔を見せるくらいはするかもしれないが。
「……」
だから。
1学期が終わり、夏休みという長期の休みを挟む前に。
年間最初の終業式を迎え、各々夏休みの計画を実行しようと言うこの日に。
「……」
私は、先輩に告白することにした。
「……」
もし。もし。
最悪な結果になったとしても。
諦めきれるかは分からないけど、身を引いて。
でも、手紙だけは受け取ってもらえると嬉しいかもしれない。
「……」
「……」
「……」
「……」
「ぁ、おーい!」
「――!!」
目を閉じ、下を向き、落ち着かせようと呼吸をしようとしていたところに、声がかかった。
は―と、顔を上げると、そこには先輩がいた。
あの人が、控えめに手を振りながら、こちらへとやってくる。
「っ――」
きゅうと、喉が絞められるような感覚がした。
心臓が、より強く跳ねたような気がした。
手汗がさっきより酷くなっていったような気がした。
ぐ―と無意識に、強く、唇を結んでいた。
「なんか話したいことあるって言ってたけど、何だった?」
―あいつらの事か?まー今でも結構いうこと聞かねぇもんな。
なんて、どこまでも後輩思いの優しい人なんだなぁと思ったりして、やっぱり好きだなぁとか思ったりして。
「あの!!」
「うん?」
もしかしたら、先輩はここがこの学校においてどんな場所として噂されているのか、知らないのかもしれない。
だからきっと、先輩が抜けた後のことの相談だと思われたんだろう。
「あの…えっと……」
「どした?顔赤くない?」
さらに強く喉が絞まる。
上げていた顔が徐々に下を向く。
言わなきゃ。いわなきゃ。いわなきゃ。
言わなきゃ。
「ん…?それ何もってんの?」
何をと言われたそれは、渡そうと思っていた手紙だ。
それに気づき、こういう時の為に書いたんだ、渡そう。渡すぐらいなら、何とかできる。
そう言い聞かせ、おずおずと、手紙を差し出す。
手が震えていたけれど、気にしない。
「……?俺に?」
「……はぃ」
握っていた端の方が、少しくしゃりとなってしまったそれを。
先輩はためらいながらも受け取ってくれた。
それだけでもう、なんだか嬉しかった。
―だけど。
―その後のことは、全く。
「……あー……そういう…」
「……?」
なんだろう。
何か。
ぞくりとした。
冷たいモノを浴びたような。
感覚がした。
顔を上げるのが怖い。
ビッ―
「……?」
何の音?
目の前から聞こえてくるこの音は、何?
ビッー
ビり―
ビリビッ―
「……???」
何が起こっているのか全く分からない。
音と共に落ちてくる。
この白いものは、なんだ?
「俺さーお前みたいなやつとか無理なんだよな」
「ぁ……?ぇ……???」
何が起こっているのか分からない。
何がどうして、こうなっているのか分からない。
どうして、これは。
目の前にこぼれてくるこれが。
破られた、破れた手紙の、なれの果てだなんて。
そんなはずは。
先輩は、そんなことしない。
「他のマネならよかったけど、お前だけはマジで無理」
気づけば、先輩は、背を向けていて。
私は足元に散っている紙を、茫然と眺めることしかできなくて。
でも。
私の中の何かが。
崩れる音は。
確かに聞こえていた。
お題:崩れる・もどかしい・破れた手紙