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エピローグ 幸せに...

 日曜日の朝日が差し込む部屋。

 大きなベッドから身体を起こす。

 命を狙われたり、男達から無理矢理襲われない平和な日々。

 隣で眠る彼を起こさない様に気配を隠し、部屋を後にした。


 寝間着を脱ぎ捨てシャワーを浴びると、昨夜の感覚が洗い流され眠気が吹き飛ぶ。

 本当にこの世界は素晴らしい、蛇口を捻るだけで温かいお湯が出るのだから。


「...ふう」


 浴室から出て洗面台の大きな鏡に自分を映す。

 シミ一つ無い若々しい姿。

 張りのある身体、瑞々しい自分の身体に思わず見惚れてしまう。

 しかし私の顔はもう昔と違う、ソウマが知るあの顔とは...


「ラクス、ソウマに逢えたかな?」


 不意に出た言葉、激しい自己嫌悪が心を締め付けた。


 何をバカな事を考えている。

 この世界を楽しみながら、生きて行くと決めた筈なのに。


 この世界も全てが平和という訳では無いが、少なくとも私が暮らす周りに殺し合いは無い。

 連れて来て貰ったラクスには感謝しかない筈なのに...


 転移して10年、来た頃は大変だった。

 言葉も分からない、もちろんどこにソウマが居るかも。

 呆然とする私と違い、ラクスは全く焦らなかった。


 持ってきた金貨を金に換え、身振り手振りで周りの人間と交渉していた。

 気づけばこの世界で私は身分が保証されていた。


『ソウマの言ってた通りね、お金さえあれば何とかなるもの』

 当たり前の様にラクスは言った。

 ラクスは学校まで手配し、ようやく言葉を学ぶ事が出来た。

 頭の良いラクスはたちまち言葉をマスターし、覚えの悪い私に付きっきりで教えてくれた。


 ラクスは私が一通りの言葉を覚えるとソウマの捜索を開始した。

 私も協力したが、余り役には立てなかった。


『こういう事は任せて』

 ラクスはそう言ったが、無力な自分が嫌になった。


『せめて自分の周りからでも情報を』

 私はラクスからソウマの情報を教えて貰い、学校の知り合い達からソウマの居場所を尋ねて回った。


 しかし私が知り得た情報はラクスが先に把握していた。

 そして分かったのは、ソウマの住む国と私達が転移した国は違うという事だった。


『カリム、行くわよ』


『あ...うん』

 せっかく出来た友人達と別れ次の国へ、こんな事を繰り返し、3年近くを掛け私達はソウマの居る国に辿り着いた。


『ソウマの住む国、ようやく逢える』

 そう思ってい私達たが、簡単にはいかなかった。


『ダメ、この街には居ないわ。

 時間が掛かりそうね』


 日本の都、東京の高校に転校した私達。

 一年が過ぎようとしていた、ある日ラクスは項垂れながら呟いた。


『詳しい地名か学校の名前をソウマから聞いておくべきだった...』


 独り言を繰り返すラクス。

 彼女に分からないなら、私に分かる筈がない。

 この頃から私はソウマの捜索をラクスに任せて学校生活を楽しむ様になっていた。


 何しろ向こうでは戦いに明け暮れた60年と言っても過言ではない。

 魔王討伐、そして王国との戦い。

 挙げ句、意にそぐわない結婚生活...


 向こうで夫となった男は私を第三婦人として迎えた。

 ...野卑で好色な男だった。

 戦闘国家として有名な国に嫁いだ私は陣頭に立ち、国王である夫と戦争を指揮した。


 愛そうと努力した。

 もちろん身も捧げた。

 嫌な性癖にも付き合い、時には数人との行為に及んだ事も...


『ソウマと...ソウマに逢えたら』

 それだけが心の支えだった。

 しかしこの日本で私は知ってしまった。


 平和を享受する世界、楽しい日々と将来の夢を語る友人達を。

 沢山の衣服を買い、髪を黒く染め、周りに溶け込める様な化粧を施す。

 そして友人達と語り合い、遊ぶ日々。


 ラクスはそんな私に何も言わず、ソウマの捜索に没頭し続けた。


『たまには遊びに行きましょうよ』


『私はいいわ』


 どれだけ誘ってもラクスは来なかった。

 沢山の機器を操り、各所にソウマの捜索依頼を出し、情報を集めるラクス。

 そんな彼女と私の間に溝が生まれ始めた。


 それが決定的になったのは日本に来て一年後の事だった。

 いつものように深夜遊びから帰った私をラクスは興奮しながら迎えた。


『やっとよ!やっと見つけたわ!』


『...見つけたって?』


 本当は分かっていた。

 遂にその日が来た事は...


『ソウマよ!

 あぁ...ソウマ...』


 玄関で泣きじゃくるラクス。

 いつも冷静な彼女と全く違う姿に私は恐れの感情を抱いた。

 ラクスからソウマの居場所が書かれた紙を受け取る。

 そこには遥か遠い地名が書かれていた。


 私達が今住む東京では無い、この世界にある新幹線でないと辿り着けない地方の都市だった。


『早速引っ越すわね、ようやくよカリム』


『...イヤだ』


『え?』


『もう私は行かない、ラクスだけ...お願い』


 呆然とするラクスに私の言葉は止まらない。


『貴女だけ行って』


『そんな...アナシムだけじゃなくカリム、貴女まで...』


『...アナシム』


 アナシムは向こうで子供をもうけ転移を拒んだ。

 私と違い、ある国の正妻となり、跡継ぎとなる王子まで産んだ。


 残される子供の未来を考えての事と私達は納得したのだが、それでも辛かった。


『早く行かないとナエとソウマは還ってきちゃうのよ』


『ナエ...』


 脳裏に浮かぶのは保護されたナエ。

 老い痩せ衰えていたナエ。

 彼女の記憶は全て失われていたが、


『...帰りたい』

 そう呟いたナエの姿....


『だから早く』


『ごめんなさいラクス』


 差し伸べられたラクスの手を振りほどく。

 もう戻れないんだ。

 私は既にこの世界で男性に抱かれていた。


 もちろん不特定多数じゃない。

 私に愛を囁くその男性に恋心を抱いていたのだ。


『ラクス、ソウマに伝えて、

 ごめんなさい、この世界は刺激が多すぎたの、今ならナエの気持ちも分かるって』


『まさか...カリム、貴女は』


『ラクス、ソウマと幸せに』


 ラクスの言葉を遮る。

 こうして私達は道を違えた。

 ラクスは持っていた金を私と分け、翌朝一人旅立った。

 結局あの夜から私は二度とラクスと会う事は無かったのだ。


 その後、一人高校を卒業した私は料理の世界に入った。

 元々料理に興味が有った私は、数年の修行の後、一軒の店を構えた。


[レストラン可鈴(かりん)]


 ラクスと別れてから新たに着けた私の名前。

 顔ももっと日本人に見える様、更に整形した。

 カリムという人間と決別の意味も込めていたのだ。


 店は幸い軌道に乗り、気づけば5年。

 この世界に来て10年近く経過していた。


「おはよう」


 自宅の階段を降りる。

 二階が私の部屋、一階が店になっている。

 今も一人暮らし。

 高校時代の恋人とは今も続いている。


 彼から何度もプロポーズを受けたが未だに断り続ける私。

 そんな私を彼は待ってくれている。

 そして週末毎に私を訪ねて来るのだ。

 まだ別れを選択しないのは未練があるからだろう。

 ...私だってそうなのだから。


「おはようございます、可鈴(かりん)さん。

 このお花はここで良いですか?」


 開店前の店内、既に来ていたアルバイトの奈江が花屋から届いたお花をテーブルに置いていく。

 各テーブルの花は彼女に任せているから確認しなくても良いんだけど。


 奈江、あのナエだ。

 3年前に偶然バイトの面接に来たナエと再会した私、ナエの記憶は完全に失われていた。


「ありがとう奈江さん、そこで良いわよ」


「はい」


 奈江は笑顔だ。

 アルバイトリーダーの彼女は今や店にとって欠かせない人。

 向こうで見た老婆の姿と全く違っていた。

 不採用にしようと思ったが、出来なかった。


 5年前、身籠ったまま召還されたナエは子供を出産すると、親に追い出され2歳の幼児を抱いてこの店へ面接に来た。


 ナエに抱かれていた子供は一目で分かった。

 ヒューズとの子供だ。

 ナエは記憶が失われた三年の間に子供が出来ていたと言った。


 もちろん私は説明しなかった。

 ナエが監禁されて過ごした30年の記憶は本当に悪夢なのだから。


 店の近くでアパートを借りてやり、親子二人穏やかな生活を送る奈江。

 奈江はソウマの事を含め、昔の話を殆どした事が無い。

 ただ、高校時代の恋人を見るのが突然怖くなり別れたとだけ。


「そろそろ開店ね、今日は日曜日だから忙しくなるわよ、宜しく」


 開店準備も整い、続々と出勤したアルバイトを前に一声挨拶。

 今日も頑張るか!


「「「「はい!」」」


 開店の札を出すと店内の前に並んでいた数人のお客様が入って来る。


「いらっしゃいませ!」


 こうして1日が始まった。


「...ふう」


 料理を作る私とお茶やコーヒーを担当する奈江。

 お昼のピークが終わり、店内に静寂が戻った。


「お疲れ様、一杯食べてね」


「どうぞ、カモミールです」


「ありがとうございます可鈴さん、奈江さん」


 スタッフ達に昼食の賄いを出す。

 奈江さんも馴れた手付きでお茶を淹れて行く。

 和やかな時間、スタッフは全員女性。

 自然と話しに花が咲く。


「奈江さん、お子さんは元気?」


「ええ、ヒューズったら5歳にもなるとヤンチャばかりして大変よ」


 スタッフの一人が奈江に尋ねる。

 今年5歳になるナエの子供。

 名前のヒューズはもちろんナエが付けた。


 なぜかその名前しか浮かんで来なかったそうだ。

 私はこれ以上ナエの記憶が戻らない様に過去の詮索をしない様心掛けて来た。

 ヒューズは近くの保育園に預けている、愛らしい容姿は店のスタッフだけでなく、保育園の関係者を始め近所の住民達からもアイドル扱いされている。


「でもヒューズちゃんなら、許せるわね」


「ええ憧れよ、外国の方とのハーフなんて」


「そんな...」


 照れ臭そうな奈江、

 子供の父親が分からず、出自が明らかで無いが、奈江の母性は本物だった。


 確かにあの子は可愛い。

 まあヒューズ似だからな。

 将来はかなりの美少年に育つだろう。


 私にも子供が出来るだろうか?


『もし、産まれたらやっぱりナエの子供みたいに日本人と少し違うのかな?』

『可愛いだろうな』

 様々な妄想が頭に浮かんで来た。


(ソウマとラクスには子供が出来ただろうか?)

 つい考えてしまう。


 未来に踏み出せない理由は自分で分かっている。


 あれほど愛していたソウマを裏切ってしまった私にナエの様な罰が下るんじゃないかと怯えている事、

 薄汚い私はまたソウマの時みたいに彼を裏切ってしまわないか怖いんだ。


「すいません、今休憩中でして...」


 スタッフの声で我に返る。

 頭を上げると二人の若い夫婦がベビーカーに小さな赤ちゃんを乗せ入り口付近に立っていた。

 その夫婦の顔をみた私は声を失う。


『...ソウマ...ラクス...』

 紛れもない二人。

 5年の間にすっかり大人となったラクス。

 私が知るラクスと全く違う。

 美しい容姿はそのままに、溢れ出すオーラは現在、幸せである事を雄弁に表していた。


「また出直すか?」


「そうね」


 ソウマの何十年か振りに聞いた声。

 彼も最後に会った時より凛々しくなっていた。


「あ...いえどうぞ」


 思わず二人を呼び止めていた。

 周りのスタッフが驚いている。

 しかし私はどうしてもソウマ達を帰す気にはならなかった。


「そうですか、すみません」


「何にしようかな?」


 私を見ても気づかない二人。

スタッフが奥のテーブルに彼等を案内する。

 ベビーカーに乗せられている赤ちゃんは意外と大きい、二歳位だろうか?

 なにより、余りの可愛いらしさに言葉が出ない。


「素敵な夫婦ね」


 水を運んで貰ったスタッフに聞いた。


「え、夫婦ですか?」


 スタッフは何の事かと聞き返す。


「今テーブルに水を運んだでしょ?」


「あれ?本当だ、誰も座って無いのに」


「...どういう事?」


 何を言ってるのだ?

 テーブルの向こうで二人は私達を見てるのに。

 今さっき応対した事まで忘れて...


(まさか?)

 私は例え様の無い違和感を感じながらソウマとラクス達が座るテーブル席へ急いだ。


「カリム、久しぶりだな」


「元気そうでなによりね」


「え?」


 今度は私を見るなり言った。

 今の私は昔の姿から全く違う筈なのに...


「驚く事無いわよ、貴女が姿を変えたのは知ってたし」


「まさか?」


「貴女の事は別れてからも調べていたからね、何かあったから大変だから」


「...そんな事を」


 全く知らなかった。

 ラクスは私の事をずっと見てたの?


「心配するな、俺達の姿はカリムにしか見えてない。

 そして意識も阻害してるからな、この会話も俺達以外誰も分からないから」


「ソウマ...」


 そんな事が出来るのは勇者ぐらいだ。

 まさかソウマは?


「力を使うのは久しぶりだ。

 上手く行ってるかな?」


「大丈夫よ、あなた」


 少し心配そうなソウマに穏やか笑みを浮かべラクスが頷いた。


「いつ結婚したの?」


「3年前だ、大学の時にな。

 この子が出来たのを切っ掛けに」


 ソウマがそっとベビーカーに視線を向ける。

 中から可愛い笑顔の幼児が私を見ていた。


「目と鼻はラクス似だ、俺に似なくて良かったよ」


「あら?私はソウマ似だと思うわよ」


 仲睦まじく笑い合う二人に対し私は複雑だ。

 こんな二人の前で私は相応しくない...


「ありがとなカリム」


「何が?」


「奈江を見守ってくれて」


「...どうして?」


 ソウマはゆっくり頷く。

 まさかそんな事まで調べたの?


「奈江とカリムの心を見たんだ」


「そう」


 そうだった。隠すだけ無駄ね。


「二階に居る人がカリムの恋人だな。

 良い人じゃないか」


「そんな事まで?」


「ああ、あんまり待たせるなよ」


 心苦しくなる。

 私はソウマを忘れて、あの人と...


 「これで良かったのよ」


「...ラクス」


 「カリム、貴女の人生は間違ってないわよ。

 私はソウマと二人幸せなんだから、ちゃんと前に進みなさい」


「この子を忘れてるぞ」


「そうだった、私達の宝物よね」


 愛しい笑顔を子に向けるラクス。

 彼女は幸せを手にしたんだ。


「それじゃ行くか」


「ええ」


 ソウマ達はゆっくり立ち上がる。

 もう行くの?


「待って!」


 慌ててソウマ達を呼び止める。

 こんな別れは嫌だ!


「安心しろ、また来るから」


「ええ、貴女が本当に幸せを掴んだら、またいつか」


 暖かな言葉に涙が止まらない。

 私にそんな資格なんか...


「大丈夫だ、お前なら」


「うん、カリムは今も私の親友よ。

 だから...ね?」


「ラクス!!」


 私はラクスに抱き着くと、優しく受け止めてくれた。


「ありがとう...」


「いいえ...」


 心が満たされて行くと同時に目の前が霞んで....


(そっか...行っちゃうんだ)

 再会の時間が終わった事を感じていた。






「可鈴さん!」


「...奈江さん?」


 奈江の声に慌てて辺りを見回す。

 いつもの店内。

 ソウマ達は姿を消していた。


「大丈夫ですか?」


「ええ」


「びっくりしましたよ、急に可鈴さんたら、ボーとしちゃうんですから」


 心配そうなスタッフに元気な笑顔を向けた。


「ごめんね、そろそろ夕方の営業準備をしましょうか」


「「「「はい」」」」


 スタッフ達は食べ終わった食器を片付け席を立つ。

 私もゆっくり立ち上がった。


「ん?」


 手の中に一枚の紙が...


[幸せに]


 懐かしい向こうの文字でそう書かれていた。


「....ありがとうラクス」


 再び流れ出した涙を止める事が出来なかった、


ありがとうございました

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― 新着の感想 ―
垃圾,恶心,大粪,恶人和背叛者得到了幸福的结局,这种污染人大脑的作品不应该存在于世界上
[一言]  皆が皆、一様に同じように幸せに「なれる」とは限らない。  幸せに「なった」人達はそれだけ努力したのだから。  勿論努力一切せずに幸せになってしまうという強運の持ち主も居るだろうけど、そんな…
[一言] そうか、、、まぁ日本は一夫一妻だから結果オーライかな。 ナエは少しは幸せになったのかな?糞みたいなことは、さすがに罰をうけたと思うから。 ソウマとラクスはナエに会っては駄目だよね。思い出…
2021/11/01 19:33 退会済み
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