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エピローグ ありがとう

お待たせしました

「まずは何から話そうか」


 大学から場所を移し、私の住むマンションにソウマを連れて来た。

 半年前に用意したこの部屋には何でも揃っている。

 家具や食器まで、全部二人分用意した。


『ソウマと暮らしたい』

 そう考えて...


「ラクス、何でこんな凄い所に住めるんだ?

 あっちのお金なんか持って来ても、この世界じゃ使えないだろ?」


「そうね」


 すぐ話に入りたかったが、仕方ない。


「金貨を持って来たんだ。

 ソウマが言ったんだよ『(きん)はこっちの世界でも価値がある』って。

 それを鋳潰して売り捌いたんだ。

 多少足元を見られたが、それでも充分なお金になった」


「そうなのか...」


 ソウマは感心した様子で私を見る。

 些細な会話もソウマとした話は絶対に忘れてないからな、当然だ。


「身分はどうしたんだ?

 戸籍とか無いだろ、それはどうやって?」


「金次第でどうにでもなるって事だよ。

 悪事に手を染めた訳じゃないから安心してくれ」


「ラクスはそんな事する人じゃないのは知ってるよ」


「...ありがとう」


 簡単な知識しか持たずカリムとこの世界に来たが、記憶があれば何とかなった。

 伊達に向こうで60年以上生きた訳じゃない。


 しかし、ソウマと再び出会うのに5年も掛かってしまった。

 何しろこの世界は広い、知っていた情報だけでソウマ1人を見つけるには、やはり大変だったのだ。


「...それでやっとソウマがここの大学に通ってると知ってな」


「そっか...ありがとうラクス」


 一通りの説明を終える。

 途中でカリムが私と袂を別ってしまった事も話した。


 彼女は変わってしまった。

 考え方だけではなく、外見もだ。

 おそらく今のカリムを見てもソウマは誰か分からないだろう。


 醜い世界を見すぎてしまったカリム。

 ようやく掴んだソウマとの再会のチャンスに胸を膨らませ二人この世界に転移したのに。


 カリムは諦めてしまった。

 長い絶望の果てにあった筈の再会、しかし安易にそれが果たせないと知ってカリムは諦めてしまったのだ。


「...随分待たせてしまった」


「そんな事無い。

 ラクスの事だってさっき思い出したばかりなんだ」


 ソウマは愛しむ瞳で私を見た。

 心に暖かい物が去来する。

 今の私は若返り、20過ぎにしか見えないが、本当は60歳を越えている。

 年甲斐もなく、我ながら恥ずかしい、向こうでは沢山の修羅場を越えて来たのに。


「ソウマはどれくらい記憶が?」


「まだ抜けてる事が沢山ある。

 どうやって...ナエと還って来たか、とかな」


 ソウマの記憶は不完全か。

 魔王を倒した事で記憶の持ち帰りは達成したが、ソウマはそれを拒んだ。


『凄惨な記憶は忘れたい』

 ソウマは言ったが、ナエの裏切りも忘れたかったに違いない。


 結果として記憶は一旦は失ったソウマだが、甦りつつある。

 何より、私を見るなり一部を思い出したのだ。

 ....私にとっては嬉しい事だったが。


「...ナエはソウマと戻ったんだな?」


「ああ、一緒だったよ」


「そうか一緒にか...その...」


 答えねばならない。

 今ここで説明をしないと。


「....なあアイツに何があったんだ?」


 ソウマは上を見ながら聞いた。

 ソウマの隣にナエは居ない。

 還ってから一年の間に何がナエの身に起きたか想像出来る。

 きっとこの先の話はソウマにとって聞きたく無い話になってしまうだろう。

 しかし話さなければならない。

 なぜならナエを帰還させたのは私なのだから。


「勇者として魔王を倒したのは?」


「それはなんとなく覚えてる。

 ラクスやカリム、アナシム...あとは討伐隊のみんなと」


「そうか」


 魔王討伐の記憶があるのはソウマに辛い事だ。

 しかし全部で無いのは救いになる。


「ナエは?アイツも討伐隊だったのか?」


 そんな事まで忘れてしまったのか。


「そうだ、ナエは聖女だった」


「ナエが聖女?」


「うむ」


 記憶にないのだろう、ナエが戦場に出たのは僅かな時間だったし。


「ナエは直ぐに戦場から離れたよ。

 ヒューズと一緒に行動を共にする様になって」


「ヒューズ?」


「魔王討伐隊の仲間だった男だ」


「へえ...」


 魔王討伐から逃げた二人は前線に立つ事を拒み、境遇を慰め合う内に役目から逃げてしまった。

 ヒューズは私の婚約者だった事は伏せておこう。


「奈江には地獄だったろうな...」


 ソウマがポツリと呟いた。


「奈江は暴力や血を見るのが嫌いだった。

 ヒューズがどんな奴か覚えてないが、奈江...ナエを受け入れたのたらそれで良いさ」


「...ソウマ」


 辛く無い筈が無い。

 しかしソウマの目はただ一点を見詰めていた。

 ナエに対する愛しみでは無い、何かに納得した目。


「...話はそれだけじゃない」


「ラクス?」


「ナエの話はそれで終わらなかったんだ。

 あの後、ソウマが還ってから本当の地獄がナエに起こったんだ」


「...それは一体?」


 先を聞くソウマを見ながら深呼吸を繰り返す。

 ここから先、私達に起きた出来事。

 それは魔王討伐と違う新たな地獄の始まりだった。


「ナエは呪われてしまった。

 記憶と聖女の力、二つを失って、還る事ができなくなった」


「どうしてだ?

 魔王を倒したんなら帰れる筈だろ?

 実際、ナエは俺と一緒に還ってきたじゃないか」


「それは...ソウマの記憶が失われたのと繋がる」


「....俺の記憶か」


 ソウマは静かに目を瞑る。

 新たな記憶が甦って来ているのだろう。


「...ナエは神の禁忌を犯した」


 ソウマは直前にナエの身に起きた事も思い出したみたいだ。

 表情は苦悶に満ち、大粒の汗が噴き出し始めた。


「そうだよ、ナエ妊娠したんだ...ヒューズとの子供を...それなのにナエの奴...」


 どうやら全て思い出したみたいだ。

 この後の事も話そう。


「禁忌の子を宿したナエは...」


「どうなった?」


「ソウマが還ってからナエは拐われた。

 王国から新たな兵が現れてな、私とカリム、アナシムは何とか逃げたが」


「拐われた?」


「そうだ、ナエの子を保護する名目でな」


「なんのために?」


 ソウマは身を乗り出す。

 訳が分からないだろうな、私も最初はそうだった。


「ナエの子は聖女の血を引く。

 例えナエから聖女の力が失われたたとしても」


「それはつまり...」


「ナエの産んだ子は魔力の塊。

 王国の連中はその子を媒体に次々と新たな研究をな」


「なんて事を...」


 絶句するソウマ。

 正に悪魔の所業、産まれたばかりの赤子にしていい道理は絶対に無い。


「王国は世界を征服せんと大戦争になった」


「なんだと?」


 怒りに震えるソウマ。

 その気持ちは痛い程分かる。

 魔王から世界を救って欲しいと頼んだのは他ならぬ王国。

 その後世界制服を企んだとは考えたくも無かっただろう。


「...ナエはどうなった?」


「記憶を失っていたナエは王国で次々と子供を孕まされた...

 優秀な薬の原料を産み出す道具として」


「ヒューズは?」


「ナエの処遇を巡ってな、反対を叫んで真っ先に殺されたそうだ。哀れなものよ」


 その事を知ったのは私達が王国を滅ぼした30年後だったが。


「神の罰は無かったのか?

 ナエには下ったのに」


「王国の連中は知っていたのさ、だから神の怒りを買わないように隠蔽を」


「ふざけやがって...」


 ソウマは目を血走らせる。

 周りに怒りが渦巻く、間違いないソウマは勇者の力を持って来ている。


「ラクス、向こうの世界に行けないか?」


「行ってどうする?」


「決まってるだろ、王国の奴等を...」

「そんな事をしたら魔王と一緒になってしまうじゃないか!

 殺し合いはもう沢山だ!

 ソウマ、お前はあんなクズ共の様に穢れてはダメだ!」


 興奮するソウマを抱き締める。

 胸に感じるソウマの熱い呼吸。

 ...懐かしい。

 魔王討伐の時に錯乱したソウマを鎮める為、私が内緒で...以来だ。


「...ありがとうラクス」


「ううん」


 ソウマは真っ赤な顔で私の胸から離れた。

 こんな所まで変わってないんだ、もう遠慮しないで抱いてくれて良いのに。

 ...経験無いけど。


「戦争はどうなった?」


 気になるだろう、しかしこの世界に私が居る、ナエまで。

 それが答えなのだ。


「勝ったよ、王国は滅んだ」


「よく勝てたな」


「30年近く掛かったけどね、カリムとアナシムのお陰よ」


「カリム達の?」


 意外なところで出てきたが、王国の勝利にカリムとアナシムの果たした役割は大きかった。

 だって、彼女達は...


「反王国軍を率いる為に二人は先頭に立ったんだ。

 召喚の研究をする私に戦争は自分達がやると言ってな」


「...そういう事か」


 「他国の纏め役になった二人はそれぞれ反王国に賛同した他国の王族に嫁いでくれたんだ」


 意にそぐわない結婚。

 しかし結びつきを強める為に二人は犠牲となった。

 しかしアナシムは子を成し...ソウマとの未来を諦めた。

 それなりに幸せだと言っていたが。


 カリムは最後まで夫となった男を愛する事は出来なかった。


『向こうに行ったら全てをやり直せる』

 いつもカリムは言っていたが、それはソウマと歩む未来では無かった。


「...成る程」


 戦争の経過とカリム達の話を聞き終え、ソウマはゆっくり頷いた。

 心の整理が着いたのか?

 いや、着いてはいまい。

 長い時間を掛けた私達と違い、ソウマは今知ったばかりなのだから。


「それでナエを保護してくれたんだ」


「ああ...廃人だったがな」


 ナエが居たのは王宮では無かった。

 打ち捨てられたボロ小屋。

 50歳を越え、子を産めなくなったナエはボロ雑巾の様に棄てられていた。

 それでも死ねなかった、いや死ななかったのは呪いのせいだろう。


 老婆となり、何を言っても反応が無かったナエ。

 私の前に来たナエはただ一言、


『帰りたい』

 それだけ言って涙を溢した。

 王国が滅び、完成間近だった召還はナエから行った。

 老婆のナエだが、召還されたらソウマと同じ時間に還される事は分かっていた。

 だが、呪いは解けなかったのでヒューズとの子を身籠った時間からしか召還は不可能だった。


「ナエの記憶は?」


「分からない、ソウマの様に徐々に甦っているかもしれん」


「戻ってない方が良い」


「そうだな」


 視線を合わせて頷く。

 生き地獄を30年、私だったら狂い死ぬ。


「ありがとうラクス」


「ソウマ?」


 何がありがとうなんだろう?


「後始末をみんなやってくれたんだ。

 本当にありがとう...」


 そっと私の手を握り締めるソウマの目に涙が浮かぶ。


「召還の...その為だけにナエを実験しただけ」


「それだけじゃないだろラクス、俺に嘘は無駄だ」


 ソウマは静かに首を振る。

 そうだ、勇者のソウマに嘘は吐けないんだ。

 全て分かってしまう。


「私...頑張ったよ」


「ああ」


 堪えきれない涙が頬を伝う。

 もうダメだ、我慢が出来ない...


「辛かった...ソウマに逢えるならと40年必死だったんだ。

 でも研究は進まないし、戦争も後始末が...」


「ラクス...」


 「やっと迎えに行けると思ったらアナシムは行かないって言うし、一緒だったカリムは去ってしまうし」


「でも諦めなかったんだな」


「当たり前だ、私はソウマしか愛してない!」


 ソウマを激しく抱き締める。

 もう逃げないで!


「ラクス!!」


「ソウマ!!」


 しっかりと抱き締め返すソウマ。

 泣きながら私とソウマは口づけを交わす。

 やっと、やっと叶った...


 初めて結ばれた喜び。

 私達は飽きる事無く愛を交わした。


ラスト一話追加します

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― 新着の感想 ―
[気になる点] これはまた…ナエのした事は許せないけど、血や争いに耐性皆無な女子が血生臭い異世界になんか召還されたら、そりゃ逃げ道を必死で探すしすがるし狂うわ。許せないだけで憎めないし、ただただ憐れ。…
[一言] 王国、マジで気分悪い。ヒューズの方がまだましだったということ? 戦争ということは有耶無耶にあっさり処刑された? 屑どもがどうして楽に死ねるんだか。 ナエは糞だけどさぁ。さすがに酷い。神様…
2021/10/31 17:40 退会済み
管理
[良い点] よし 予想通り全6話 [気になる点] まさか…苗床のナエ…だと… [一言] 大変な中での更新ありがとうございます ご自愛ください
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