エピローグ 何か違う
俺は中井相馬、三年前まで何処にでも居る高校三年だった。
しかし俺の生活は一変した。
それは俺が恋人と失踪してしまった事が原因だ。
今だに何が起きたか分からない。
いつも通り恋人の奈江と学校を帰っていた筈が、気づいたら三年が過ぎていたのだ。
俺達が保護されたのは学校の通学路で、失踪した時と同じ制服姿。
いきなり警察官に職務質問をされたと思ったら警察署に連れて行かれた。
訳も分からず警官の質問に答えていると両親が部屋に飛び込んで来て盛大に泣かれた。
結局失踪者が無事に帰って来ただけと片付けられてしまった。
しかし俺の違和感はそれだけに留まらなかった。
奈江に対する嫌悪感。
何故か分からない。
ただ、奈江を見るだけで胸を締め付けられる気持ちになった。
そして奈江の目は俺に対する恐れをを感じている様だった。
俺と奈江が別れを選択するのに時間は掛からなかった。
別れ際に奈江が一言言った。
『ヒューズに会いたい』と。
聞き返す気にもなれなかった。
おそらく聞いた所で説明出来ないと言うだけだ。
なぜなら俺もそうなのだ。
知らない筈の女性、ラクスとカリム、そしてアナシムの3人。
その姿は全く浮かんで来なかった。
名前から察するに、外人の様だ。
当然だが俺に外人の知り合いなんか居ない。
どうやら俺達は失踪中に何かを経験したのかもしれない。
だが、記憶をどれたけ辿ろうが、周りの勧めで医師のカウンセリングを受けても全く症状は改善しなかった。
そんな中、大事件が起きた。
奈江の妊娠。
既に別れていた俺は突然奈江の両親に呼ばれ、その事実を教えられた。
怒りを露にする奈江の父親だが、俺は身に覚えが無い。
当たり前だ、俺と奈江はそんな関係じゃない。
俺が否定すると奈江の父親が叫んだ。
『ふざけるな!娘をおもちゃにしやがって』
そう言って何度も殴られた。
俺はただ殴らるだけだった。
しかし殴られながら新たな違和感を感じていた。
『...痛くない』
痛くないのだ。
何度殴られようが、激しく揺さぶられても身体に全くダメージが無い。
その内奈江の父親は殴り疲れてしまった。
『なんだ貴様は...』
拳を腫らした奈江の父親が呻く様に言ったが、俺自身訳が分からなかった。
ただ、何も言わない奈江の表情が薄気味悪かった。
幸いにも俺の両親は信じてくれた。
『お前がそんな事をする訳が無い』
その言葉に、
当たり前だラクス達にさえ何もしなかったんだぞ
そんな訳の分からない事を考えていた。
奈江の妊娠は既に堕胎の出来る状態では無かったそうだ。
結局そのまま奈江は4ヶ月後に赤ちゃんを産んだ。
『慰謝料だ!養育費を請求する!』
そう息巻いていた奈江の父親だったが、結局俺の前に再び現れる事は無かった。
奈江の子供は明らかに日本人との子供では無かったと風の噂で聞いた。
そのまま奈江の家族は姿を消してしまった。
最後に届いた奈江からの手紙には、
[ごめんなさい、どうか幸せに]
それだけ書かれていた。
一年後、俺は三年遅れで高校を卒業して大学に進んだ。
勉強の方は問題無かった。
しかしその頃になると違和感がどうしようも無い物になりつつあった。
心だけじゃない。
どんなに勉強しようと、激しく身体を動かしても全く疲れ無いのだ。
運動は昔からしていたが、こんなに優れた身体能力では無かった。
『目立たない様に生きよう』
そう心に誓った。
昔の俺なら前に出て注目を浴びたかっただろうが、どうしてもそんな気にならない。
大学では何のサークルにも入らず、ただ単位だけを取る学生生活だった。
そうして迎えた大学2年春、新入生の中に1人の女性を見つけた。
青く美しい瞳、艶やかなブロンドの髪、日本人離れした身体。
その瞬間、
俺は...
遂に...
再び彼女に巡り会った...
「ソウマ!!」
「ラクス!!!」
僅かな記憶が甦った瞬間だった。
「どうしてラクスがここに?」
「やっと...やっと会えた...私が分かる?」
「もちろんだ、ラクス」
「...うんラクスだよ」
泣きじゃくるラクスを抱き締める。
学生の視線が集まるが、そんな事なんか気にならなかった。
「いつ来たの?」
場所を学校内のカフェテリアに移し、ラクスに聞いた。
まだ記憶が完全では無い。
俺が失踪していた3年の間、ラクス達と過ごしていた事くらいだ。
「...うん5年前に」
「5年前?」
おかしいぞ、俺が失踪から戻って来たのは一年ちょっと前だ。
それ以前は3年間行方不明だったから5年前にラクスが来たのは計算が合わない。
「転移の際に時間と私の身体も巻き戻したの」
小さな声でラクスは囁いた。
「そんな事出来たのか?」
「ええ」
嬉しそうなラクスだが、一体どれたけ逆行したんだ?
それに他の2人の姿も見えない。
「分かってる、カリムとアナシムでしょ?」
そう呟くラクスの表情は沈んでいた。
「2人は?」
俺の言葉にラクスは大きく深呼吸をした。
「カリムとアナシムは違う道選んだ」
「違う道?」
「ええ、カリムから伝言です。
『ソウマごめんなさい、この世界は刺激が多すぎます。
今ならナエの気持ちも分かります。
ラクスと幸せに』」
「...そうか」
確かに向こうの世界と比べて...
過去の記憶がどんどん甦ると同時にカリムと過ごした思い出が霞んで行った。
「アナシムは?」
「アナシムは...向こうの世界にまだ居ます」
「どうしてだ?」
意外な言葉に思わず声が裏返る。
一体アナシムに何があったんだ?
「それは今から説明します。
ソウマが還ってから私達が過ごした40年の時間について...」
「40年?」
ラクスの言葉にまた激しい衝撃を受けた。