第3話 だから聞いたんだ
俺は今、薄暗い部屋に寝かされている。
周りには誰も居おらず、粗末なベッド、固い板の下にはおそらく何も敷かれていない。
この状況は誰でも分かる。
俺は拐われたのだろう。
そんな事は構わないのだが...
「痛てて...」
まさか後頭部をいきなり殴られるとは思わなかった。
拐われる時は睡眠魔法か薬を使うと油断していたが、下手すりゃ死んでいたぞ?
身体を起こしたくても、両手首と両足首を鎖の着いた革の枷で四角に固定されている。
つまり俺は仰向けで大の字だ。
無理に壊すか...いや止めておこう。
力の殆どを失った今の俺がそんな無茶をしたら直ぐに死んじまう。
まだ死ねない...ちゃんと後始末を済ませないと。
ナエ...いやラクスやカリム、アナシム達の為にも。
俺は再び目を閉じた。
「ソウマ...無様な物だな」
嘲ける声に目を開けると、笑いを堪えられない様子のヒューズが俺を見ていた。
こんな醜態を見せるのは不本意なんたぞ?
奴の後ろに数人の屈強な男達が控えている。
何人かは見覚えがある。
魔王討伐隊で同じ釜の飯を食った仲だし。
「無様な俺をどうするつもりだ?
俺を嘲嗤う為だけに、こんな事をした訳じゃないだろ」
なるべく挑発を避ける。
貴族のコイツは短気だからな。特に自分が下と思った奴には顕著だ。
「へ、平民の貴様如きが呼び捨てる等本来ならば不敬に当たるのだぞ」
「ナエだってお前を呼び捨てにしてるだろ?」
「減らず口を...」
ダメだな、知らない内に挑発してしまう。
全く、ナエもこんな奴の何処が良いんだ?
...いや見栄えは良いな、金髪碧眼のヒューズは正に絵本の王子様そのものだ。
典型的な日本人の俺と姿が違いすぎる。
ナエが靡いたのもそれが原因の一つかな?
元の世界に戻ったところで俺とナエは元の関係に戻る事はないだろう。
さすがに俺はそこまでお人好しじゃない。
ナエの事情は分かったつもりだったが、やはり駄目だ。
だからこそ、ヒューズにナエを託したつもりだったんだが。
「貴様の身柄は王国に引き渡す」
「ほう」
『殺す』と言うのかと思ったが。
「貴様は調子に乗り過ぎた。
大人しく魔王に倒されていれば良いものを」
「そんな訳に行かねえだろ?
魔王を倒せって言っといてよ」
「それなら相討ちで死ねば良かったのだ。
ラクス達共々な」
「...ヒューズ」
余りの暴言に、怒りで目の前が赤く染まりそうになる。
こんな奴にナエを任せた俺の目はフシアナだった...いやお似合いかな?
それより、
「ラクスはお前の婚約者だろ!」
「元婚約者だ、貴様の手垢が着いた女に用はない」
コイツは典型的な貴族の坊ちゃんだな。
ラクスから聞いた通りの男だ。
「俺はラクスに手を出して無い」
「戯れ言を...ラクスが貴様を見る目で分かったぞ。
アレの目にはもう俺は映っていない...」
今度はアレ呼ばわりか。
まあ最初からラクスの目にお前は映って無かったが。
カリムやアナシムも同様だった。
婚約者に何の感情も...嫌悪感すら抱いてた。
「お前を切り刻んでやりたいが、それは出来ん。
感謝するんだな」
俺を殺さずにって事か。
王国からの命か、はたまた自分から言ったかは知らないが。
「何を笑っている?」
「いや別に、ただお前も哀れだな」
「なんだと!!」
「考えてもみろ、お前が公爵を相続して辺境の地を与えられたなんておかしすぎるだろ?」
「な!?」
ヒューズの顔が歪んだ。
どうやら奴もおかしいと感じていたか。
「本来の公爵領は王都に近い筈だろ?
なんでお前の弟が新しく侯爵家を起こして領地を継ぐんだ?」
「そ...それはナエが望んだ事だからだ」
それも一因だろう。
たがそれだけじゃないよな。
「魔王討伐隊から逃げた公爵家の嫡子、そんな悪評を隠すためだろ?」
「貴様!!」
激昂したヒューズが剣を抜いた。
今の話しはラクスから聞いたんだが、全て図星だったって事か。
「お止めください!」
「離せ!!」
ヒューズは後ろの連中から羽交い締めにされている。
俺の身柄を生きて受け渡すまでが命令だから奴等も俺に死なれては不味いのだろう。
「殺せよ」
「なんだと!」
「いいから殺せよ、俺は死んだら元の世界に召還されるんだから」
これは本当の事だ。
召喚された時、神から聞いたのだ。
召喚者は死ねば元の世界に召還される。
魔王を倒したら記憶と能力は元の世界に引き継がれ、それ以外の死は記憶や能力、全て失われると。
だから俺は魔王を倒した時では無く普通に死にたかった。
こんな凄惨な記憶早く忘れたかったのだ。
ナエの為にも...
「そんな...ナエもなのか...」
手にしていた剣を落とし、ヒューズが呟いた。
情けない姿。
しかしそれほどナエを大切に思っていたのか。
「ナエは...この世界に残る」
「本当か?」
「ああ」
ヒューズの目に光が戻った。
ナエにとって手遅れの結果だが、まあ良いだろ。
「な、なんだ!!」
突然響き渡る轟音、俺の居る部屋の扉が吹き飛ぶ。
ドアの近くに居た兵達が弾け飛んだ。
「ソウマ...みいつけた」
「...ナエ」
輝く姿で微笑むナエ。
しかし表情が無い、その瞳は何も映していないのが分かった。
「お前...聖女の力を」
「...うん解放したよ、これで一緒に帰れるよね」
「ナエ...どういう事だ...」
吹き飛ばされ、床に倒れていたヒューズが呻く。
「ヒューズ...今までありがとう...私ソウマと帰るね」
「な...なんだと?」
ヒューズは剣を杖に立ち上がる。
全身を血に染め、痛々しい。
「ソウマ...大丈夫?
今助けてあげるからね」
ヒューズを無視しながら近づくナエ。
駄目だ、今は恐怖しかない。
「可哀想に、こんな酷い事を...
でも大丈夫よ、表にいた王国の奴等はみんな殺したから」
「なんだと!!」
「だってアイツらソウマとヒューズ共々殺すって言ってたんだよ?
奴等隠してても私にはちゃんと聞こえるんだから...心の声が...」
王国の貴族共、そんな算段を...これもラクスの予想通りって事なのか。
「さあ帰ろ、私と一緒に死ねば元通りだよ。
嫌な記憶は全部忘れて...ね?」
落ちていた剣を拾い、俺の喉元に近づけるナエ。
ヤバイな。
殺すのが嫌で逃げたナエが人を殺した。
完全な矛盾だ、もう気が狂ってしまっている。
「止めるのじゃ!」
「させないわ!」
「ナエ、貴女は!!」
3人の女達が一斉に部屋へ飛び込んで来る。
皆、全身を血に染めていた。
「ラクス...カリム、アナシム...」
「すまん、不覚を取った」
「遅くなりました」
「すみませんソウマ殿」
ここに来るまで3人共ナエを止めようとしたのが分かった。
しかし、この3人を相手にしない程の力とは、まさか...
「止めろナエ!それ以上聖女の力を使うな!」
力の暴走、一気に放出を続けるのは危険なのだ。
肉体では無い、精神が壊れてしまう。
「大丈夫よ...こんな奴等問題じゃない」
「「「ウガ!!」」」
ナエが手を伸ばすだけで3人だけじゃなく、ヒューズも弾け飛ぶ。
俺もベッドに固定されて無かったら同じ事になっていただろう。
だが、天井から降り注ぐ破片は容赦なく動けない俺を傷つけた。
「...大丈夫?」
ナエから放たれる光に俺の怪我は消え失せる。
しかし魔王から受けた呪いは消えない。
当然だ、もう手遅れなのだから。
「ほらソ...ウ...マ」
ナエはゆっくり顔を近づける。
懐かしいナエの顔、しかし手遅れなんだ。
お前は既に...
「ナエ」
「何?」
「お前は一緒に帰る事が出来ないんだ」
「え?」
ナエの閉じていた瞳が再び開き、俺を見た。
「お前...妊娠してるな」
「嘘...まさか...」
俺から逃げる様に後退るナエ。
信じられないだろうが、先日、俺の鑑定能力で分かった。
だからナエに聞いたんだ『幸せか?』って。
「嘘よ...聖女は妊娠しないって...」
「...能力を封じておれば普通の女と変わらん、誰の子か聞くまでも無いな」
ラクスは静かに呟いた。
最初は信じて無かったが、どうやらナエの様子に確信した様だ。
「この世界の人間と子を成せば帰れない、貴女も知ってるでしょ?」
カリムが続く。
「まさか婚前交渉をしていたなんて...貴族の世界ではタブーなのに。
ソウマ殿もそれを守って私達に手一つ...」
アナシム、それを言うな。
いや、俺がラクス達に手を出さなかったのはそれが理由じゃないから。
「私はどうなるの!?
ソウマと帰れないって、いつなら戻れるの?」
ベッドから飛び降りたナエが叫ぶ。
その姿は完全に混乱していた。
「寿命が尽きれば帰られるんじゃないか?
70年後か、もっとか先かは知らん。
ひょっとしたら100年後かもしれん、
それならソウマは既にに死んでおるじゃろうな」
「おいラクス」
「知らぬ物は知らぬとしか言えん」
それなら言うなよ。
「こんな子なんて!」
ナエがお腹に手を当てる。
子供を殺すつもりか?
「ギャー!!」
次の瞬間ナエは絶叫し、泡を吹きながら気絶する。
聖女のオーラは消え去り、普通の人間に戻っているのが分かった。
「馬鹿な事を...聖女が妊娠した事自体奇跡なのに...もうナエに聖女の力は戻って来まい」
「そうなのかラクス?」
「神罰が下ったのですよ」
「カリムも何故分かる?」
「死ぬ時までナエは過去の記憶は戻りますまい。
その方が幸せでしょうね」
「なぜアナシムまで分かるの?」
「「「私達、勉強しましたから!!」」」
元気に声を合わせる3人。
よくわからないが...
「ウゲェ...」
急な吐き気、目も眩み、意識が遠退く...
「「「ソウマ!!」」」
ラクス達がベッドの傍に腰を降ろした。
皆、泣いている。
いきなり俺死ぬの?
まだちゃんとお別れも言えてないのに...
「ナエの力が消えた為でしょう」
『なるほど』
ラクスに言おうとしたが、もう言葉は出ない。
「後始末をしておきますから」
カリム、後始末ってなんだ?
「終わり次第我々も駆けつけますので先に逝っておいて下さいませ」
アナシム、なんか怖い事言わなかった?
「「「ありがとうソウマ」」」
涙で濡れた3人の笑顔。
『後の世界は彼女達に任せよう』
そう思い俺は目を閉じる。
意識を失う直前、唇になにか触れた気がした。
次、エピローグです