第2話 仕方無かった、なんかで済まされない
「ラクス、これは一体どういう事!」
私を見たナエが叫んだ。
先日見せたしおらしい態度と全く違う、こっちの姿が本当なのか?
そんな事より、
「どうもこうもない、2日前にソウマが居なくなったんだ」
「...ソウマが?」
ナエは明らかに動揺した様子を見せる。
これが演技なら大したもんだが、ナエにそこまでの腹芸は無理だ。
この女にそんな器用な真似は出来ない。
せいぜい本性を隠して、無垢な女をヒューズに見せる事くらいだろうし。
「どうやら知らぬ様だな」
「当たり前でしょ!」
狼狽えるのは良いが、ナエが捨てた男ではないか。
どうしてこれ程までに?...いやそんな事はどうでもいい。
もうソウマの恋人はコイツではないのだから。
「ヒューズはどうした?」
てっきりナエと居るものだと思ったが。
「3日前から領内の巡回で留守よ」
「巡回?」
「ええ」
ヒューズを締め上げてソウマの居場所を吐かせてやろうと思っていた。
しかし奴の関与は確信出来たのは収穫だ、無駄足では無かったな
「邪魔をした」
もうここに用は無い。
ここにソウマの気配を感じない。
取り囲む衛兵共を押し退けるが、あまりに歯応えが無い。
よく見れば年寄りとガキの寄せ集めではないか、暴れてる時は気がつかなかった。
「待ってラクス!」
後ろでナエが呼び止めるが、待つ筈が無い。
一刻も早くカリムとアナシム達に合流せねばならない。
彼女達もソウマの行方を捜索している。
「お願い待って!」
「何の真似だ?」
ナエが私の前に立ち塞がる。
一体何のつもりだ?
「話を...お願い」
「ふむ」
ナエは涙を溜めて懇願する。
押し退けるのは簡単だが...
「少しだけだぞ」
「ありがとう...ついてきて」
ナエが目配せをすると衛兵共が後ろに下がる。
心配そうな衛兵共、ナエが彼等から慕われているのが分かった。
「座って」
「ああ」
応接間らしき部屋に案内される。
一脚の椅子に座り、テーブル越しにお茶の用意をしているナエを見る。
召喚前にナエは学校に行きながらお茶を提供する店で働いていたと聞いた記憶がある。
「どうぞ」
「......」
テーブルに置かれたお茶を見る。
湯気が立ち上ぼり、お茶の良い香りが鼻腔をくすぐる。
相変わらず見事な物だ。
「大丈夫よ、毒なんか入ってないから」
ナエは私のカップに口を運び微笑むが、そんな事を疑っている訳では無い。
私には毒は効かない。
私だけでは無い、カリムやアナシムもだ。
我々は対毒の訓練を幼い頃から帝国で施されていた。
暗殺を恐れての事。
魔族からでは無い、王国からの暗殺者から身を護る為。
何しろ大賢者と剣姫に戦姫、この三人が帝国に誕生したのだから王国が脅威と感じるのは当然だった。
たから私はヒューズの婚約者に無理矢理選ばれたのだが...
「で、何の話だ?」
ナエが新しく淹れたお茶を受け取り一口啜る。
懐かしい味、ナエがパーティーを抜けるまで毎日飲んでいたのだから。
みんな...ソウマは嬉しそうに飲んでいた。
...ナエのお茶は最高だと。
「ラクス随分変わったわね」
「変わった?」
「ええ、雰囲気が」
「そうかもな」
ナエが言わんとしてる事は分かった。
討伐中いやずっと以前から、私は自分を偽っていた。
婚約者に従順な女。自分を抑え、ヒューズに功を譲る。
それは全て帝国の為。
あくまで私はヒューズに、いや王国に使役される女を演じていた。
小国の寄せ集めである帝国は強大な王国と比べものにならない。
魔王が現れると帝国まで討伐に駆り出された。
魔王が世界の脅威なのは分かる。
私やカリムとアナシムは勇者パーティーの主要メンバー。
みんな王国の貴族と婚約を結ばされていた。
しかし本当の任務はヒューズや王国貴族達の盾としてだった。
「お前と違ってな、こっちが本来の私だ」
「...ラクス」
お前呼ばわりされたのがショックだったのか、ナエは悲しそうな目をした。
一応は友人、いや本当の親友と信じていた。
ナエが勇者パーティーを抜け、婚約者の地位を奪われるまでは。
「仕方なかったの...」
「ん?」
「仕方なかったのよ!
いきなり魔族と戦え?
この世界を救って欲しい?
冗談じゃない、私は普通の女の子なのよ!
人なんか殺せる訳無いじゃない!」
「人では無い、魔族だ」
「どっちも、変わらないわよ!
魔族だって刺したら血が出る、燃やせば肉が焦げる臭いがする...
魔族だけじゃないわ...仲間の苦しむ声...殺してくれ...そんな声も...」
ナエは耳を抑え震えだした。
気持ちは分かる。
ソウマ達の居た世界からこちらに召喚したのは我々の勝手な事情。
彼等には何の関係も無かったのだから。
「すまない」
「...ラクス」
「王国...いや我々の世界がお前達を召喚したのだからな」
私の謝罪なんか何の意味も持たない。
ソウマやナエの苦しみは想像を絶する物があっただろう。
「...どうしてラクスは何も言わなかったの?」
「何をだ?」
「ヒューズとの婚約破棄よ、ソウマと何も無かったのに」
「その事か」
何を聞きたいのかと思えば...
普通ならば、ソウマの身を心配するところだろ。
私の口からナエはヒューズをラクスから奪いましたと広まるのが怖いのか?
「聞きたい?」
私の問いにナエが頷く。
それならば聞かせてやろう、後でどうなっても知らぬぞ。
「ヒューズが私を愛していたかは知らぬが、私は奴を好きだった事など無い」
「え?」
「奴は私の事を嫌っては無かったと思う。
何しろ好みの女を演じていたからな」
「...まさか」
もうショックを受けたか、しかし続けさせて貰う。
「ヒューズを心優しい一途な男だとお前は思っているのかも知れん。
だが、奴は自分の感じた事が全て、自分の思った事が正しい、そして意に沿ぐわない行動を取った奴は間違っている。
そんな考えの男だ」
「そんな...ヒューズはそんな人じゃない」
信じられないか、そうだろうな。
「ソウマとの仲を疑ったアイツは私の言葉に耳も貸さず、浮気による婚約破棄を皇帝である我が父上に迫ったのだぞ?
莫大な賠償金請求まで付けてな」
「それは...」
「私やカリム達がソウマの傍を離れ無かったのは貴様が戦場に出ようとしないからだ、ヒューズとキャンプに2人して籠っていたからでは無いか!!」
「怖かったのよ!!」
ナエは鼻水まで出し、無様な姿を晒している。
それでもヒューズは庇護欲をそそられたんだろう。
私には出来ない、したくもない。
「せいぜい頑張ってヒューズを支えるんだな」
「...それって?」
「ソウマはおそらく拐われた。
潜ませていた魔王討伐隊の隊員によってな」
「...まさか」
ナエはもう冷静さを繕う事も出来ないのだろう。
脂汗を搔きながら縋る目で私を見る。
ヒューズはおそらく王国の貴族に命じられソウマを拐った。
ナエに言わなかったのは心配掛けまいとする気持ちだったのかは知らんが。
「ソウマの人気は凄まじいからな。
聖女を追放したと一部で陰口を叩かれているが、聖女の幸せを祈り、我が身を犠牲にして魔王を倒した真の勇者。
そんな声の方が多いのだ」
「...嘘」
「本当だ」
私達が凱旋しながら各地で喧伝したのだがな。
勇者の名声に危機感を持った貴族は多いだろう。
しかし表立ってソウマを害せぬ。
国民の信を失いかねない。
だからヒューズを使った。
バレたところでヒューズに罪を被せたらいい。
いや目的を果たせたならソウマ共々ヒューズを葬り去るだろう。
そんな奴等の浅知恵が透けて見えた。
「...私達はどうなるの?」
「そんな事は知らぬ、我々が知りたいのはソウマの居場所だけだ」
「...そんな」
ナエはガックリと項垂れた。
自業自得とするにはあまりに哀れ。
しかし全ては身から出た錆びなのだ。
「...行かなきゃ」
ナエがゆっくり立ち上がった。
その目は暗く沈み、私ですら息を呑む程の闇を感じた。
「何処にだ?」
「ヒューズ...いいえソウマを探すの」
感情が見えない。
私の能力を使っても感知させぬとは...まさか?
「...力を解放します」
「な?」
やはりナエは聖女の力を失って無かったのか?
「グア!!」
次の瞬間ナエの身体が輝き私は吹き飛ばされる。
凄まじいオーラに動けない。
一年以上封印していたナエの力は暴走していた。
「こんな筈じゃ無かったの...私はただ....ソウマ...」
そう呟きながらナエは姿を消したのだった。