(7)玉杖と少女【3】
この病の醜さは人の世の醜さの鏡映し
何かが失われるのは誰かが奪っているからでしょう?
いつだって、人間らしく生きられない人がいるのなら
その分を獣のように貪っている人が必ずいるのよ
偏りは覆い隠され
不公平だということにすら誰も気がつかない
そして、あなたはあなたが守ろうとしているこの国のことを、
何も知らないまま……
「書斎の隠し部屋から見つかったギルバート宛の私通より」
俺が子供の頃に住んでいた屋敷を再訪したのは、父と兄がいなくなってから八年が経ってからのことだった。丁度、大学への進学が決まった初春のことで、ようやく数年前に軍の封鎖を解かれた屋敷に、父と兄の蔵書を運び出すつもりで、その日は下見へ行った。
本当に、その部屋を見つけたのは偶然だった。ふと目についた書架の本を手に取った時、その棚の奥に僅かな窪みを見つけたのだ。頑丈な装丁の本を入れた時に傷でもついたのだろうかと、何の気なしにその窪みに触れた途端、背後の壁から、ガタンと、何かが外れるような音がした。
俺が驚いて振り返ると、背後の壁にはさっきまでには無かった隙間が切れ込みのように開いており、その奥に若干の空間があることが分かった。そこは引き戸のようになっており、隙間に指を入れて多少力を込めて横にずらすと、奥から本当に僅かなスペースの小部屋が現れた。
俺はすぐに、恐らくここが、父と兄が失踪した後に、国と軍の関係者が血眼になって探していた資料の隠し場所なのではないかと思った。しかし、ざっと部屋を改めてみてもそれらしいものは見つからず、我が家の家系図や不動産関係の証書など、どこの古い家にもあるような文書がしまってあるだけだった。
俺は、ほんの一瞬だけでも、もしかしたら父と兄がなぜ軍規を犯して出奔したのか知る手がかりが見つかるのではないかと期待しただけに、その結果に落胆した。しかし、落ち込んでばかりもいられなかった。なぜなら、軍の関係者にこの部屋の存在が見つかると痛くもない腹を探られかねないからだ。
この10年の間に母や俺たち兄妹が受けた政府や軍からの事情聴取という名の尋問は、まるで罪人に対するような態度で臨まれるものばかりで、本当に何も知らない俺たち家族にとっては、不愉快以外の何物でもなかった。だから、何も秘密が無いのであれば、さっさと元の状態に戻してしまおうと思ったのだが、扉に手をかけた時、ふと、俺はその扉と床の間の僅かな隙間から、何か、紙片の一部のようなものが覗いていることに気がついた。俺はその場にしゃがむと、薄汚れたその紙を引っぱり出した。
出てきたのは、兄へ宛てられた一通の手紙だった。差出人は不明。ただ、その日付は父と兄が失踪した日の丁度一週間前で、封筒の中には謎めいた文面の手紙と、大きな建物の見取り図が入っていた。俺は、この見取り図が何故この手紙に同封されていたのか、それが何を意味するのか、その場では全く分からなかったが、ただ一つ、この建物がどこなのかは一目で分かった。
この独特な五重の円形をした建造物群は、間違いなくこの春から俺が通うことになっているイルクート大学のものだった。