ここまで来たら止められません ~ 婚約破棄と滅亡 ~
突発的に浮かんだストーリーです。
人間以外の目線から見ると、こんなものなのかも。
ざっくり作った作品なので、お気楽にどうぞ。
今夜は王室絡みのとても大切な舞踏会です。
それも、国威を掛けて他国の大使を招待しているのです。
わかっているのでしょうか、目の前の方々は。
「承知してたらやらかすはずありませんわね」
「ああ、ここまでひどいとはな」
視線の先は舞台の前、良くも悪くも目立つ場所です。
男女が数人対峙していますが、聞くに堪えない罵声が飛び交っています。
ここ、場末の酒場ではありませんが。
「貴様にはほとほと愛想が尽きたっ! 今この場で婚約を破棄する! そして愛しのラウラに仕掛けていた数々の苛めに対して謝罪しろっ!」
「あの方に、苛めをするだけの時間などなかったですわよね?」
「当たり前だろ? 王太子妃教育に加えて王太子の仕事を本人に代わってやってるんだから。どこにそんな余力があると?」
「ですわよねぇ」
今あそこでみっともなくも騒いでいるのはこの国の王太子。
もう、敬語をつける気にもならないくらい、できの悪いお方です。
そして、その前で罵声を浴びているのは、エリザ・フォンオール公爵令嬢、王太子妃殿下となられるお方なのですが。
肝心の王太子は、そのわきに女性を抱えておられます。それも、半分以上胸を露わにしたドレスを纏った令嬢なのです。
「ぐすん、エリザ様ったらいっつも私を睨むんですぅ。怖かったぁ、殿下ぁ」
「おお、おお。愛しいラウラ。怖がることはない、こうして守ってやるからな」
「うふふ、優しい殿下は大好きですぅ」
何でしょう、この馬鹿っぽい会話は。貴族令嬢としての素養が少しも感じられません。街の子供の方がもっとましな話し方をしていると思います。
「まるで娼婦だな、あれは」
「…まあ、あなた、そんなところに行かれましたの? 幻滅ですわ」
「あー、一応その手の店は知っているさ。なんだ妬いてるのか?」
「殿方は許されますものね。わたくしも行ってみたいですわ」
「いや待て、行くってどこにだ? やめてくれ、それは」
「「知りませんわ、そんな事」」
あらやだ、言葉がかぶってしまいましたわね。ごめんあそばせ、エリザ様。
「わたくしはここ暫く、王城に詰めっきりでしたのよ? 王太子妃としての教育と殿下のお仕事を同時に処理してなおかつ学園の授業を受けることなど、到底無理ですわ。殿下のように、仕事を放り投げてしまえばよかったのでしょうが」
「な、な、なっ……!」
「それと、わたくしには王家の影が付ききりですの。どなたかに何か仕掛けでもしようものなら、陛下から即座に注意されますわ。殿下の言われるようなことがあったにせよ、わたくしとは何の関係もないことです。謝罪などもってのほかですわ」
「確かに王家の影が相手じゃ勝ち目はない。詰んだな、そいつ」
「言わなくとも丸わかりですわ。その方、どうされるんでしょうか」
広げた扇の陰で笑みがこぼれるのを自覚します。出来の悪い三文芝居は疲れますが、掛けられた懸賞品が大きすぎて、後始末が大変ですわね。
「殿下のお言葉通り、婚約破棄、承知いたしました。御機嫌よう」
その場できれいなカーテシーを披露して、くるりと身をひるがえします。凛とした姿はまさに貴族として是非とも見習わねばならぬものでしょう。誰に止められることもなく、エリザ様は退場されました。
「くそっ、最後まで気に入らぬ奴だ! 楽団、演奏せよ! 皆の者、宴だ、宴を続けよ!」
仕方なさそうに演奏が始まり、何組かがおずおずと踊り始めました。殿下も、あの娘と共に踊られていますが、周りはひそひそが止まりません。殿下たちに向けられる視線も、とても好意とは思えない冷たさを含んでいるのですが、気が付いておられるのでしょうか。
そんな空気をよそに、わたくしたちは庭の隅へと移動しました。
「はぁ、あんなのが王太子とは。この国も先がないですわね」
「そんなのはもうずいぶん前にわかってたことじゃないか。精霊も神獣も、とっくに愛想つかしてるしな」
「ええ、ですから寂しかったんですわ。癒しがありませんでしたもの」
精霊たちの踊りや神獣の毛並みを堪能できなくて、結構荒んでますのよわたくし。
「だから俺が迎えに来たんだ。お前がへそを曲げたら誰が抑えられるんだよ」
「わたくし、そんなに我儘じゃありませんわ」
「単なる気ままじゃないから始末に負えねぇんだよ……ほんと、一番わかってないのがこいつなんだから」
額に手を当てて何やらぶつぶつ言ってますが、無視しましょう。
「あと、エリザ様だけが気がかりですの……」
あの、気高い心意気を持った公爵令嬢のこれからが心配ですわ。
おまけに婚約破棄なんて。か弱い令嬢に、どれだけ傷をつけたら気が済むんでしょうか、ここの王家は。
「それなんだけど、現公爵もカンカンでさ。一族揃って隣国へ移るようだ」
「あら、本当ですの」
「夜会で何か仕掛けてきたら、即! 出ていけるように準備していたからな」
「あらまあ、英断ですわね」
この国はフォンオール公爵の裁量で面子を保っていたのに、そこが居なくなったなんて、終焉一直線ではありませんの。ご愁傷様ですわ。
「これでもう憂いがないだろ。さっさと行こうぜ」
「まあ、せわしない方ね、ふふふ」
「もう待ちきれないんだ、俺は。かれこれ200年お預けだったんだぞ? そんなに焦らすなよ、デメテール」
「はいはい、分かりましたわ」
額に口づけして身体を引き寄せる手をやんわり抑え、わたくしは幻惑の術を解きます。そうすると、今まで見えていた地味な令嬢姿が消え、白く輝くトーガに包まれた本来の姿へと変わりました。
二人ともに術を解いたので、かなり遠くまで光が届いてしまったようです。
あら、ホールの皆さまも気が付かれたようですわ。そばに来られると面倒ですので、退散いたしましょう。
軽く地を蹴って宙へ、そのまま空へと昇ります。わたくしたちの居た場所へわらわらと人が駆けよってくるようですが、放っておきましょう。それよりも久しぶりの空中散歩を楽しみますわ。
王宮から離れるにしたがって地上の灯りが減ってきました。その闇の中をひた走る馬車の群れが見えます。騎乗した騎士に守られながら隣国へと続く街道を移動しているのは、フォンオール公爵の一行でしょう。
「あなた、少し寄り道してもいいかしら?」
「あ? ああ、公爵のところか? まったく、一度懐に入れた奴にはとことん甘いからな、お前は」
「ごめんなさいね。そう時間はかからなくてよ」
「待て待て、独りで行くな。俺も行く」
緩やかに高度を下げながら馬車の群れに近づいていきます。前から3台目の窓のカーテンが揺れ、エリザ様が見えました。わたくしたちの光に驚かれたのでしょう、きれいなアメジストの瞳がまんまるですわ。
そのエリザ様に微笑みかけ、小さな投げキスを飛ばします。ほのかな光の欠片がエリザ様の胸に吸い込まれていきました。わたくしの、豊穣の女神の祝福が、あなたのこれからに恵みをもたらしますように。
「これですべて終わりましたわ。戻りましょう」
「よっし。これからしばらくは離さねぇからな」
「ふふ、お手柔らかに願いますわね、あ・な・た」
いろいろと小言が多いですが、こうして待っていてくださった優しい方。そのほほにそっと口づけをいたします。
「おいこら、煽ってくれるなよ。そんな風にされたら我慢できなくなっちまうだろうが」
痛いほどに抱きしめられて、空の高みへ向かいます。わたくしたちが住まう、神界の館はもうすぐそこにあるのです。
神皇歴2574年、ダイオス王国が消滅した。豊穣の女神デメテールの恵みを失くし、国中の作物が育たなくなった時点で国としての機構を維持できなくなってしまったのだ。
その原因が王族の凋落にあり、女神を失望させた結果だと判明したものの、失った恵みを取り戻すことは叶わなかった。
ギリシャ神話、大好きです。もちろん、北欧神話も、日本の神話も愛読書です。
クトゥルフ神話は…………怖すぎて、いまだに読了できてません。
これからその要素を入れたお話を作りたいな、と思っています(願望)
……クトゥルフは除いてですが。