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世界が滅びそう。

 最愛の義妹に手ひどくふられたので、世界を滅ぼそうと思う。

 国内最凶最悪の魔導士は、雇い主である王太子ラドクリフに会うなり、果てしなく暗い表情でそう宣言をした。


「アルス……、その、考え直してはくれないか」

「いやだ。滅ぼす」

「アルス、お気を確かに」

「確かだ。滅ぼす」


 王宮の一角。プリシラの兄である、王太子ラドクリフの私室にて。

 完璧に全力でやさぐれて暗黒を背負い、何かと「世界を滅ぼす」を口にする魔法使いアルスを前に、髪の色も瞳の色もよく似た兄妹であるラドクリフとプリシラは頭を抱えていた。


「私の計画が裏目に出てしまいましたね……。もともと水竜さまに会う計画はですね、王家の儀式云々は建前で、ミシュレとアルスの距離を縮めるたことだけを目的としていたのです。ミシュレはあの状況なら絶対にアルスに助けを願い出ますし、アルスだって必ず助けてくれるでしょう。ピンチのときに現れたアルスに、あの鈍感ミシュレだってドキッとするはずだと……。途中までは良かったんですよ、途中までは。水竜さまもいい感じにゲスで、処女が云々と言い出したものですから」


 深い紺色のベルベットの一人がけソファに沈み込むように座りながら、プリシラは呻いた。

 一方、ローテーブルを挟んでプリシラの向かい側、二人掛けのソファに座ったアルスが暗黒を背負って言う。


「ピンチといっても、あんなにギリギリになるつもりはなかったんだ。本当にふつうに仕事で遅くなったらミシュレが怪我をしていて……! ああ、腹が立つ。世界なんか滅びればいい」


 アルスの周囲に、青白い炎が浮かび上がる。バチバチっと雷が小さく爆ぜるような音もする。

 空恐ろしいものを見る目で見ながら、部屋の中を歩き回っていたラドクリフは、ひとまず平静を装った声で言った。


「世界を滅ぼしたらミシュレも死んでしまうぞ」

「ミシュレはもちろん生かす。最終的に俺とミシュレだけの世界に」

「いや、言うな。言わなくていい。お前はやろうと思えばできるかもしれないところが怖い。それ以上危険なことを言われたらお前を暗殺しなければならなくなる」

「それこそ、やれるものならやってみろ」


 ソファの上で、アルスは足も腕も組み直し、ふんぞり返る。

 品のある穏やかな顔立ちをしたラドクリフは、青い息を吐いた。


「どうして神はこんな男に魔法の才を与えたのか。危なくてかなわない」

「お兄様、そこはもう言っても仕方のないことです。それよりも、ミシュレです。アルスはミシュレがいればおとなしくなるんです。すべてはミシュレにかかっているんです……!」

「そのミシュレが盛大にアルスをふったから、この有様なんだ。なにしろミシュレは本当に性格がまっすぐで、家族を大事に思っているけなげな少女だ。義理とはいえ兄に懸想なんかしないだろう。ひきかえアルスときたら……」


 その若さで、押しも押されもせぬ、国内最強実力派魔法使い。

 世界を滅ぼすは大げさにしても、近隣の小国なら滅ぼせるかもしれない能力を持ちながら、いささか常識及び良識の足りない部分がある。

 そんなアルスの心の拠り所だったのが、八歳下でアルスに一途に懐いている義理の妹。

 素直で謙虚で溌剌とした性格に惹かれ、絶対に自分のものにすると決めて成人を待ちわびているアルスは、その恋情を包み隠しつつ、自分の縁談はもとよりミシュレの縁談も潰しに潰してその日に備えてきたのであるが。

 仲は、一向に進展せず。


 いついかなるときもミシュレに執心しているアルスのため、プリシラが一計を案じる運びとなった。

 しかし、よもやの「兄を男として見たことはない」という本心をミシュレが盛大に打ち明けたところから、ただいま大惨事になりかけている。


「あんなに……、あんなに何回も言わなくても良いのに、ミシュレも。とにかくアルスを男性として見たことがないの一点張りで。まさかあそこまで見込みが無いとは思いませんでした。あ」


 ギロリとアルスに睨みつけられ、プリシラは扇子を開き、自分の口元を覆い隠した。


「難儀すぎるよな。実の妹のように可愛がってきたら、本人の意識も実の妹になってしまったあげく、客観的には美形で優秀なこの男のことを『実の兄』としか見られなくなり、ときめきも何も一切ない状態になってしまったなんて。おっと」


 アルスの傷口に塩を塗り込めるような発言をしてから、ラドクリフはわざとらしく口をつぐむ。

 組んでいた腕をといて、アルスは両手で自分の目元覆った。


「もういやだ。絶望だ。ミシュレは俺が結婚して子どもができても叔母さんとして可愛がるって言ってたけど俺は無理だぞ。ミシュレが俺以外の男と結婚して子ども……子ども……俺は伯父……」

「これはもう、なんだね……。何かこう、もう一回、何かしないといけないんじゃないかな」


 不穏な気配に薄笑いを浮かべて、ラドクリフは呟いた。


「何かって、何をです? ミシュレにアルスを意識させるのは相当難しいと思いますわよ? 二人でデートはよくしているみたいですけど、『食べ歩き仲間だよ』なんて言ってて、まっっったく進展もないわけですし。多少のスパイスとして暴漢の仕込みをしても、ミシュレは自分でなんとかしますし、かといってアルスに対処させれば辺り一面焦土にします。もう何をしてよいものやら……」


「でもミシュレは他に気になっている男性もいないんだろ? つまりまだアルスの入る余地はあるんだよな?」


「そこなんですよね。そもそもどなたか好きなお相手がいるなら、恋愛傾向を割り出せるかもしれないんですけど、いないので……。ミシュレ自身全然恋愛感情というものを持ち合わせていないのではないかと」


 プリシラとラドクリフで淡々と話を進める間、動きを止めていたアルスであるが、耐えきれなくなったようにソファに倒れ込んだ。

 その様子を見て、ラドクリフは溜息とともに言った。


「もう、既成事実しかないんじゃないか。断りにくい縁談でも持ちかけて、『何かどうしても縁談を受けられない理由でもあるのか。まさかすでに誰かと……?』って水竜さま方式で問い質して」

「名案ですわ、お兄様。そこでミシュレに『好きな相手は義兄です!』って言わせるまで追い詰めれば良いわけですよね」

「そうそう、そこでアルスがすかさず『こうなったら、それを本当にするしかない』って。既成事実、既成事実」

 

 兄妹で首尾よく話を進めようとするが、寝転んだままのアルスはぼそりと言った。


「俺はそんなゲスじゃない」

「自分の恋愛がうまくいかないだけで世界を滅ぼそうとする方が、よほどゲスだよ」 


 すかさずラドクリフがつっこみ、プリシラと顔を見合わせる。


「もうそれで行こう。ええと、あとはミシュレの断りにくい相手か。断りにくい相手、断りにくい相手……」


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