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うさぎさん!!

 ミシュレとプリシラは、王侯貴族や裕福な子女が多く在籍している寄宿学校の学生である。

 所在地が王都であり、通える者は家から通うのも許可されているが、ふたりとも寮生活を選んでいた。

 よって、行動の自由度は高い。


「どうしてもアイトヴァン湖に行く」


 そう言ってきかないプリシラのわがままを止めることができず、休日に「帰省のため、外泊許可」を二人揃って申請し、寮を発った。

 王都から電車に乗り、約四時間かけて森深い田舎へ。駅からは、ひたすら歩く。

 ミシュレはいつもどおりの動きやすい服装。違いは制服ではなくジャケット姿で、傍目には男性のように振る舞っている。背には食料や防寒具などの装備品を入れた帆布のリュック。

 プリシラは歩くだけで精一杯だろうと、装飾性のない青いワンピース姿で荷物はない。


「着くのは夕方ですが、往復の時間も考えると強行するしかなさそうです。湖までたどりつけば、夜間は水竜の加護をいただけるかもしれません……。水竜様がご健在なら、ですが。あまり楽観視はできません。できないんですよ」

「そうかしら。王家にはしばらく姫が生まれていなかったから、この儀式自体七十年ぶり。水竜様も無垢なる乙女を待ちわびていることよね。お待たせしてしまったわ…。いま会いに行きます!!」


 湖まではかろうじて細い道がある。

 湖が「王家の聖域」指定を受けている上に、道中は獣やモンスターとの遭遇の危険性があるため、用事がない限り一般人は近づかない。他にまったく人影を見ない中、ミシュレは周囲を警戒しながら先に立って進んでいた。

 しばらく歩いているうちに会話も途絶えがちになる。

 声が聞こえないと周囲の音が探りやすいが、ときどき背後が心配になってしまう。


「たぶん、もうすぐです」

「水竜様の元についたら、何を願おうかしら」


 励ましのつもりで声をかけると、存外に明るく、弾むような返事があった。

 ミシュレは口元に笑みを浮かべる。

 空は薄暗くなりつつあったが、頭上の梢から、まだぼんやりとした光が注いでいた。


(このまま湖まで、何事もなければ良いのだけど)


 心の中で願いつつ、妙に胸騒ぎするのを気の所為とやり過ごそうとする。

 振り返らぬまま、話し続けた。


「姫が願うのは『鱗』ではないですか。飲むと水の中でも息ができるようになるレアアイテム」

「本当にそんな効果があったら素晴らしいわ。それこそ水竜様は、その鱗を与える相手を妻にと望んでいるという意味よね」

「そんなに水竜様の花嫁になりたいんですか。たしかに姫はご婚約もまだですけど」


 前方だけでなく、左右、後方まで神経を張り巡らせながらミシュレはこめかみを伝ってきた汗を胸ポケットから取り出したハンカチで拭った。

 息を吸えば、森の匂い。圧倒的な緑の空気に、花のような甘さと、青臭い葉の刺激臭が混ざり込んでいる。

 目を凝らすと、道の先が開けているように見えた。


「湖についたかもしれません」


 ちらりと肩越しに振り返る。

 まさにそのとき、夢見るように翠眼を細めたプリシラに明るく言われた。


「婚約がまだなのはミシュレも同じでしょう。家柄も良いし、本人も至って健康で気立ても良く容姿だって磨けば光るのに、十七歳にもなって売れ残っているなんて。そろそろ本気でアルスに抗議をするときではなくて? どんな縁談があっても、あなたのお義兄(にい)様が立ち所に叩き潰しているという噂、よ……っ!?」


 ミシュレは無言でプリシラの細い肩に掴みかかる。

 引っ張って、自分の後ろに投げ込むように力強く押しながら、腰に帯びていたナイフの鞘を払った。


 突き刺すように突進してきた角を卓越した動体視力で見極め、ぱしっと革の手袋をはめた手で掴む。

 勢いを殺し切れなくて、踵をぐっと踏みしめた瞬間、威嚇の唸り声が響いた。


大型一角兎(アルミラージ)……! 本当にモンスターが出てくるなんて!)


「ミシュレッ!」

「離れていてください!! 」


 知識はあったが、向き合うのは初めて。

 大気中に漂う“魔力の源(マナ)”をその身に取り込み、異形となりし存在、モンスター。


(肉食で獰猛。角と牙が攻撃方法。魔力で巨大化しているが肉体の構造は兎と同じ。怪我を負わせれば息絶える)


 落ち着いてナイフを突き立てよう、そう思った矢先に、さらに数頭の有角兎が突っ込んでくるのが見えた。暴れる一頭に噛みつかれないよう、角を押さえた手を伸ばして体から引き剥がしつつ、叫ぶ。


「姫様! 湖まで走ってください、後ろは振り返らないで!」


 ナイフで捌いている間に、他の個体に襲われる。ミシュレは目の前の一体の腹を素早く蹴り上げて、勢いよく後続につっこむように弾き飛ばした。

 道が細く、ごくゆるいながらも斜面になっていたのが幸いした。どう、と倒れ込むのを視界に確認。


(少しずつダメージを与えながら、各個撃破)


 頭の中で戦いの手順をシミュレーションする。

 ナイフを逆手で持ち直して、落ち着いて対処しようと息を吸った瞬間、ミシュレは目を見開いた。

 一頭のアルミラージが、後ろ足で蹴って飛び上がり、立ち並んだ木の幹を蹴って前列を飛び越え、一目散にミシュレに飛びかかってきたのだ。


「う……さぎさん、かわいいのに!!」


(おみ足が丈夫ですね!!)


 動作が大きいので、なんとかかわせたが、そのときには体勢を立て直した数頭がぴょんぴょんと土ぼこりを巻き上げながら前進してくるのが見えた。

 まずい。

 両手両足に組み付かれて、あっという間にあちこち噛みつかれ、脇腹を角に刺される。ぐいっと、固いものがめり込んでくる感覚に怖気が走り、ミシュレはかろうじて貫かれる前に身を翻して背を向けた。


(水竜様に賭けてみる……!?)


 そんな馬鹿な、と思いながらも、自分はともかくプリシラを守る手が足りない。

 キシャァァァ、と唸り声とガチガチと歯をかみ鳴らす音が迫る中、ミシュレは走った。



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