第弐拾話 その直感、真実につき。
「何も見つからないな」
和州と恋奈は侑の家に何かしらの手掛かりがないかと探していたが目ぼしいものは何も見当たらない。
和州もそう簡単に見つかるとも思ってはいなかったが、この状況で何もないとなると流石に焦りを抑えきれない。いくら華鳴に探偵として鍛えられてるからとは言ったものの内心穏やかでいられない。寧ろ不安と焦りで頭がどうにかなってしまいそうな程である。
それでも何とか冷静であろうと押し寄せるそれらを抑え込み、物証を探すのは諦めて次の調査に移るべきかと頭を悩ませる。実際の所、何も見つからずに延々と探し続ける位ならさっさと次に移った方が効果的ではある。
「和州君。手が止まってるのですよ? 侑ちゃんの為に行動しなとなのです」
部屋の反対側で発掘作業をしていた恋奈がサボってると見えなくもない和州に向かって口を尖らせる。
「ん? ああ、影井か……ちょっと考えごとをしていてな。で、どうだ? そっちは何か見つかったか?」
「いえ、何も見つからないのです。そういう和州君はどうなのです?」
「僕も同じだよ。何も見つからない。ここは何もないのかねぇ……」
和州は大きくため息を吐いて部屋全体をぼんやりと俯瞰する。すると何か違和感があることに気付いた。
いや、違和感は最初から感じていた。それは、そう。家主が体調不良で休んだというのに部屋がやたらと綺麗で生活感が感じられないこと。
今は体調不良などでなく誘拐にあったからだと分かっているがそれでもこの綺麗さはおかしい。どこかで誘拐にあったとしたら生活してる様子はどうしても残ってしまう。相当な綺麗好きでない限りは。しかし、侑にそんな節はない。
ということは、だ。侑が誘拐されてからこの部屋が念入りに掃除をされたということになる。
侑は一人暮らしなのだからそれをするのは犯人をおいて他に居ない。
犯人がそうしたのは何故か? この場合の考え得る答えは一つしかない。
それは、犯人を特定するような何か、例えば特徴を書いたような情報だったり犯人そのものの名前だったり。
やはりそれを書くのは侑をおいて他に居ない。それを書けるということは一度外で追われるも何とかこの家まで辿り着き鍵を閉めるなりして時間を稼ぎながら残したということになる。
だが、現状ではどこにも見当たらず回収されてしまったと思しき状況だ。
だが、それはおかしな話だ。
家に逃げ込むなら前述している通り鍵をかけてチェーンを付けるといった時間稼ぎは確実にする。どう考えてもその方が自然な訳だが、それでいて情報を残している途中に入られ回収されるのもおかしい。
これだけの妨害でも相手がプロだとしても3分程は稼げる。訓練された和州が訳でその位はかかる。
そして、それだけの時間があれば隠せてしまう。
だというのに部屋を見る限りでは証拠を準備してる途中に家に入られ、捕まった後に布団の下だったりと軽く探され片付けられたと思えてしまうような状況だった。
一体、この食い違いは何なのか。
和州は一度頭から整理し直し、自分が侑の立場に居たらどう行動するのか考え直す。
まず、外を歩いていて風貌は分からないが誘拐に会う。相手は男だろう。その方が力も足の速さもあるためそれが一般的だ。場所は人目に付かず人気が少ない所。
だが、咄嗟のことで何とか逃げ出すことに成功する。誰の携帯にも着信は無いため恐らくは自分の荷物を犠牲に逃げ出したのだろう。
連絡手段は奪われつつも身軽になったことで走り出し逃走していく。侑は部活には入ってないがそれはバイトをして生活費を稼ぐためであって決して運動神経が悪い訳ではない。寧ろ良い方の部類に入る。足の速さも中々のもので並みの男では追いつくことが出来ない。
犯人は車を使って居ただろうが相当に苦労したはずだ。
学校に居ても何の騒ぎも無かったところから察するに車で先回りをして人混みから離れるように追い込んでいったはずだ。
次第に侑の体力は付きていき家まで辿り着き、鍵とチェーンをかけて時間を稼ぐことに成功する。
さて、問題はここからだ。
稼げる時間は和州程の実力なら3分程度。だが、今回の犯人は初動で捕まえきれてない節があったり、後処理に違和感があったりと所々に稚拙さを感じさせるものだった。それを加味すれば猶予は5分かもう少し余裕があったか。
とにかく、和州が観察した限りの今の状況では侑は部屋に入り自分の状況だったり犯人の特徴を書き残していたことになる。
全て書き終わり隠すことに成功してもかかる時間は1分かかかっても2分程度。この時点で犯人はまだ入ってくることはない。
侑はこの残された僅かな時間で何をしたのか? 何もせずに呆然となんてことはあり得ない。
家の構造からして玄関からしか出口は無いため脱出は不可能。尽きかけていたであろう体力で窓をよじ登るのも厳しい。
であればそこからどうするか? どこかに隠れるか?
いや、それはない。小さい家の中だ。探されれば直ぐに見つかる上に探されている間に逃げようにも確実に気づかれまた追われるだけだ。
ここで和州は一度考え方を変える。予想される全体の状況ではなく侑個人の動き,思考だけを追う。この時の侑にとっての最悪とは何か?
それは犯人に捕まることか?
いや、それは違う。まだ一歩手前だ。
だったら、最悪は何か?
それは捕まった上で隠した犯人の情報が和州だったり警察だったりに伝わらずに見つかってしまうこと。それを書いた直後の侑であればこう考えてもおかしくはない。寧ろそう考えるのが自然だ。
とするとやることはカモフラージュただ1つ。つまりまた同じものを作成し、あたかも今準備をしている最中かのように見せかける。
そして犯人たちが侵入してくるのを確認し、わざと布団なり何なりに隠している最中を見られるようにする。
そして、抵抗するも捕まってしまう。恐らくこの際に部屋は散らかってしまっただろう。だが、本当に隠したいものだけは犯人に近づかれないように避けて。
その後、犯人は部屋を神経質な程に片付けカモフラージュとなる情報を持ち帰っていく。
流石に現時点で犯人が辺りを片付けたことの真意までは不明だが、状況から割り出される侑の行動の過程はこうなる。
やはり何かがあるのは確実なようだ。和州はもうそれを確信している。
だが、候補地は探し切っている。
では、それはどこなのか? それは多分全体を改めて見た時に感じた違和感が答えになると和州は直感する。
隠しつつも誰かに見つけて欲しいとなると一見おかしい場所はなくとも冷静になって考えれば違和感が出るようにする。それに和州が泥棒をしていた頃に確認したお宝の隠し場所は決まって何かしらの目印があったりしたものだ。この場合は分かりずらいところに置いて本人が分からなくならないようにという意味合いだろうが、侑の状況ではやることは同じだろう。
この部屋での目印。違和感。
和州は必死に考え、思い出す。「侑ちゃん、写真を移動したのですね」部屋に入った時の恋奈がそう言っていたことを。
瞬間、和州は感じていた違和感が溶けていくのを実感する。
これは犯人からすれば違和感もなく和州のように流し見てしまうが、恋奈のように知っている者が見れば気付ける。
身内にだけ伝える目印にするとしたら持ってこいではないか。これら全てを踏まえて考えるとこれが隠し場所の目印でなくて何なのか。
和州も誘拐が発覚する前でどうでも良いと流していたが本能がこれは怪しいと告げていたのだろう。
「なぁ、影井。あの写真立て前は違う所にあったって言ったよな?」
和州はそこまで考え着くと一度恋奈に確認をとる。
「確か窓際にあったのですよ。でも、それがどうしたのです?」
「ちょっとな……ありがとう」
「どうしたしまして?」
和州は何なのかよく分かってない恋奈を背に写真立ての方へと歩いて行く。そしてそれを裏返し、緊張した面持ちで留め金を一つ一つ外していく。それをするだけで尋常ではない程に汗が噴き出してくる。
もしただの勘違いで何も無かったらどうしようか、念入りな犯人で見つかっていたらどうしようかとかただの気分転換で変えていただけだったらどうしようかと多くの不安が胸中を横切る。
どれも可能性としては薄いものだ。だが、それでも、いやこのピンチな状況だからこそいくら頭を振り払っても抜けて行ってくれない。
そして震える手で恐る恐る開けていくと……
「ビンゴ」
和州の予想した通りそこには折りたたまれたメモが入っていた。広げてみるとそこには走り書きでメッセージが書かれていた。
『私、侑は華鳴と恋奈と別れて人気のない所で話しかけられて捕まりそうになった。何とか逃げ出して家に帰って来たけどもう体力が無くて窓から抜けることも出来なくてこのまま捕まっちゃいそう。黒いバン。男2人で黒服とサングラス。どっちも知らない。心当たりもない。髪は短い。ボスって言ってた』
「何かあったのです?」
「ああ。彩羽からのメッセージだよ。彩羽の専門家から見て筆跡は同じものだよな?」
和州は念のため彩羽がお気に入りだと言う百合少女に見つけた犯人への手掛かりを見せてやる。
「侑ちゃんの専門家って何なのです? 私は侑ちゃんが好きなだけで専門家になった覚えはないのですよ。……でも、字は侑ちゃんの走り書きにそっくりなのですよ」
「流石だな」
「これ位一緒に居れば分かるのです! でも、和州君。どうしてそこにあるって分かったのです?」
「ああ、そうだな……」
和州は思い当たるまでに至った経緯を手短に説明する。恋奈はそれを目から鱗といった様子で感心しながら聞いていた。
「まぁ、気づけたのは影井のおかげだな。逆に、それで直ぐに思い至らなかった僕はまだまだだな」
「私、侑ちゃんの役に立てたのです!」
恋奈は嬉々とした表情で両手を顎の所で組む。
こんな状況で不安と心配も大きいだろうにそうしていられるとは中々な神経を持っていると呆れを通り越して苦笑いしか出てこない。
「それよりもその写真を白宮と師匠に送っといてくれ」
「分かったのです!」
スマホを操作する恋奈を横目に和州は改めて侑の残した用紙に向き直る。
もしこの辺にメッセージに記載されていた通りの風貌の男が居れば嫌でも目立ってしまう。探せばいずれ見つかるはずだ。
まだ安心出来る状況ではないが、特定出来そうな情報を残すことに成功した侑の機転に和州は笑みを零さずにはいられない。
2人組、黒服、サングラス、そしてボス。
そうしながらも侑の残した情報から男たちの状況、立場を推測し次に出る行動を決める。
「じゃあ、影井。僕たちもこの男を探そうか」
「分かったのです!」
そうして2人は侑の家を後にし、犯人の捜索に手を出し始めることにした。
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