おまけ 読心
ウォレット・ウィリスに叙爵が決まった。
彼はそれを受け、おそらく今後魔術院長に就任する事となるだろう。
彼の兄である、現フェルジェス家当主はフェリクスにその座を明け渡した。フェリクスは魔術の素養を受け継がなかった為、少なくとも彼が当主を務める限り、魔術院へ権力を行使する事は無くなる。
この国はこうやって少しずつ民主主義の思考になっていくのかもしれない。
レストルは苦笑した。
平民が貴族を凌ぐ力を持ち、やがて国の根幹となる。
他国では王制や貴族制度を廃止し、民主制という政治に舵切りをし出した国もあるそうだ。
それらは専ら戦争を繰り返したり、力で支配する国であった。
この国は長の平和と魔術という優位性から世の波から些か遅れてきたが、今後はどうなるかはわからない。
ウィリスがしてきたのは、ささやかな抵抗だ。
平民上がりの女性騎士を妻に持つ彼は、父母にずっと離縁を迫られていた。結局妻が身を引いたのだが、ウィリスは許さず、今まで別居という形で平行線を辿っていた。
次期魔術院長候補である侯爵家の令息の離婚。彼の隣に座すべく、貴族の令嬢たちがこぞって彼にアピールし始めたが、彼は女のような言葉使いでそれを寄せ付けず、結果父母と決別し平民落ちした。
ウィリスは妻を優先した。けれどそれは見ようによっては平民を優遇したとも取れる。貴族がそれを続ければ、やがて身分による境目も見えなくなっていくのだろうか。
どうでもいいような、そうでもないような事。
この国が魔術擁護に舵切りをしたのも、当時の皇帝が妻を愛していたからだったのだから。
結局人は目の前にある何か、誰かの為に一番力を振るう。その結果が紡ぐ先が望んだ通りかどうかなんて、自分程度には分からない事。
「皇子の従者は辞めるのか?」
隣に並ぶ無愛想な男に問いかける。
「いえ、辞めません」
淡々と答えが返ってくる。
この男は今後どうしたいと思っているのか。
自分には関係の無い事だが見てみたいとも思う。奔放な家族が掻き回す家の中、一人逃げそびれた男。
「それは大変だな」
何となく口にする。実際領地経営など、領主になればやる事は増える。しばらくは忙しいだろう。
「貴方は辞めるのですか?」
レストルは僅かに目を見張る。そんな事を聞かれるとは思わなかった。
「辞めないよ」
実際今自分が辞めれば大変だろう。アーサーは自分の周りを盤石にすべく動かなければならない。皇城という油断ならない場所に好いた女を招き入れるのだから。
彼に理由があり、今はまだ臣下に降れない事は聞いているから、あの場で戦うのだろう。リヴィアの為に────
それは将来何に繋がるだろう。
リヴィアは分かっているのだろうか。
ふと幸せそうに見つめ合い踊る二人を思い出す。レストルは良かったなといくらか安堵していた。
想い合っていても、お互い向き合おうとしなければ、成就しない話なんてざらに聞く。人は案外意地を張ったり体裁を気にしたりして、後からそのたった一つの判断を長く後悔するのだから。
あの二人はきっとどちらも後悔しただろうなとレストルは思う。
両親しか知らない事ではあるが、レストルには魔術の素養がある。人には話しにくい能力。読心。
魔術が能力に直結するのは珍しい事らしい。
とは言え何から何までわかる訳ではない。
レストルが読めるのはせいぜい単語が一つ二つ呟くように聞こえるだけだ。
だが人は自分の心を読まれていると知れば恐怖する。幼い頃、実の両親ですらレストルの力を知った時は驚異を感じていた。親に怯えられるという奇妙な感覚を知ったレストルはこれを禁忌と知り、他者に気取られないように気をつけて過ごしていた。
この力と付き合うにつれ、知り得た事がいくつかあった。
全く読めない人間と分かりやすい人間。
この違いを探っていくと、大体大人は分かりにくく、子どもはわかりやすいという形式が成り立った。
リヴィアは子どもの頃から分かりやすかった。
うっかり心の声を聞いてしまい、吹き出したらきょとんとした後で剥れていた。たったそれだけの事で気持ちが随分楽になったのを覚えている。
不思議なもので、リヴィアはレストルはこういうものと認識しているらしく、聞こえてきた心の声を呟いてもさして気にせず受け入れている。大体の人間には、「そんな顔してた」と、はぐらかし納得してもらうが、リヴィアだけはレストルは心を読むと信じており、それでいてそのままの彼を受け入れた。
だからレストルはいつでもリヴィアを揶揄った。
彼女が自分をただの従兄としか認識していなかったから。
自分にもし人の心を盗み見る力なんて無かったら。リヴィアが単純思考の持ち主で無かったら。
……もし自分を好きだと心の声が聞こえてきていたら。
あそこで踊っていたのは自分だったかもしれないけれど。
「レストル様」
控えめに声を掛けられレストルは振り向いた。
頬を染める令嬢に、自分と未来を共に出来る人かと期待を込め、いつものように笑いかけた。




