96. 好きな人
真っ赤になってふらふらと頼りない。
リヴィアをエスコートしながらアーサーはこっそりと反省した。どうやらやり過ぎたらしい。
そう言う意味ではないと慌ててもがくリヴィアをがっしりと抱え込み、長い事彼女を堪能していたら、すっかり力が抜けてしまったようだ。
自分のせいにも関わらず、何故またここでこんな無防備な姿を晒すのかと多少憤ったが、屋内でなくて良かったと思い直した。
皇族に嫁ぐ女性は未通でなくてはならない。例えそれが将来的な結婚相手であろうとも許されない。
あまり公にはしていないが、結婚式当日の式の直前にも医師の診察が入る程の徹底ぶりだ。そして新婚の初夜に契る事で不貞を働けない身体になる。皇族の結界陣継承の為の必要な儀式だそうだ。
つまり、うっかり結婚前にリヴィアに手を出せば二度と結ばれないのだ。恐ろしい……。その代わりに、それ以降は皇族の加護がリヴィアを守ってくれるというものでもある。素晴らしい。
二人寄り添って会場に戻ればあちこちから驚愕の視線が向けられた。大して気にも留めずに皇族の席に向かう途中、どこかで見知った顔が声を掛けて来た。
「まあ、アーサー殿下。お久しぶりですわ」
ほんわりと微笑むその人はユーリア・サンジェス侯爵令嬢。相変わらず馴れ馴れしいものだと一瞥し、かと言って無視して進むのも人目がある中、皇族の印象を悪くするだけだ。アーサーは素直に足を止めた。
「ユーリア、いけないよ。自分より高位の方に声を掛けて呼び止めるなんてマナー違反だ」
穏やかに咎める声にアーサーは顔を向けた。
「ハストン卿」
僅かに目を見張るアーサーにハストン卿は腰を折った。
「ごめんなさいダニエル。私また失敗してしまったわ」
泣きそうに眉を下げ、ハストン卿に手を添える令嬢は間違いなく自分や高位貴族に付き纏っていたユーリア侯爵令嬢その人だった。
だが雰囲気は大分違うように見える。
ギラギラと獲物に猛進してくる気迫はすっかり無くなり、愛しい恋人に寄り添う様はただ美しく見えた。
二人が婚約したという話はレストルから事のあらましとして聞いていた。関係が良好である事も。
ハストン卿はユーリアを愛し、彼女もまたそれを敏感に感じ取り、彼の話をきちんと受け留め、言う事を聞いているのだとか。
おかげで今まで上手くいっていなかったサンジェス侯爵夫人との関係も、少しずつ改善に向かっているのだそうだ。
彼の愛の偉大さを目の当たりにして、アーサーもまた驚いた。
「申し訳ありませんアーサー殿下。リヴィア嬢のご快復おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。そちらも婚約おめでとう。ハストン卿」
「はい」
嬉しそうにはにかむ青年にユーリアも幸せそうに寄り添っている。
「リヴィア様がアーサー殿下の想い人だったのですね。私すっかり勘違いしておりました」
首を傾げるユーリアに多少気まずい思いをしつつ、アーサーは首肯した。
「ええ、私はずっと彼女が好きだったのです」
本編明日が最終話です(。・ω・。)
※ ユーリアは1話と3話と49話にチラッと出てます。
53話の人物紹介の下の方にいます。




