93. 失意
社交を苦手とされている第二皇子は、それでも公の場では笑顔を貼り付けそつなくこなしていた。
それが今はどうだろう。不機嫌ながらも憂いのある隙のある表情に、会場のあちこちから感嘆のため息が聞こえてくる。
誘われるように彼に群がる令嬢たちには、アーサーの表情は、身内を断罪した苦しみに耐え、この場に踏みとどまる英雄というよりも、望まぬ婚約に応じた自分への苛立ちを隠せない美丈夫としか写っていなかった。
彼の婚約は、幼なじみの婚姻による自棄である。という噂が定着し、皆一様にそれを信じている。なぜなら相手があの、社交嫌いの変わり者の令嬢なのだから。
さらにかの令嬢は都合のよい記憶喪失でアーサーの同情を買っているようで、会場での二人の距離感もまた、その噂の信憑性を後押しした。
だからこそ、自分がかの皇子殿下をお慰めするのだと、令嬢たちは雛鳥よろしくアーサーを取り囲み、口を開いては高く甘い声を出して気を引こうと必死だ。
煩わしいなと思いながらもアーサーはその場を離れられずにいた。
会場に顔を出し、ある程度時間が経てば早々に引っ込むつもりであった。
兄が皇帝になるこの祝祭の場でさえ、今のアーサーにはその程度の認識しか出来ない。
それに、挨拶をした方がいい相手も幾人かいるのだが、足が動かなかった。ここからはリヴィアが良く見える。
皇族には椅子が用意されている。兄嫁の体調を配慮しているのだろうし、今回は兄の幼い娘も参加している。会場より一段高いその場には兄夫婦と娘が座し、ひっきりなしに挨拶に来る貴族たちと言葉を交わしている。
自分の下にも貴族たちがしきりと声を掛けて来たが、アーサーにはそれに応じる気力が既に無かった。働き続けた反動というのだろうか。だからこそふと足を止めたこの場所から動きたくなくなってしまったのだろう。
今回の一件、アーサーに考える時間など必要無かった。判明した事実を法に基づいて粛々と裁いていったに過ぎない。
けれどそれだけで心は十分疲弊していった。
まるで全てが幻想であったようにあっけなく崩壊していく現実。皇族の不祥事。あれをそんな簡易な言葉でまとめて良いのかと、たったそれだけの事で憤りを感じてしまう。
父は皇帝を辞すと申し出たが、アーサーにしてみれば、恐らくそこまで予測を立てていたのだろうと思う。既に兄がいつでも皇帝の座に就く事を念頭に置いていたし、国民も今か今かと待っていた。それを利用したに過ぎない。
痛くも痒くも無いではないか。荒んだ眼差しで自分を見る息子を見据え、父はそれが政治だと静かに言った。
皇族は常に正しい場所にいなければならない。何を犠牲にしても。
自分が正しいと思って見れば、何をとち狂った馬鹿な事をと、その罪を対岸の火事として傍観するだけだろう。
けれどそれは既に自分の身に起こっている事だとしたら。
知らなかっただけで、当事者だった。大した事では無いからと、知らないふりをしただけで、認識していた。
そんな事いくらでもあるだろう。アーサーが今まで気づけなかった事の中にも。これから起こる事の中にも。
それらにリヴィアを巻き込む事は出来ない。
だから彼女は手放すべきだろう。元々彼女を言いくるめて結んだ契約。役割が終わったのだから解くべきなのだ。
心がどれ程嫌だと叫んでいても。




