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91. 契約解消



 外はすっかり冷え込んでいる。


 白く吐く息が夜に溶けるように(ほど)けてゆく(さま)に夢中になり、何度も息を吐きかけた。その拍子に空を見上げれば月がぽかりと浮かんでいる。

 届かぬそれが近く手の届く場所にあるように錯覚するのは何故だろう。導かれるように思わず手を伸ばしてしまう。


 口元が思わず綻ぶ。澄んだ空気は身に冷たいが、不思議と心は高揚していた。なんならこのまま駆け出したい気分だ。

 ずっと考えていた事を口にしただけなのに。


 リヴィアは月に見惚れた一人のように、うっとりと夜空の絵画に魅入っていた。


「そこで何をしている」


 低く鋭い声に呼びかけられ振り向く。

 柔らかな月明かりに照らされて、一人の美丈夫が立っている。輝く金の髪に海色の瞳。


「アーサー殿下」


 白い息と共にその名を呟いた。


 ◇ ◇ ◇


 会場から少し離れた小ぶりに(まと)められた庭。とは言え、見渡せる程の大きさではあるが。

 そこには散策するにしては小さく、目で楽しむには十分な広さと趣向が収められていた。


 明るい時間に(おとな)えば、楽しいひと時が過ごせそうだ。そして視界にちょうど収まる広さには、宵闇の中で一枚の絵画のような静謐(せいひつ)さを湛えている。

 人気を嫌って会場から遠ざかるつもりでいたが、つい足を止めてしまうのも我ながら無理も無かった。


 その箱庭のような空間の外から、リヴィアとたっぷり間をとって佇む、その人と自分の距離間が酷く自然で。横たわる冷えた空気もまた、二人の関係を物語っているように思えた。


 不機嫌に眉根を寄せる整った顔に、そんな感想が頭に浮かぶ。


 それにしてもあれだけ盛況だったご令嬢の集団はどこへやったのか。こんなところに一人足を運ぶくらいなのだから一息つきに来たのかもしれない。


 話はしたいが、今日無理をする事は無いだろう。リヴィアは臣下の礼を取りアーサーに向き直った。


「失礼いたしました、アーサー殿下。気分転換に外の空気を吸いに来ていただけです。気が済みましたのでわたくしはこれで……」


 そつなく頭を下げ、踵を返すとアーサーの声が追いかけて来た。


「君は……何をしに来たんだ」


 その言葉にリヴィアは振り返る。


「外の空気を」


「そうでは無い」


 断ち切るように言い放つアーサーに視線を合わせる。


「何故舞踏会に来た」


 ひたと見つめてくる真剣な眼差しにリヴィアは逡巡するも口を開いた。


「皇族から我が家に届いた招待状にわたくしの名前もありましたから。それに……出来ればアーサー殿下とお話したいと思いました」


 はっと息を詰める音が聞こえた気がした。舞踏会の音楽が僅かに聴こえる中にいるも、この場はとても静かだった。向かい合うお互いに意識が集中してしまうくらいには。


「出来れば……これからの事を……」


 アーサーの瞳が揺れる。何を、どうして、今。問いかけが瞳の中で浮かんでは消えていく。


「私は……君との婚約を……」


 口元を戦慄かせ吐く言葉を、アーサーは詰まらせる。先を告げようとする様子を見せるが、開いては閉じる口からは、何も出てきそうに無い。


 リヴィアは身体の前で重ねた両手にぎゅっと力を込め、毅然とアーサーを見つめた。


「殿下、わたくしとの婚約を解消しませんか?」



20万字越え!

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