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88. 期待



 父と話をしたあの日、一通り泣いた後、父はアーサーについて話し出した。


 曲がりなりにも婚約者であり、相手は皇族。記憶のあった頃の自分(リヴィア)がどういう意図で婚約に応じたのか、明らかにすべきだと父から言われたのだ。


 何となく心当たりがあったものの、流石に言い淀んだ。


「正直私は皇族が嫌いだが、アーサー殿下の、眠るお前への対応を振り返ると、思うところがあったので、考えを改めるべきか悩んでいる」


 リヴィアは首を傾げた。

 引きこもっている間、アーサーからは何の音沙汰も無かった筈だ。父の発言からアーサーが婚約を望んでいるように取れるが、どんな曲解をすればそういう結論が出るのだろう。


「アーサー殿下がお前を仮初の婚約者とするならば、花と手紙位送るだろうと思ってな。そんな物は従者にやらせれば体裁は保てる。だが彼は何もしてこない。度々顔を出すレストルも何も言わない」


 リヴィアは思わずうーんと唸り声を上げた。確かに記憶が無い事は別段隠していないので、あちらも知っているだろう。

 そう考えると何の接触も無いのは些か不自然ではある。

 確かに今後どうするかも含め、婚約の経緯くらい説明しにきても良いように思う。


「アーサー殿下に好きなご令嬢が出来たのかもしれませんね」


 思いつくまま口にすれば、違うだろうなと自ら頭を振る。


「それならお前との婚約を破棄するべく動くだろう」


 むすりと、への字口を曲げて父が説く。


「それにアーサー殿下はゼフラーダの後片付けで忙しくしておられるようだ。そんな最中、新たな恋に惚けているような輩であるならば、こちらからさっさと縁を切るべきだろう」


 ゼフラーダ辺境伯夫人は父と旧知の中であった筈だ。その人が極刑を言い渡されたと聞いている、けれど。


 父は益々難しい顔で唸るように続ける。


「夫人を減刑した手腕は鮮やかだった。あの人のした事は確かに国として許し難い事だろう。だが、領地での信頼はとても高かったと聞く」


「領民からの直訴が後を絶たなかったのでしょう?」


 レストルから聞いた話を口にすれば、父は重々しく首肯した。


 アーサー殿下が調査を開始した理由だ。


 領地経営で素晴らしい手腕を発揮し、領民たちに慕われていた辺境伯夫人。

 これと言った過失は見つからず、事は皇都を出た理由にまで及んだ。


 そうして明らかになった皇族の起こした、または現在進行形の事件の数々。信頼を失墜させるべき数々の事象に、貴族院からも皇族への陳情書が提出されたと聞く。


 本来ならば皇族への拭えぬ不信感。ただ事は前皇帝時代の話であり、彼は既に死去している。また、罪人となった皇族は既に臣下に降っており、長年現皇帝とは疎遠であった。

 そして暴いた者が皇族だった事から、信頼の失墜は最小限に抑えられたと言える。


 これだけの事だ。例えアーサーが暴かなくとも誰かがいずれ辿り着いただろうと思う。そう考えれば彼の対応は英断だったと言わざるを得ない。


 辺境伯にも罪の軽減を言い渡されたが、妻の罪を軽くして欲しいという本人の希望が遇され、処遇は変わらなかった。


 辺境伯の減刑は、彼の危機管理能力が優れていた為だ。

 何もしない辺境伯と揶揄される一面を持っていた人物だったが、彼は妻の功績を周囲に認知させる為に、ずっと能ある鷹であり続けた。


 辺境伯領内の防衛と軍との連携を視野に入れ、いつか結界陣が機能しなくなった時を見越して準備を整えていたのである。

 数年前にあった国宝魔術の損失を受けての事らしい。なるほどとリヴィアは思わず納得した。


 そして彼のその功績を以って辺境伯夫人は平民落ちの上、生涯領地にて幽閉という処罰となった。


 だが彼らの支援者である領民たちが今後も支えて行く事だろう。

 恐らく実際は言い渡された刑罰よりもずっと軽く過ごせる筈だ。

 因みに彼らの息子のイリスには一切温情は無かった。


 あまり褒められた人物では無かったらしいが、服役により矯正される事を願うばかりだ。一応リヴィアの元婚約者なので。覚えていないが。


 そこまで考えてリヴィアは顔を俯ける。

 アーサーが自分に何の連絡も送らなかったのは、単に忙しかったからかもしれない。けれど何となく引っかかる。


 それはリヴィアが一連のアーサーの立ち回りに対して、温情を感じたからだ。


 優しい人なのではないだろうか。


 ならば何故自分に連絡をしてこなかったのだろう。

 レストルがあれだけ顔を出しているのだから、何がしかコンタクトを取ってきてもいい筈だ。


 悩み始めたリヴィアを父は何とも言えない顔で見つめた。


「リヴィア、私がお前に話したい事は一つだけだ。お前が所謂(いわゆる)、貴族の婚姻を嫌がっている事は知っている。だが私はお前の意思を捻じ曲げてまで、望まぬ婚姻を強要するつもりは無い」


 その言葉にリヴィアははっと顔を上げた。


「出来ればあまり苦労をしなくて済むような、甲斐性のある相手がいいとか、お前を大事にしてくれる相手とか、親として望む者はある」


 だけど、と父は静かに目を伏せる。


「私が幸せな結婚をした相手は、没落寸前の貴族だったし、まあ……多少特異な人でもあった。それでも好きになって、夫婦になりたいと思ったから、だから」


 お前にも好きな人と結婚して欲しいと思っている。


 困ったように顔を顰めて父はそんな事を口にした。

 照れを隠すようにリヴィアの頭をわしわし撫で、髪をぐしゃぐしゃにしてくる。


「アーサー殿下に会いなさいリヴィア。そしてさっさと婚約を破棄してこの人はと思う人を見つけなさい。……まあ、もしかしたら万が一殿下がその人だと言う可能性も全く無いとも限らないけれどな。私はあまり賛成しないかな」


 最初の一言以降はぶつぶつと口の中で呟く父の言葉はあまり聞き取れなかった。けれどリヴィアは成る程と思う。

 結局会わなければ何も分からないのだと妙に得心がいった。


 それからひと月後────


 そうして目が合ったアーサーは、すぐさまリヴィアから顔を背けた。


 まあ……


 こんなものだろうと思った。


 何かを期待していたような、そうしてはいけないような気持ちもぺたりと凹み、リヴィアもまた彼から目を背けた。



古い魔術陣は壊れやすいは、6話でチョロッと。

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