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87. 望み臨む



 やがてエストレラを迎えに来た後見人の馬車を認め、アーサーは軍人たちに指示して彼女を送り出した。


「ねえアーサー」


 くるりと振り返るエストレラにアーサーは目を合わせた。


「あたくし、本当にあなたの妻になりたかったのよ」


 諦めたように笑うエストレラは震えている。先程のアーサーの答えは、気休めにもならなかったのかもしれない。


「そう言っていたね」


 実際応接室ではそんな話が出た。

 自分の周りには何故こう開け透けな女性ばかり集まるのだろうと辟易したところだ。


 でも、だったら自分の伴侶はどのような女性を選ぶべきかと考え、結果自分自身にも失望した。


 家族として信頼し支え合える人がいいと。なのにその相手に自分は不誠実な夫となるだろうという事。

 ならばいっそ皇子妃としての教養と社交を優先し、何の情も持てない相手と結婚した方が良いのかも知れない。


 そこまで考え自分も酷く利己的で、なんとも皇族らしい薄情な面を持っていると自嘲したのだ。


「あなたはあたくしの事を全く見てくれなかったけど、あなたを好きっていう気持ちは本物だったわ」


 きっともうこんな風に会って話をする事は出来ないと分かっているのだろう。必死に目を見て訴えるエストレラにアーサーは口を開いた。


「ありがとう」


 それ以上でも以下でもない言葉。

 アーサーのその言葉にエストレラは俯いた。


「少なくとも、あの奇天烈令嬢よりもあたくしの方がずっとあなたに相応しかったのに。……もっと時間が欲しかったわ」


 悔しそうに顔を歪めるエストレラは、そのまま踵を返し迎えの馬車に乗り去っていった。


 ◇ ◇ ◇


 多くの貴族たちが、馬車から吐き出され、城に飲み込まれるように消えていく。


 今日は皇帝直々主催の舞踏会だ。久方ぶりの雰囲気に招待客たちは華々しく着飾り、それぞれの思惑を会話に乗せ社交に興じた。


 少し前に皇弟であるディレーク公爵夫妻が第二皇子のアーサーに粛清された。それもあって貴族たちの話題は専らそちらに集中している。


 公爵の人となりから更には第二皇子の嫁探しについて。

 年頃の令嬢たちの話題は主に後者であり、主催者となる皇族の登場を今か今かと待ち続けた。


 半年以上前に婚約したエルトナ家の長女とは、どうやら名ばかりの婚約だったらしく、話題になった以降は、二人の仲睦まじい様子は全く聞こえてこない。

 しかもあの令嬢は都合よく記憶を無くしたらしい。

 もしや、そこにつけ込まれ、アーサーはかの令嬢と婚約破棄を出来ないのでは無いか。


 彼女は社交をしないので真偽の程は定かではないが、ガードが固かった第二皇子の側に侍る機会がいよいよ来た。と、目を輝かせる令嬢たちは、場の空気を益々向上させた。


 だが一対のペアが入場した際、会場がざわめいた。

 エルトナ伯爵がかの娘をエスコートして参加してきたのである。


 令嬢たちは眉を顰めたが、その親世代は何があったのかと皆驚愕していた。

 あの伯爵は政略結婚で設けた妻と娘を(いと)うている。


 それは長年社交界に根付いた噂の一つであり、また結婚後伯爵が誰もエスコートしない事から確証めいた話で定着していたものだった。


 さわさわと周囲から囁かれる話に耳を貸すでもなく、親子は長年そうであったように、お互い仲睦まじい様子で微笑みあっていた。


 ◇ ◇ ◇



 ちらちらと視線が送られる中、父にしがみく。

 リヴィアは引きつりそうになる顔を、何とか社交的なものに見えるようにと笑顔を貼り付けていた。


 そもそもこんなに父に挨拶をしに来る人が多いとは思わなかった。

 家で全く話さないとは言え、外でもあれでは確かに家は立ち行かなくなっていくという事か。


 我が家では夜会はおろか茶会さえ開かないと言うのに、この盛況ぶり。父の意外な社交性を知った。

 そんな中で、リヴィアも挨拶を余儀なくされるので、父に合わせてせっせと社交に勤しんだ。


 ◇ ◇ ◇


 合間を縫ってやっと飲み物でひと息ついていると、音楽が変わり、会場に皇族の入場が告げられた。


 ……眩しい。


 リヴィアの第一印象はそんなところだ。

 皇帝陛下から始まり、皇太子殿下のお子二人までいらっしゃる。


 全員揃うと後光が凄まじいと思うのは自分だけだろうか。

 自分だけでは無さそうだ。

 ちらりと周りを見回して一人納得する。


 そんな中異彩を放っている人物が一人だけいた。

 彼もまた綺羅(きら)めく人物の一人である事には変わりないのだが、色彩が暗い。

 皇族主催の舞踏会であるにも関わらず、黒を纏っているあたり、捻くれているようにも見える。


 だが皇太后が先日亡くなっており、皇族では暗い話題が続いている。彼一人それに準じるというのも、ある意味義理堅いと取れるのかもしれない。


 まあ、かといってその装いはとても良く似合っていて、令嬢たちの熱心な視線を集めているのだが。

 気になるのは眉間の皺くらいかと。あとは普段からあんな感じなんだろうかと、話にだけ聞いていた婚約者をリヴィアは遠くからしげしげと見つめていた。


 と、顔を上げたアーサーがリヴィアの方を見て動きを止めた。

 目を見開いて固まるその様に、リヴィアも思わず喉を鳴らす。


 今日の舞踏会、訪れたのはアーサーに会う為だった。



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