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85. 議論



 怯えるようにデヴィッドにしがみつき、ライラは馬車に乗ってゼフラーダを去った。

 もう領地を出る事は無いだろう。

 デヴィッドが許さないだろうし、彼はきっとライラに母がまだ生きているかのように振る舞うに違いない。


 自分の産まれを知ったライラは、それまでの誇りも何もかも失った。

 母親が吐いた毒のような言葉に絡みとられ、望んできた全ての物を捨て怯えて生きていく事だろう。


 だけど……


 もし妹が何かに気づき、変わりたいと望むなら。


 幸せになれるかもしれないとは思う。


 相手がデヴィッドという事に思うところはあるが、別にあいつはライラを殺したい訳ではないようだし、望む未来こそ歪だが、考えようによっては良い守り人となるだろう。



 フェリクスはふと息を吐いた。

 現皇帝陛下がアーサーがライラを側に置く事を許していたのは、それでも婚約者にはしなかったからだ。

 仮にアーサーがそれ程ライラにのめりこむようなら、ライラを片付けた事だろう。


 アーサーには皇族の徴があり、ライラと共に始末する事は出来ない為だ。


 アーサーはあれで潔癖症というか、純粋なところがある。

 仮にライラの出生を先に話し、距離を取るように説得したところで応じなかっただろう。むしろライラを守ろうとして婚約者に据えようとしたかもしれない。


 だから以前アーサーに何故婚約しなかったのかを問うた時の答えは思いもしないものだった。

 自分でも気づいていなかったかもしれないが、恐らくアーサーはライラを切り捨てられる強さを持っていた。

 傷ついたかもしれないが、程なく立ち直った事だろう。


 そこまで考えてフェリクスは自嘲した。自分もまたアーサーを子ども扱いした一人だったのだと。

 強さを求め軍属となり、それでもどこか頼りないままの一途で純粋な皇子様。


 けれど彼は変わった。もうそのままではいられない現実に立ち向かえる程には。

 綺麗なものしか見る必要のなかった世界から足を踏み出し、淀みに手を突っ込み、身を浸し、もがく事を知った。


 これが皇族の役目なのだと。


 彼がどんな未来を選びとってもフェリクスはアーサーに従うだろう。

 彼が心を砕いた者たちが、全てその場からいなくなったとしても。

 それが恐らくフェリクスがフェルジェス家嫡男として示せる皇族への忠誠。


 視線を回廊に戻しフェリクスは執務室へ足を進めた。


 ◇ ◇ ◇


 ゼフラーダ辺境伯夫人には極刑が言い渡された。


 国の重要拠点を護る、創国時の貴重な結界陣を破壊したのだ、当然の帰結だろう。


 果たして如何にして壊したのかという議論には、呪いという回答が各塔の主席魔道士から報告された。


「呪い。或いは怨嗟とも呼べます。陣には構成と魔術が必要ですが、そこには確かに人の感情が混ざり込むもの。管理をする際に悪感情が入れば揺るぐ事もあります」


「……しかし、我々の調査ではこれは一度二度のそれではありませんでした」


 そう言ってお互い視線を合わせて言い淀む。


「恐らく長年に渡り注がれ続けたのだと思います」


 口を開いたのはウィリスだった。相変わらず物怖じしない奴だ。


 皇族と魔術師長、各塔を統べる魔道士たちが顔を突き合わせ行う会議は既に何度目となっただろうか。

 そこに貴族院も加われば議論は白熱していくばかりで会議には終わりが見えない。


 ◇ ◇ ◇


 皇族が有する陣についても話が及んだ。最早出し惜しみしている場合では無いのだ。


 書物にも残されなかった貴重な陣の数々は、アーサーの中にある。古術とされる禁術によって。


 当然だがこの秘匿にもまた批判があった。


 だがこれの取り扱いが難しい事は、魔術院が総出となり貴族院を非難した。

 魔術という重要性を理解しながら、その知識を有していない自分達の現状に、ようやく貴族が焦りを見せた瞬間だった。


 ◇ ◇ ◇


 初代が皇帝を名乗り、国が魔術を組み込んだ様相に舵切りした時代、皇帝の勅命により、高位貴族たちには魔術士たちにより魔術の素養を受け継ぐ陣を施された。


 だが数世代後の皇帝がそれに異を唱えた。


 魔術とは平民の労働の延長に発生する術である。

 何故それを我が国では貴族の尊い血が守るのかと。


 かの皇帝は留学経験から、自国の民がその点で他所の貴族から軽んじられていると恥じたのだそうだ。それこそ自国の文化の勉強不足としか言いようがないが。


 本来ならその時に皇族の陣の徴も継承を放棄し、平民に下げ渡す予定だった。

 だがそこに危機感を覚えた者たちが、皇帝を出し抜き、彼の弟に徴を残した。


 それまでは代々皇帝が引き継いでいたものであったらしいが、権力の集中を恐れた結果ともなった。


 だがその頃からこの国の貴族たちも魔道士を軽んじるようになったのは確かだ。

 そこからまた数世代。

 過去に「魔術士」の施した強力な陣は長い間国に根付いてきたが、今またその力の均衡に頭を悩ませている。今は法も成立され、婚姻以外で魔術を受け継ぐ事は認められていないから。


 ◇ ◇ ◇


 ゼフラーダ辺境伯の爵位剥奪には難色が示された。

 失した魔術陣とはいえ、後世に研究が進み、万が一再生される事があればその血脈は必要となる。


 よって現当主である辺境伯は蟄居。爵位は唯一その血を受け継ぐ息子、ヒューバードが、軍の監視下において継ぐ事となった。

 

 最早魔術が国防を担うのは如何な物かと話が進む。

 人が人の為に作った技術であり道具。

 貴族、労働、民主主義。国が向き合っていかねばならない話を含め、その扱い方がここに来てようやっと、これだけの面子で議題に上げられるようになったのだ。


 ◇ ◇ ◇


 アーサーとしては、魔術に頼らずに軍事力に力を入れたいところではあるが、当然のように魔道士たちは納得しない。


 だがもう身分に物を言わせ、ねじ伏せる事も出来ない。


 議論は並行線を辿る。


 国における魔術の在り方。


 出来ればあの令嬢が悲しまないような結論へ導きたいと思うけれど。



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