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79. 失くしたもの -リヴィア-



 リヴィアが意識を取り戻してから、ひと月が経った。

 少しずつ身体が回復していくと共に、自分が半年間(うち三か月は寝ていた)の記憶を無くしていた事を伝えられた。


 正直、記憶が全て無くなっていなくて良かったと安堵したが、その後、その半年の間にあった事を聞いて随分驚いた。


「叔父様たちのお祝いも、終わってしまっていたのね……」


「一番大事なのはそこじゃないだろう」


 呆れるように話したレストルに、リヴィアこそ呆れた顔を向けて見せた。


 少し前からリヴィアは屋敷の中だけなら、日常生活に戻って良いと、侍医からお墨付きを貰っていた。

 ただし無理はしないようにと念を押されているが、屋敷の中で、リヴィアが無理を出来るような場所などない。使用人たちの目が恐ろしいほどに光っている。


 一度庭を歩きたいと口にした際に、庭は屋敷の中ではないと返され、つまらない問答を繰り返した覚えがある。

 動きまわるのに支障がなくなると、そういった制限がいちいち煩わしくもあるのだが、三ヶ月も心配を掛けた事を思えば言う事を聞かざるを得ない。


 やる事が無さ過ぎて部屋の片付けなど始めたところだ。

 片付け下手の自分の引き出しは開けただけでカオスで、終わりは当面見えないのだが……


 今はベッドで横になる時間だと言われ、仕方がないのでベッドの上で本を読んでいたところだ。

 様子を見に来た侍女に見つかれば、本を取り上げられ、ちゃんと横になって休むように強要される事だろう。そんな事を考えながら読書に精を出していたら、レストルがひょっこりと現れた。


 眠っているものと思っていた侍女は驚いていたが、起きて本を読んでいたリヴィアを見て顔を顰めた。


 すぐに帰るからと言って侍女を追い出し、レストルはベッドの横にあるスツールを引き寄せ座り込んでいる。そうやってたまに、屋敷に訪れては、リヴィアの見舞いと称して退屈凌ぎに付き合ってくれている。


「覚えていないもの」


 リヴィアはツンと口にした。


 むしろ皆で盛大にリヴィアをからかっているのではないかと疑っていたくらいだ。

 しかし高名な白亜の塔の魔道士がわざわざ出向き、記憶喪失の原因について説明を受けた事により、否が応でも納得したのだ。


 転んだ拍子に頭が記憶喪失の陣にぶつかり、リヴィアの中の魔術が反応してしまったそうだ。


 しかしその陣のおかげで頭を酷くぶつけずに済んだようだ、というのは侍医の見解だ。


 本来なら半日分の記憶を消去されるものだったが、正規に起動されなかった為、時間が大分ずれてしまったそうだ……

 ただ何故そんな状況に陥ったのかは、誰も口にしなかった。


 たった半年の間にエリック殿下の家庭教師になり、アーサー殿下の婚約者になり、ゼフラーダ辺境伯領に視察に向かったのだと説明を受けて目を白黒させた。


 一体何がどうしてそうなったと言うのか。


 エリック殿下からは何度か面会の申し入れがあり、快気祝いの花や、労りの手紙が届いた。

 だがアーサー殿下からは特に何の音沙汰も無いし、たまに顔を見せるレストルからも何も話を聞かない。


 リヴィアの予想では、恐らくアーサー殿下はそろそろ正式に婚約者を決めるべきだ、と周りに言われていたのではなかろうか。

 その筆頭であったライラが結婚してしまい、彼の隣に収まりたい令嬢が目を光らせているとは、半年以上前に聞いた話だ。


 自分とアーサー殿下の接点はいまいちわからないものの、エリック殿下の家庭教師で登城していたようだから、全く無いとも言いきれない。


 そこまで考えれば、もしかしたら自分とアーサーの利害が一致したのかもしれないとも想像がつく。


 アーサーが何か、婚約をしたくない理由があれば、同じように結婚をしたくない自分との間に、何らかの約束事があったのではないかと考えられるからだ。


 二度婚約破棄をされた令嬢など、疵もの扱いをされ、結婚は絶望的だ。修道院に入るか、何かしら仕事を見つけるか。


 リヴィアの場合は成人後に魔術院に正式雇用されれば良いのだから、特に問題は無かった。自分はそれを望んだのではないだろうか。そしてアーサー殿下の理由が無くなれば、リヴィアの役目も終わる。


 そう考えれば色々と腑に落ちるものの、不思議と気持ちが落ち込むのだ。


 この気持ちの理由は覚えていないが、アーサー殿下に会いたいと思う自分と、でもと目を背ける自分が相反するように佇んでいる。


 そもそも相手は皇族だ。おいそれと声を掛けにくい。


 婚約者なのだからと言われれば、名目上そうであるようだが、リヴィアの予想通りの関係性ならば、記憶を失った自分の情報整理に協力して欲しいというのは、些か図々しいような気もする。


 そうして同じような事をぐるぐると考えては辿り着くのは同じ場所で、結局結論も同じだ。


 何より一度もリヴィアの見舞いどころか、何の音沙汰もない、アーサーの態度が全てを物語っている。

 リヴィアと会う必要など無いという事なのだろう。

 お互い自分の都合だけ考えた契約なら、そう判断してもおかしくない。それでも薄情な男と契約をしたものだ。という考えと、当時自分は何か事情でも抱えていたのだろうか、という勘繰りもまた頭を巡る。


 巡る思考は他の悩みにも辿り着く。


 眠っている間にリヴィアは18歳になった。


 そしてとんでも無い事に、毎年受験していた魔術院の試験日を寝過ごしてしまうという大失態を冒してしまったのだ。

 今やリヴィアは魔術院勤めでは無い。ただの魔術好きの変わり者の令嬢だ。


 はあっと深いため息をつく。



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