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76. 想いを口に


 白くぼんやりと霞む視界が少しずつ晴れていく。

 リヴィアは見慣れない光景に首を捻ると、後頭部に鈍い痛みを覚え思わず呻いた。


 だが、目の前にベッドに突っ伏している小柄な女性が目につき、困惑と共に少しずつ記憶が蘇って来た。


「……シェリル?」


 まさかと思い、軋む身体を捩り、シェリルの顔を覗き込めば、すやすやと規則的な寝息が聞こえてきて、ほっと身体を横たえた。


 確か教会で辺境伯と話をした後、ディアナに嵌められ、イリスに殴られた。


 記憶を辿るも答え合わせをしてくれる者がいない。そういえば自分はどれだけ眠っていたのだろう。シェリルはちゃんと休んでいるのだろうか。こんな場所で眠り込んでいるところを見ると充分な睡眠は怪しいものだが。


「……」


 どうにも頭の中がふわふわとして思考がまとまらない。

けれどもう一度寝る気分にはなれなかったので、リヴィアはそろそろとベッドから降りた。

 代わりにシェリルをベッドに入れてやりたかったが、思いの外ふらつく身体では二人揃って転んでしまいそうだ。


 ベルを鳴らせばシェリルは起きてしまうだろうか……

 仕方が無いので、よたよたと扉まで歩くも、たったそれだけで気分が悪くなり吐きそうだ。


 たまらず床に座りこむが、ふかふかの絨毯の柔らかさに、このまま横になってしまおうかと、令嬢らしからぬ思考がよぎる。

 するとノックもないまま突然ドアが開いた。


 扉に手を掛けた状態で立ち止まり、大きく目を見開いている。


「アーサー殿下」


 リヴィアは思わず髪に手を当てた。

 寝起きでこんな格好の、なんてタイミングで現れてくれるのか。

 本当に自分の周りにはノックの出来ない者ばかりだ。しかし流石に淑女の寝室にこの無礼は無いだろうと、アーサーが謝って立ち去るのを、視線を彷徨わせながら待つ。


「リヴィア……」


 だがアーサーは呟きながらツカツカと歩み寄り、リヴィアに視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「アーサー殿下?」


 ぎょっと肩を跳ねさせのけぞろうとするも、アーサーは自らの上着でしっかりリヴィアを包み抱きすくめた。


「く、苦しい」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるアーサーの背をぺしぺし叩き、解放を試みる。


「ああ、すまない。嬉しくて。目が覚めて本当に良かった」


 アーサーは少しだけ身体を離し、リヴィアとしっかり目を合わせて泣き顔で笑った。至近距離で見るアーサーの目の下にはぺったりと隈が貼り付いているし、どことなくやつれて見えた。


「殿下……」


 本当に自分はどれ程寝ていたのだろうか。思わずアーサーの頬に手を当てようと持ち上げ、けれど触れるのが躊躇われ、そのまま彷徨う。

 が、アーサーの手がリヴィアの手を包み、そのまま彼の頬に当てられた。

 視線がきっちりと絡み合う。


「で、殿下……」


「アーサーでいい……」


「……っ」


 リヴィアはぼろぼろと涙を零した。


「アーサー様、ごめんなさい」


「うん?」


 泣き出すリヴィアに動揺したのか、アーサーは目が大きく見開かれ、瞳がうろうろと泳ぎ出した。


「大人しくしているように言われていたのに、言うことを聞きませんでした」


 アーサーは、ああ、とため息のような相槌を打った。


「確かに驚いたし怖かった。君をあんな事に巻き込んでしまって。血の気の無い君を、教会から医師の元へ届ける間、私がどれ程……」


 そう言って悔恨に眉根を寄せるアーサーは苦しげで……監禁しておけば良かった、という呟きが聞こえたのは気のせいだろう。


 リヴィアはそっとアーサーを窺った。

 隈ができる程、(やつ)れる程、それ程心配してくれたのかと申し訳なくも嬉しく感じてしまう。

 口元が戦慄く。何故だろう。今伝えたいと思うのは。


 自分が都合の良い婚約者役だと理解している。

 アーサーがライラの事を今も想っているかもしれない事も。だからこんな言葉には何の意味も無い。分かっている。けれど。


 また頭が重くなってきた。眠気に引かれるように思考が黒く塗りつぶされていく。


 切り離されていく思考を留めるように、涙がぽろりと溢れた。

 その様子を見て、アーサーは慌てて冗談だと手を振るので、リヴィアはその手をそっと掴んだ。


「殿下。わたくし、あなたの事が好きです」


 その言葉にアーサーは目を大きく見開き、今にも泣き出しそうに顔を歪めた。そしてリヴィアの手を包み、たった一言。


「すまない」


 リヴィアはうっすらと口元に笑みを作り目を閉じると、そのまま再び意識を失った。



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