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74. 恐怖する



 母が男と逃げた時、フェリクスは7歳だった。

 だから事実を知ってしまった。家人は気づかないように振る舞っていたけれど、母親の失踪だ。無理があった。


 母はライラを産んだその日の晩にいなくなった。それが功を奏したと言っていいのか、真相を隠し、出産で亡くなったと周囲に知らしめる事が出来た。


 母は男爵家の出身だった。侯爵家に嫁げる身分では無いと親類縁者に反対されたらしいが、父は母で無くては結婚しないと言い切ったらしい。

 父には兄弟が三人いて、下の弟二人は揃って平民落ちし好きに生きている自由人だ。もう一人上に兄がいたが、病弱で後継にはなれなかった。


 何より父は優秀だった。国で五本の指に入る程高い魔術の素養を持ち、頭も良く人望も厚い。廃嫡して代われるような人材はとてもいなかったし、仮にそんな事でもすれば、フェルジェス家は自滅でもするつもりなのかと、笑い話になっただろう。


 今まで大したわがままも言わず望んだのが自分の妻。それならばと、まわりも渋々引き下がった。


 フェリクスは母をあまり覚えていない。

 ただ華やかなドレスや、光る宝石が好きな女性だったと記憶している。

 社交が恐ろしく得意だったそうだが、屋敷の外と中では印象がガラリと変わる人だった。


 屋敷の使用人には当たりが強いが、他所の使用人には寛大な態度で接しているのを見て、彼らの何が違うのか、フェリクスは不思議に思っていた。

 やがてフェリクスは屋敷での母の言動に辟易し、自分の母は大した女では無いと断じ興味を無くした。


 だからこそ尊敬する父が母を愛する理由がさっぱり分からなかったが、夫婦とは二人で一人なのだと何かの本で読み、得心がいった。

 つまり母は完璧な父の欠点なのだろうと。

 人間どこかしら欠点はあるものだとは、こう言う事を言うのかと妙に納得したのを覚えている。


 しかしいくら父が優秀で王の覚えが良かったとしても、皇子の乳母が皇帝の侍従と駆け落ちしたのだ。本来なら家が取り潰しになってもおかしくない話だが、陛下も皇妃も、何より幼い皇子の名に傷がつく事を恐れた。


 それに父は母を愛していた。打ちのめされる父に思うところもあったのだろう。表向きには死別した妻の喪が明けるまでと、登城禁止を言い渡されただけだった。


 フェリクスにとって意外だったのは、父がライラを溺愛した事だ。

 母の面影を濃く受け継いだライラは、母の忘れ形見として大事に育てられた。


 そしてそんなライラにフェリクスだけが警戒していた。

 幼い妹に自分は何を考えているのか。自分でもそう思いながらある日父に連れられライラの手を引き登城した。


 あれから五年が経っていた。


 そこには見目麗しい金髪碧眼の男の子がいて、フェリクスは、はっと息を飲んだ。アーサー殿下だ。乳母だった母に連れられよく一緒に遊んでいた。


 アーサーは急に会えなくなった幼なじみのフェリクスに会いたいと父に強請り、今日兄妹は登城に至った。

 膝を折って頭を下げれば、よそよそしさに、アーサーは頬を膨らませた。


 皇族の自覚を持つようにと、本格的に教育が始まったと聞いているが、子どもに勉強は楽しいものではないのだろう。その息抜きにと招かれたのがフェリクスとライラであったが、果たして自分は来て良かったのかと今更ながらに不安になる。

 失踪した母を、当然のように産褥で死んだものとして振る舞う大人たちにも、気分が悪くなった。


 いくつか簡単なやりとりをして、フェリクスは会話を打ち切った。自分に興味を持たない方がいい。そんな思いからアーサーにそっけない態度で接していたが、ライラがひょこひょこと歩いてきて、ちょこんと淑女の礼をとった。


 周りの大人が可愛らしい子どもの挨拶に頬を緩ませる中、フェリクスだけは不快感に顔を歪めた。


 赤くなったり涙目で震えてみせるのは、子供らしい普通の反応だ。咎などどこにも無いだろう。

 けれどライラはちゃんとアーサーの反応を見ている。


 豊かな感情表現で相手を観察し、相手にとって一番良い印象の自分を演じている。

 フェリクスはぞっとした。


 思い込みと言われればそうかもしれない。だがフェリクスが母を覚えている唯一の部分……嫌悪感。特に愛されていない事も知っていたし、自分も母を嫌っていた。

 だけど嫌いな物ほど反応が早い物だ。だからフェリクスは気づいた。


 母がいる。ライラの横顔に、皇子を手玉に取るべく、舌なめずりをする母の顔が過ぎった。



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