表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/111

73. 未来の自分



「やめて!お母さまは亡くなったのよ!」


 ライラはレファナの手を振りほどき叫んだ。自分を抱えるようにしてじりじりと後ずさる。レファナは、はんと笑い声を上げた。


「何言ってんだ。だからこうして生きてるって教えてやってるのに、物分かりの悪い子だね」


 そしてはあと息を吐く。

 

「あたしはあんたに、こんなに心を砕いているのに。ねえ、あのリヴィアって女は邪魔者だったろう?」


 唐突にあの女の名前が飛び出して来て、ライラは一瞬怯んだ。あの女がなんだと言うのだ。


「あの邪魔な女はあたしが片付けてやったからね。崖から突き落として、綺麗に落ちて行ったよ。あたしたちの邪魔をするなんて許せないものねえ、ライラ。分かるよ、あいつの浮気相手も黒髪だったんだ。あの手の女は人から男を掠め取るのに長けてるからね。ちょっと強気にあしらうくらいで丁度いいんだよ」


 ライラは瞠目した。

 

 な、な……何を……したと……!


「ああ、いいんだよお礼なんて。そんな事より母さんを大事にしておくれね。あたしが手を汚したのは、全部あんたの為なんだから」


「嘘よ!わたくし、あんな女どうでも良かったわ!こ、殺すなんて……そんな事……は」


「へえ?じゃあその瓶はなんなのさ、毒じゃないのかい?」


 レファナは小瓶を顎でしゃくって示す。


「違う!違うわ!これは媚薬で……これは……」


 女は再びははは、と嗤った。


「あんたさあ、自分の思い通りに行くように、力付くてやってるって自覚が無いのかい?あたしと一緒だよ」


 ライラは、はっと青褪めた。


「それにさあ、あんただってアーサー殿下の婚約者だったのに、その侍従と結婚したじゃないか。何もかもあたしと一緒じゃないかい。何が違うって言うんだい」

 

 目を逸らしていた事実がライラを正面から射抜く。


「今だってアーサー殿下にくっついて歩いてさあ。やっぱり子爵程度じゃ不満だったんだろ?あんたはあたしに似て向上心が高いからねえ」


 満更でも無さそうに首肯するのはやめて欲しい。

 けれど一緒にするなと叫びたくなるこの女の言葉は、自分が当然享受するべきと考えていたもので。

 思わず触れた思考に、悪寒が背中を駆け上る。


「あの皇子様はあんたを愛妾にしてくれるんだろ?それこそあたしのおかげだよ。あたしはあの子の乳母だったんだから。あの子はあたしが育てたようなもんさ」


 ライラが産まれたのはアーサーが3歳の時だ。物心がつくかつかないかの頃だと言うのに、何を言っているのか。それにさっきから自分の都合に合わせた解釈をして、本人の意思をまったく確認していないではないか。


「……!」


 ライラは震えた。同じだ。


 自分はアーサーに何も聞いていない。いや違う。アーサーが自分を愛しているのは揺るぎない事実なのだから。だってアーサーは。アーサーは……


「もうやめて!」


 ライラは両耳を塞いで座り込んだ。


 目の前にいるメイドの女は自分の事を母親だと言う。


 ────違う。


 ライラはお父さまの子では無いと言う。


 ────違う。


 メイドにまで身分を落とし、浅ましい物言いを繰り返す。まるで未来の自分を鏡で映したようで……


 ────違う!


「違う違う違う!!!」


 ライラは首をぶんぶんと振り、乱れた髪の間からメイドを睨みつけた。


「メイド風情がわたくしになんて物言いをするの!お前なんてお父さまに頼んで断頭台に送ってやるわ!」


「なんだって?母親に向かってなんて事を言うんだい!いいから今まで出来なかった親孝行をするんだよ!お前ばっかり上手い事収まろうなんて、そうは行かないからね!」


 そう言ってレファナは、にやりと口端を引き上げた。


「そうそうしっかり話しておかないとね。あたしがあんたの母親だって。アーサー殿下に。イスタヴェン子爵に」


 その言葉にライラは震え出した。


「あ、あ……やめて。やめて……」


 そんなもの誰も信じない。誰も相手にしない。けれど、ライラの思考が刺激され、思い出される。


 デヴィッドとの婚約を発表した時よりも酷い誹謗中傷。

 身の置き場の無いいたたまれなさ。

 あの時よりも、もっと酷い────


 嫌!こんな話、誰にも聞かれたく無い!


 ライラは反射的に近くにあった置き時計を掴んだ。


 ◇ ◇ ◇


 屋敷内を駆け回る使用人を躱しながら、フェリクスは執務室に向かっていた。

 屋敷から辺境伯に続きリヴィアが抜け出し、更にその後をディアナが追って行った。そして今彼らには人知れずご退場頂いている。

 おかげで指揮系統がどこにもない。右往左往する私兵や執事に、自分が代行すると話をつけた。


 正直こうなる事はある程度予想できていた。馬鹿じゃないかとは思わないけれど、間違いなく罰は下される。

 何せ国家反逆罪だ。辺境伯に至っては妻の罪に気づいていながら、その罪を引き受けようとして、更に罪を重ねている。


 確かに二人に同情の余地はある。けれど罰を軽くしても咎人の心は軽くはならない。

 何故なら彼らは悪人ではない。罪の重さに耐えきれず、良心の呵責に耐えられなくなるだろう。

 アーサーが減刑を考えるなら一言物申すべきだ。フェリクスは口元を引き結んだ。


 フェリクスは贖罪をしない。自分が正しいと思っている訳でもない。自分は産まれた時から汚れていて、その手で既に沢山のものに触れてきた。


 それら全てが元から綺麗であったわけでは無いけれど、汚してしまったものの方が多いとは思っている。

 何せ自分は、あんなものから産まれてきたのだから。


 汚れていくだけの自分には、清らかな者たちが砕け散る様は憂鬱に映るだけだ。フェリクスはこんな事になった彼らに心から同情した。許されるのはそれくらいだと分かっているから。


 執務室で私兵の隊長と執事で打ち合わせをしていると、泡を食ったように使用人の一人が飛び込んで来た。


 今度は何だと眉を顰めるフェリクスの顔を見ながら、使用人はライラの名前を口にした。



※ フェリクスがライラに近寄らないのは、ライラが嫌いなせいもありますが、元々自分自身を嫌っていて、あまり他者に歩み寄り、傷つけたくないという心理も働いています。

ただ後者はライラに対しても働いているとは、あまり本人に自覚は無いように思います。(病んでる)


相変わらず説明無いと分かりにくくてすみません(^^;

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=oncont_access.php?citi_cont_id=301434565&s
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ