表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/111

5. 月明かりの下で


 広間から微かに聞こえる音楽を頼りに、リヴィアは慌てて置いていかれないようステップを踏む。


「そうそう上手ですよ」


 いちいち色気を振りまかないで欲しい。にこりと笑いかけるアーサーから隠すように顔を背け、リヴィアはふと気づいた。

 回廊続きで舗装されているとは言え、ダンス用のホールとは違う。すぐ隣は庭園だから踊れる場はとても狭い。しかもダンス用では無いが、夜会の為に作られた繊細な形の靴なので、踊りにくい……筈なのに……。


 不思議に思って顔を上げると、深い海のような瞳とかち合ってしまう。すいと細められた目はリヴィアを見たまま、クルクルと回す。


 この方上手いんだわ。


……そうだ。皇子殿下なのだ。それはそつなくこなすだろう。

 アーサー第二皇子殿下といえば、聞こえてくる第二皇子殿下の風評を浮かべるも、浮かぶのは先程のご令嬢の言っていた内容ばかりだ。

 第二皇子殿下にはずっと恋慕っている女性がいる。

 彼を取り巻く女性たちは、その唯一の女性に阻まれ、アーサーに近寄れずにいる。

 だがらリヴィアはずっとアーサーだけには会いたくなかった。

 父と同じ。

 そう頭に浮かぶだけで憂鬱だった。そうして聞こえてくる令嬢たちの玉砕の話を聞いては、諦めればいいのにと思っていたものだが……アーサーを見ていると、なんとなく分かる気がした。


 女たらし。


 無自覚なのか分かっていてやっているのか。

 先程のご令嬢も、こんな風にリードされダンスを踊ったのだろうか。

 そう思い冷静になるように己を叱咤する。ただ、期待をしてしまう女性の気持ちも分かる気がした。リヴィアでさえ、ただダンスを踊っているだけなのに楽しいと思ってしまう。

 そんな気持ちは気取られないようしっかり押さえつけ、リヴィアは終わりのステップを踏んだ。


 アーサーとのダンスは踊りやすかったが、足場が悪かった事には変わりない。たった一曲ではあるが、元々引きこもりである事も後を押し、鈍った足はすっかり疲れてしまった。


 ふうと目を閉じ息を整える。

 そうすると未だ手が繋がったままだと気づく。

 ぱちりと目を開けるとアーサーの顔が間近にあり、リヴィアは驚き上体だけで後ろにそっくり返った。


「器用ですね」


 アーサーが手を離さないまま、くすくす笑う。

 リヴィアはじとっと彼に握られた手を睨みつつ、なるべく失礼にならないような退散を考える。


「アーサー殿下。あの……もう宜しいですわね。非礼をお詫びしますわ。わたくしもう、戻らないと……」


 視線を彷徨わせながら告げると、アーサーがにこりと微笑んだ。


「おや失礼。楽しそうに踊るあなたを見ていたら、手を離せなくなってしまいました」


 そこで悲しそうに顔を歪めたと思ったら、ぐいと強い力で引っ張られ、その勢いのままアーサーの胸の中に飛び込む。


「でも貴方は私のような男はお嫌なのですね……とても残念です。だから────」


 慌てたリヴィアがもがこうとするも、そのまましっかりと両腕に閉じ込められて、頭の上に唇を落とされた。羞恥に真っ赤に染まるリヴィアを確かめるように覗き込んで、アーサーは鼻を擦り合わせんばかりに近づいて囁いた。


「だから、あなたとはもう二度と会いません」


 ぴくりと身体が反応するも、動けないリヴィアに満足そうに目を細め、すっと手に取った髪にも見せつけるように唇を落としてアーサーはくるりと身を翻して去って行った。


 混乱する頭のまま視線すら動かせずにいると、先程の赤毛の男性がチラリとリヴィアを一瞥してアーサーの後を追っていくのが見えた。


 リヴィアはそのまま月明かりの下、しばらく置き物のように立ち尽くしていた。やがて心配した家令がリヴィアを探しにやってくる頃には、羞恥と屈辱と敗北感で顔を真っ赤に染めたリヴィアが床にへたり込んでいた。

 家令からは叔父夫婦にしっかりと報告されたものだから、その日のリヴィアの精神は更に打ちのめされた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=oncont_access.php?citi_cont_id=301434565&s
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ