33. ぶつかる想い
「アーサー殿下との婚約話が来ている」
その日の晩、屋敷の執務室のソファに座り、リヴィアは珍しく父と対面していた。
「はい……」
以前屋敷に訪問した時にアーサーは父に婚約の話だけして帰った。ゼフラーダに関する話は機密事項に当たる為だそうだ。
二人の仲が皇城に広まった頃合いを見て、アーサーがエルトナ家に話を持ってきて真実味を加える作戦である……らしい。
「レオンが主催した夜会でお前に一目惚れしたらしい」
レオンとは叔父の名前だ。だが……
「……?」
嘆息する父を見てリヴィアは首を傾げた。皇族との婚約など、普通貴族の親は喜びそうなものだけれど。
「そうですか、わたくしのような婚約破棄令嬢にお声をお掛け頂き光栄ですが、そのせいで殿下が周りから不興を買われる事はありませんか?」
「……いや、皇帝陛下を筆頭にお喜びになっているようだ。何か言ってくる者がいるかもしれないが、皇族の婚約では何も言われ無いという方が珍しい。きちんと対処して頂けるだろう。その点は問題ない」
今回の件は城内でも限られた者しか知らない。
皇城の閑職である父は管轄外であり蚊帳の外だ。
……まあそうでなければリヴィアの都合がつかないのだが。
一応曽祖父が宰相をやっていた家柄だ。もしかしたらうっかり父の耳に情報が入らないかととヒヤヒヤしていたが、杞憂だったようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「ただ……」
息を吐く父にリヴィアは顔を上げる。何だろう、酷く疲れたような、思い詰めたような顔をして父は視線を落とし、組んだ指をじっと見つめている。
「皇族になるというのは、貴族の暮らしとはまた違う」
思わぬ言葉にリヴィアは目を丸くする。
父は顔を上げ、リヴィアをまっすぐ見つめた。
「これまで通り変わり者の令嬢では許されないだろう」
リヴィアもまたじっと父の顔を見つ返す。
「わたくしの価値は今までがあればこそなのです。だからこそアーサー殿下にも見初めていただきました……魔術院を辞める事は考えられませんわ」
「……そう言うとは思っていたが、出来るのか?第二皇子とはいえ皇子妃だ。皇族の一員として足並みを揃え国に尽くさなければならない。これまで通り自分の事だけ考えて生きていく事など許されない。……だから、安易に考えているようなら辞めておきなさい」
「やりますわ」
リヴィアは即答する。アーサーの為なら。
……?
いや、国の為に……?必要な……事なので……
そう、国の為に必要な事なのだ。リヴィアの都合もその見返りとして含まれているが、ただ引き受けたのは……
「私はそうは思わない」
父の声に、リヴィアははっと散らした意識をかき集める。
「世間知らずのお前に出来る筈がないだろう」
その言葉に思わず頭がカッとなる。誰がそうやって育ててきたのか。家に閉じ込めておきながら勝手にしろと放ってきたくせに。
「お父さまがわたくしを厭わしく思っている事は存じております」
その言葉に父はふと顔から表情を消した。
「いえ、無関心と言った方が正しいですわね。ですがお父さまにとって婚約に関してまでそれを貫く事は、エルトナ家を考えれば難しい事でしょう。いっそわたくしをどこぞへ養女へおやりになれば?そうすれば新たな縁と皇家への繋がり、両方手に入り、この家へ貢献もできましょう」
実際伯爵令嬢では皇子の婚約者にはひと役足りないところだろう。だが口にした自らの言葉に心は抉られた。
貴族の考え方そのものだ。
嫌悪してきた筈なのに、直ぐに体面を繕う考えが頭を過ぎる。抗いたいそれに染まっている自分が許せなくて、いっそ自分から掻き出せたらどれ程楽になるのか。
滲みそうになる涙を誤魔化すようにきつく目を閉じ、父を睨みつける。
「養女にやる予定はない」
眉間に皺を寄せ目を背け、父は淡々と口にした。
「お前は断るつもりは無いのだな」
探るような父の目に、リヴィアは慌てて首肯する。
「その……アーサー殿下は、良い方ですから」
「……」
その言葉に父はそうか、とだけ呟いて視線を逸らした。
その時見せた僅かな父の表情にリヴィアは瞳を揺らした。
何故。
「お父さま……」
「話は終わりだ。明日陛下にご報告に行く。お前ももう休みなさい」
だがいつもの冷え冷えとした父の眼差しとかち合い、会話は打ち切られた。
リヴィアは何かを言わなければならないような気持ちに駆られ、口を開くも言葉が出てこない。言われるままに腰を浮かし、躊躇いながらも執務室を後にした。
「お父さま……?」
ドアを背にして中空を仰ぐ。
父のあんな穏やかな目が自分を見たのは、初めてではないだろうか……まるで────思いかけ、頭を振り自分の部屋へと歩き出す。
気のせいだろう。
出立の前に慣れない感情は持たない方がいい。
そう、まるで、愛しい娘を見るような────そんな……
ここで第一章が終わりになります。
引き続きお付き合い頂けると嬉しいです (´∀`)




