表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/111

31. サナの花



 糸人形にでもなった気分だ。


 ぎくしゃくと身体を動かして、我が家のささやかな庭園を二人で歩く。

 先程家令が四阿でと言っていたが、こちらの方が視界が開けているので問題はなさそうだ。


「リヴィアは何が好きなの?」


 思考を飛ばして気を紛らわせていると、アーサーから声を掛けられて現実に引き戻された。


「魔術……です」


 唯一即答できる質問が来て良かったあ、とほっとしていると、一瞬だけアーサーが止まった。

 なんだろうと顔を上げると、先程と変わらぬ笑顔のアーサーから、他には?と追撃が来た。


「えーと」


 リヴィアは目を泳がせた。


「好きな食べ物とか」


「ああ、パンケーキが好きです」


 そう言うと、アーサーは目を丸くしていた。


 どうしたのかとリヴィアが首を傾げていると、アーサーは申し訳なさそうに笑った。


「ごめん、君は何ていうか、甘いものは好まないような気がしていたんだ。悪い意味じゃなくて……」


 似合わないと言いたいのだろうか。


 アーサーの口元がふっと綻んだ。


「かわいいなと思って」


 リヴィアは今度こそ息を止めた。


 立ち止まったアーサーの斜め後ろで放心しそうになる。

 意識を保つのに必死になっていると、アーサーがぽつりと呟いた。


「珍しいな」


「?」


 くるりと振り向いたアーサーは、花壇の一角で静かに揺れているサナの花を指差した。サナは薄い水色の小ぶりの花だ。

 それを見てからリヴィアはアーサーを振り仰いだ。


「この花は国を一つ跨いだ先の高山地域が生息地なんだよ。国花とされているから有名だけど、輸入して取り寄せる程この国ではポピュラーでは無いからね」


「そうなんですか」


 流石皇子、知識の造詣が深い。

 うちの庭師の趣味だろうか。国花とされるだけあって気品のある綺麗な花だ。

 色々感心していると、すっとアーサーの目が細まった。


「私の執務室にも用意しようかな。君に見られているみたいで嬉しいから」



 ポカンと固まるリヴィアの手を取り、アーサーは再び歩を進めた。

 確かにリヴィアの目は水色だけれども……。

 横顔を振り仰げば笑いを噛み殺したような顔をしているので、揶揄われたのだと悟り、むっと頬を膨らませた。


「良かった、やっとそんな顔が見れた」


「え……」


「ちゃんと君を知りたいんだ」


 真剣な眼差しで、けれど口元には笑みを刷いて、リヴィアの緊張をほぐそうとしているのだろう。


 古代魔術の調査


 元婚約者への訪問


 婚約者の振り────しかも皇族の


 いくら貴族令嬢とはいえ、許容オーバーな案件だ。


 きっと多少の不作法はおおらかに見逃してくれるだろう。


「わかりましたわ、殿下」


 リヴィアは一つ頷いてアーサーを見た。


「良かった。それから私の事は名前で呼ぶように」


「か、畏まりました。アーサー様」


「様もいらないよ」


「……それは、おいおい……」


「いいよ、分かった」


 ふふ、と笑って歩くアーサーは楽しそうだ。その手が先程から繋がれている事が胸に温かく響き、リヴィアもふわりと微笑んだ。


「あと……話しておきたいんだが……」


 アーサーは少し迷ってからリヴィアと目を合わせた。


「ライラの事だ」


 その名にリヴィアはひゅっと喉が鳴った。


 ……アーサーはライラが好き……。


 あの夜会で本人が口にしていた言葉だ。


 そんな状況で、別の女性と婚約者の振りをするなんて……。

 リヴィアは顔を俯けた。


「リヴィア、誤解しないでほしい。私たちは確かに幼なじみで結婚も考えていた。けれどもう今は別の道を歩いているんだ」


「……ですが……」


 アーサーの気持ちはどこにあるんだろう。何故かそんな事が気になるのだ。


「君には変なところを見せてしまって、恥ずかしく思うよ。ライラの名前を都合良く使っていたのだから……けれど、これくらい許されるだろうと、あの頃の私は当然のように考えていて……」


 ふと口調に影を落とすアーサーにリヴィアは首を振った。


 そんな考えを持つ事自体おかしいし、深く入り込むべきでもない。感情に支配されず役目を全うするべきだ。


 リヴィアはアーサーの目を見て口を開く。


「アーサー殿下に一つお願いがあります……」


 そう言うとアーサーは驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=oncont_access.php?citi_cont_id=301434565&s
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ