30. 婚約者の真似事
アーサーの仕事に必要なのだそうだ。つまり業務に協力して欲しいとの依頼だった。
勿論お互い利のある条件付きである。
リヴィアはアーサーと婚約をする事で疵を回復でき、気の乗らない婚約や結婚の話し合いを回避できる。
「それに、アーサー殿下とも婚約破棄をすれば、君はもう他に結婚の望みは持てない。伯父上も無理に縁組させようとはしないと思うよ」
レストルの言葉にリヴィアが成る程と頷いていると、何故かアーサーがレストルを無言で睨みつけていた。
因みにアーサーの条件というのが、ゼフラーダへの視察の同行だった。
ゼフラーダ領は国境の要。海を背にし、ニ国に囲まれている我が国で、そのニつの国どちらにも接している領地である。
ただ片方は天然の要塞というべきか、尾根に阻まれ、隣国がそれを越えてくるような事はほぼありえない。また、もう片方はミククラーネの古の魔術師の加護があり、防御壁が張られ、越境できない。
いずれにしても、昨今平和に同盟を結んでいる隣国との関係である。辺境伯領ではあるが、今は防御壁を作る為の結界陣の管理が主な仕事となっている。
アーサーの軍事業務は、主に守護や自衛に掛かるものだ。
今の時代、戦争で前線に立ち危険を伴う事は無いが、使わぬ軍は弱体化が懸念される。
かと言って軍事を卓上だけで語ろうとすると、現場の反発があるらしい。
上手く言葉が伝わらなければ、己の身体が武器で飯の種である彼らは、自分の評価がより高いところに行ってしまう。
アーサーが軍属であるのはその辺の理由だろう。彼らの心を掴みたいのだ。それ故に視察は重要な政務の一つとされる。
とはいえ、ゼフラーダは国の大事な国境の要の地。そして皇族の方から頻繁に訪れるのは体裁が悪い。
他国から不穏な動きありとでも認識されても困る。
その為皇族がゼフラーダに視察目的で訪問するのは二年に一度。残念ながら今年はその年では無い。つまり────その理由をリヴィアに向けたい。
リヴィアは正式な婚約破棄をしに、新たな婚約者アーサーとゼフラーダに赴く。名目は書類に不備があった為とする。
本来の目的は、実はゼフラータの結界異常による視察だ。
国の重要拠点であるその地に異常があるなど、国の有事でなくなんなのか。
しかもゼフラーダ辺境伯領の結界陣といえば、五百年以上前の古代魔術で、歴史的価値のある生きる世界遺産ともいえよう。
リヴィアははあっと肩を落とした。
なんて話を聞いてしまったのか。
しかもリヴィアが魔術院勤めで魔術の知識が深く、精通していることから明かされた内容だ。
別に知らないでも良かったのだが、婚約者の立場で迂闊な行動を制限する為だと説明された。
イリスの手紙には婚約破棄申請済とあったし、実際イリスとリヴィアの縁は既に切れているが、便宜上書類に不備があった事にするようだ。
流石皇族なんでもありだ。まるでイリスが能無しのようだが仕方ない。事は国家問題なのだ。
「じゃあさ、早速二人で庭を散歩してきてみなよ」
「え?」
にこやかに告げる従兄をリヴィアは思わず凝視する。
「婚約者の振りするなら、それなりに仲良くしておいた方がいいでしょう?」
「それもそうだ。リヴィア、行こう」
そう言ってアーサーはすっくと立ち上がり、テーブルを回ってリヴィアの横に立った。アーサーの手がリヴィアの目の前に差し出される。その手を辿って顔を覗き込めば、煌めく海色の瞳がリヴィアを見つめていた。
こんな目で見られた事の無いリヴィアは思わず息が止まりそうになる。
「リヴィア」
促されるように名を呼ばれ、リヴィアは慌ててアーサーの手に自らのものを重ねた。




