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26. 嫌悪するもの



 光の魔道具の力を調節すれば、光源にも暖炉の代わりにもなる。

 太陽の代わりになるならば不作の心配無く畑を維持できるが、そこまで精度を高めるには……リヴィアはぶつぶつと口の中で呟いていた。


「……おい」


 ふいに声を掛けられ、リヴィアは目の前で胡乱な眼差しを向けるエリックに目を向けた。


 車体の揺れが乗り手に響かない素晴らしい馬車である。流石皇族専用。すっかり忘れていたと、リヴィアは慌てて愛想笑いを作った。


「どうかしましたか、エリック殿下?」


「……」


 帰りの馬車の中、エリックはすっかり疲れ切った様子で、ソファに凭れていた。

 ほぼ半日費やした突然の慰問は、帰り道はすっかり夕焼けである。


「すみません、お疲れですよね」


 不意に肩にもたれたアーサーが身動ぎするので、リヴィアは口を閉じた。


 アーサーは帰りの馬車に乗り込むなり疲れたとリヴィアの膝の上で寝ようとしたので、必死で阻止していたら、なら肩を貸して欲しいと懇願され断れず今に至る。

 現在進行形で不自由そうにリヴィアの肩に寄り掛かり眠っている。

 それにしても流石にやりすぎたかとリヴィアは愛想笑いを深めた。


 やる気に満ちたリヴィアの生徒たちが、エリックを取り囲み、ここぞとばかりに質問をしまくっていた。

 最初は王子様やお城の話ばかり聞いていた子どもたちも、次第に議論に発展していった。活発化する話し合いの中ではお互いの見識の違いに驚き共感もしていた。子どもたちには良い刺激になった事だろう。


 話してばかりでは喉が渇くだろうと、年齢の低い子どもたちと外遊びに関わらせてみた。これはエリン皇女で慣れているのか、そつなくこなして驚かされた。


 頭と身体を子どもたちに一日振り回されたので、おやつの時間も一緒にとシスターから提案された。それで出てきたのが蒸した芋だったので何事かと唖然としていた。


 因みにアーサーはずっとリヴィアに張り付いていた。

 それが一番子どもたちをやり過ごすのに都合が良かったようだ。子どもとはいえ、王子様とはやはり女の子の夢らしい。どこか笑顔がぎこちないエリックよりも、優しい笑顔のアーサーの方が輝いて見えたようだ。


 子どもたちの可愛らしい秋波を受けとめ、流石のアーサーは最後まで笑顔に陰りもなかった。一応リヴィアは後で咎められたら嫌なので、たまに注意しては子どもたちに反発されていた。その度に何故かアーサーが嬉しそうに笑っていたのたが……解せぬ。


「疲れはしたが……楽しかった」


 ぼそりと最後に付け加えられた台詞は、小さいながらもきちんと耳に届いたので、リヴィアはふふと笑みを作った。


「子どもたちも大変喜んでおりました。殿下、今日は本当にありがとうございました」


 にっこりと笑うとエリックは口元を袖で隠し、バツが悪そうに目を逸らした。


「それと、悪かった。お前たちを貶めるような発言をして……あそこの子どもたちはとても優秀だ。小さい子どもたちも、自分たちがするべき事をきちんと理解し、将来に備えて向上心を持ち日々を過ごしていた。……固定観念という色眼鏡で人となりを決めつけていた僕が愚かだった……許して欲しい」


 エリックの耳は赤い。12歳とはいえ皇族が自分より格下の身分のただの女に謝罪など本来ない。謝罪を否定するのが臣下の正しい振る舞いなのだろうが、エリックの素直な気持ちを無下にするようで、リヴィアは敢えてこのまま受け取った。もしかしてアーサーはこんな事を予想して眠ってしまったのだろうかなんて、妙な期待に似た気持ちが胸に込み上げる。


「……ええ、勿論謝罪を受け入れますわ。あなたが将来人の上に立ち、国の導き手となった際、あの子たちもまたあなたの民の一人なのだと思い出して頂けたらと思いますわ」


 エリックはこくりと頷き、うん。と呟いた。

 何だかかわいい。


「……何故、あの子どもたちはあれ程熱心なのだろう」


 エリックの素朴な疑問にリヴィアはふと笑みを消した。


「わたくしも以前、同じように思いましたわ。殿下」


 エリックは意外そうに目を瞬かせた。


「わたくし、子どもの頃は勉強が嫌いでしたの」


 淑女教育も一般教養も、芸事や習い事も嫌いだった。父の気を引きたいのもあり、出来ないと泣いて見せたりもした。

 そうして匙を投げる家庭教師たちに見かねた父が、孤児院へと連れ立ったのだ。


 10歳頃だっただろうか。初めて見る沢山の子どもにリヴィアは面食らい、怖がった。

 もしかしたら父は自分をここに捨てていくのだろうかと怯えもした。


 だが彼らの一日に触れる中で、そんな思いは吹き飛んでしまった。

 食べ物を得る為畑を耕し、大人に習い家事を手伝い、下の子の世話を焼く。そして少ない教材で学ぶ姿勢と勤勉さに衝撃を受けたのだ。

 平民だから孤児だから。

 自分は貴族なのだからこの現実は当然で、彼らの境遇は仕方がないと結論づけるには、リヴィアはまだ子どもだった。

 むしろ自分たちの身の回りをなんでも出来る彼らが、自分よりずっと優れた存在に思えた。


 リヴィアは子どもたちに沢山の質問をされたが、答えられないと失望され、自分の不甲斐なさが恥ずかしく情けなかった。

 そうして、自分が今どれ程恵まれていて、毎日を無為に過ごしているのかを知らしめられ、打ちのめされたのだ。


 家を持たない彼らは自分の為に学と知識を味方につける。人と関わり、生き方を学ぶ。

 それは人が人として生きていく為に、当然で必要な事なのだ。


 貴族だろうと同じだと、父に言われた気がした。


「彼らは15歳で施設を出て一人立ちするのです。辛くとも寂しくとも、もう戻る家はありません。だから学ぶのです。自分が生きる為に。帰りたいと嘆かない場所へ辿り着く為に。……わたくしも殿下と同じ年頃に自分の不甲斐なさを子どもたちに教えて貰いましたの。だから今は出来る限り恩返しがしたいのです」


 淑女教育だけは放棄してしまったが。苦笑して答えると、エリックが小さく息を呑んだ音がした。


「……僕がこの服を脱いであの場に混ざれば、誰も皇族などと分からないという事だろうな……」


 え、いやそれはどうだろう?


 リヴィアなら可能だろうが、アーサーやエリックではどう見ても高貴な人間が平民の格好をしていると分かってしまうような気がするが……


 リヴィアが真剣に悩んでいると、エリックが頬を緩めて苦笑した。

 そう言えば笑った顔は初めて見る。なかなかに眼福であるとリヴィアは内心手を合わせた。


「お前は……いいと思う……。そうだな……僕は、女が嫌いなんだ」


 唐突な話にリヴィアは首を傾げるが、エリックから咎めるような視線が飛んできた。


「行く時に聞いただろう。何故教わるのが嫌なのかと」


「ああ……聞きましたね」


 そう言えばとリヴィアはひとつ頷いた。エリックはふんと息を吐いた。


「正しくは皇城にいる女たちだな。そもそも淑女とはなんなのだ?香水を沢山つけて、権力に媚を売ることか?父上は既に結婚しているというのに、母上を蔑ろにしてその横に割り込もうとする浅ましさ。僕にまで薄気味悪い振る舞いをしてくる奴らだっている……叔父上にも。侍従にだって……」


 一言ずつ嫌悪がこみ上げるように声を震わせるエリックに、リヴィアは何も言えずに聞いていた。

 どうやらまだ12歳の身で、相当嫌な女性経験をしているようだ。自身も綺麗な顔をしているのだ。それだけで女性の気を引いてしまうのだろうが、彼はいずれ立太子してその後国王となる身だ。今から寄ってくる者も少なくはあるまい。

 ただの潔癖症だとは言い切れなさそうだ。


「────中でもライラ・フェルジェスは大嫌いだ」


 絞り出すように口にした、エリックの顔は嫌悪に歪んでいた。



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