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24. 厨房でのあれこれ



 時計を見るとすっかりお昼の時間になっていた。

 まだセドと話したいとアーサーが言うので、リヴィアはセドに余計な事は言わないようにと目で威嚇して退出した。


 厨房へ進むと、子どもたちに囲まれた困惑顔のエリックが呼びかけてきた。


「どこに行くんだ?」


「厨房ですわ。お昼を作るのを手伝ってきます」


 エリックが口を開けて固まってしまったので、彼の事はシスターに任せリヴィアは厨房に入った────が、何故かアーサーも付いてきた。


「アーサー殿……様?」


 リヴィアは慌てて言い直す。先程この場でだけ二人の敬称は省くようにと指示されたのだった。呼び方一つでもどんな不測の事態が起きるかわからないからとの事。

 果たして仮にそんな事がもし起こったら、自分はどれ程の罪に問われるのか。リヴィアは慎重に頷いたが、何故かアーサーは嬉しそうだった。

 それよりセドとの話はもう終わったのか。


「お邪魔しますよ、リヴィア」


「でもあの……」


 流石に厨房に皇族を入れてもいいものかと入り口に立ち竦んでいると、アーサーが耳に口を寄せてきた。


「僕も厨房に入れば、毒味もいらずにお昼をご一緒できますね」


 思わぬ距離に耳を押さえて後ろに下がる。

 失敬な!とは言えないか……皇族に何も出さずにいるのも居た堪れない。


「……成る程、ありがとうございます」


 多少釈然としないものを抱えつつも、ひとつ頷いてアーサーを厨房に招き入れた。


「どういたしまして」


 アーサーは手伝いの子どもたちにも笑いかけ、私も混ぜてね。と(たら)し込んでいる。横目でそれを確認してから、リヴィアはさてと腕を捲った。


 今日のメニューはポトフらしい。


 畑で自作している野菜とお肉を少し、パンも固すぎない。豪勢なものではないが、量も質も問題なさそうだ。

 夕飯の献立も確認し、リヴィアはにっこりと笑った。


 先程シスターに急な来訪の謝罪をし、ついでにエリックのお茶を頼んだら震えながら運んでいった。表だって皇族とは言っていないものの、二人はどう見ても貴人だし秀麗だ。リヴィアも伯爵令嬢だが、醸し出す雰囲気といい緊張度が全く違うのだろう。


 そんな事を人数分の材料を洗い、包丁に手を掛け考えているとアーサーが手を伸ばしてきた。


「手伝うよリヴィア」


 長い腕が後ろからリヴィアを包むように伸ばされると、思わず肩が跳ねた。


 これは……普通に心臓に悪い。


 チラリと横目で見ると、改めてアーサーは背が高いのだなと気付かされる。夜会の時も思ったが、リヴィアは平均的な女性よりも背が高い方なので、ここまで見上げるのも珍しい。

 レストルよりも少し高いだろうか。しかもここまで近いと、身長だけでなく逞しさまで伝わってくるので、どうにも気恥ずかしくなるのだが。


「そんな事までやって頂かなくとも大丈夫ですわ」


 それとなく牽制してみる。


「私は野営も経験しているから、これくらい何の問題もないんだよ」


「野営?」


 リヴィアは目を丸くした。皇子殿下が野営になんて行くものなだろうか。


「君って本当に私に興味ないんだね。私は軍務の一部を担っているんだよ。今も軍属だし、一兵卒であった時期もあるんだ。その頃は自炊もしていたし、洗濯だって自分でしていたよ」


 いや軍属の事は知っているし一兵卒から従事していた話も聞いている。だがどうせ皇子待遇で、その中身も如何ほどのものかと正直疑っていたので、意外だ。


 どう見てもキラキラした皇子のアーサーが自炊や洗濯など、下働きのような事をしてきたなどと。

 それに先程からなんとなく気になっていたが、厨房に入ってあれこれ立ち回っているリヴィアを見ても嫌な顔をしない。


 リヴィアは不思議な気持ちでアーサーを見上げた。


「軍務の一環でゼフラーダにも行った事あるしね」


「ふぐっ」


 包丁を持った手が滑る。急に妙な話題転換はやめて欲しい。


「危ないな。気をつけて」


 負担に抗議をあげる心臓を押さえ、リヴィアはアーサーを睨んだ。誰のせいだと思いを込めておく。


「私はイリス殿の事も知っているんだけどね。今向こうは大変みたいだね。アンジェラ嬢だっけ?どうなる事やら」


 優しげに瞬いていた瞳に意地悪な光が差し込んだ。相変わらず深く吸い込まれそうな海の色。思わずその中のものに興味を持ってしまいそうになり、慌てて顔を背けた。とりあえず話の内容が分からないので目の前の野菜に集中しようとすると、


「ああ……」


 思い出した、イリスとはリヴィアの元婚約者の名前だ。

 イリス・ゼフラーダ。そして確か恋人の名前はアンジェラ。そうだ。婚約破棄のあの手紙に書いてあった。


「思い出した?」


 思考の海で迷子になりかけていると、アーサーが問うような視線で見つめてくる。


「ええ、まあ……」


 でもそれが自分と何か関わりがあるのだろうか。今度はリヴィアが伺うように見つめ返した。


「ああー!リヴィアと王子様見つめあってるね!好きなの?」


「違います!」


 子どもたちのからかいに、つい反射的に答えアーサーから離れる。鏡を見なくとも自分の顔が熱を帯びるのを感じる。


「そうだね、違うみたいだね」


 隣でアーサーがクスクスと笑っている。

 自分は何故同じようにそつなく躱せないのか……何かを誤魔化すように頭を振っていると、アーサーの手が頬に伸びてリヴィアの顔を上向かせる。


「だってこんなに真っ赤になって。怒らせちゃったみたいだね、ごめんねリヴィア」


 もう自分の顔はトマトと同じ色になってしまっているだろう。

 顔を隠すように包丁を握り、何とか口の中で、大丈夫ですと答えた。それにしたって、どうして自分がこんな目に……免疫が無いのが悪いのか、免疫がっ。でもアーサーも悪いだろう、だって────


「……もう会わないって言ったのに」


 口の中で小さく呟くようだったけれと、つい恨みがましい声が出るのは仕方がない。

 ひと月経って、やっとアーサーの幻覚に惑わされなくなったのに、今日はまた夢に見そうだ。リヴィアは気を紛らわせるように息をひとつつく。


 気のせいかアーサーの口元が満足気に綻んだ気がした。




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