22. 慰問
アルウィズ地区にある孤児院。名前はそのまアルウィズ孤児院と呼ばれている。皇都にあるいくつかの孤児院の一つである。
リヴィアは慰問の時は何かしら準備をしてくるようにしているので、こうしていきなり来てもいいものかと、改めてリヴィアは自分を見下ろしては躊躇する。
「おい。さっさと行くぞ」
「エリック。淑女を置いていくものではないよ」
アーサーの呼びかけにもエリックは気にならないらしい。スタスタと先行してしまう。近衛が慌てて後から着いていく。
「エリック殿下、慰問の経験はあるのですか?」
リヴィアはエリックに問いかけた。
「これは慰問とは違うだろう」
追いかけるリヴィアにエリックは声だけで答える。それはそうだが……
さっさと門前まで進み、侍従に門を開けさせて入ろうとしている。その様子を後ろから見ていると、アーサーが後ろから腕を掴んできた。
「貴方は……エリックが子どもだからと、同じように振る舞わなくとも良いのですよ?」
ため息を吐くアーサーの横で赤毛の侍従は微妙な顔をしている。
エリックが馬車が止まると同時に飛び降りたものだから、驚いたリヴィアもそれに続いたのだ。伴の者に手も取らせずに馬車を飛び降りる女性など、皇城勤めの侍従も初めて見たのだろう。
ごく普通の反応だ……相変わらず表情ひとつ変えずに付き従う様は流石だが、醸し出す雰囲気が刺々しいので、当然のようにリヴィアの行動をはしたないと評しているようだ。
何だか恥ずかしくなってきた。
「そ、そうですね。失礼しました」
「怪我でもしたらどうするんです」
アーサーは、はあとため息をついた。
リヴィアが気まずい思いで視線を泳がせていると、厨房の方からカタリと音が聞こえた。
くるりと振り向けば、建物の影からひょこりと顔を出す小さな男の子が見えた。
「まあマルク」
思わず笑顔で歩み寄るリヴィアに、マルクと呼ばれた少年は破顔して駆け寄ってきた。年下の子の面倒を見ている年長の子たちも顔を出し、リヴィアを見つけては寄ってきた。
「王子様がいる!」
子どもたちといると、アーサーとエリックに気がついた子どもたちが興味津々に目を輝かせる。エリックは沢山の子どもに囲まれた事が無いのか、侍従の影に隠れてしまった。
「そうよ。王子様たちがあなた達に会いに来たのよ。後でお話を聞いてあげてね」
「あ、後だと?別に話なら今すればいいだろう」
「でも子どもたちはお昼の時間のようですから」
ドアが大きく開かれて、厨房から良い匂いが漂って来るのが分かる。
先程までサクサク先に進もうとしていたエリックは、今はわらわらと群がる子どもたちに戸惑っているようだ。
頑張って強がっているように見える……
だが流石に自分より小さい子どもからご飯を取り上げる事は出来ないらしく、リヴィアはいくらか安堵した。
が────
「あ!院長だ!」
急に響いたその声に今度は血の気が引く思いがした。
子どもたちが指差す方をゆっくり振り返ると、遠目にもわかる、眼鏡を掛けたボサボサ頭のだらしなさそうな男が、咥え煙草で歩いてくるのが見えた。
片腕には紙袋、もう片腕には服から溢れんばかりの肉感女性がぶら下がるように張り付いている。
「うえ……」
淑女どころか女性らしからぬ音が、口から留められずに転がり出る。
これは鉢合わせてしまう……用がある時にはいないくせに。何という引きの強さ。あの不幸宅配業者め。
「院長一週間振りだねー」
「おかえりー」
「一週間?!」
子どもたちの何気ない言葉に声が裏返る。
……っあんのクズがあ!
────遠くでシェリルの怒声が聞こえた気がする。そう、断じて自分のものではない……
流石にこの流れで院長を無視して皇族を院内に通そうとするのは難しそうだ。
ちらりと様子を窺うと、二人ともポカンとした様子で固まっている。対して侍従たちは不審者に対する警戒体制を取っていた。
……ですよね。リヴィアは諦めの境地で、一度空を仰いだ。




