20. 秀才
リヴィアは思わず口元を綻ばせた。なんとも気の強い子だ。だがエリックは次期皇太子であり、ゆくゆくは皇国皇帝となる。成る程、アスラン皇太子が心配する筈である。
リヴィアはチラリとウィリスを覗き見た。
「エリック殿下。人から学ぶ機会を自ら放棄するのは愚の骨頂ですわ。わたくしは優秀な魔道士の卵。そして平民が多いと揶揄される翡翠の塔所属で女の身ではありますが、白亜の塔や紅玉の塔に勤めるどの研究者よりよい導き手となりますわ」
にっこりと笑いかけるリヴィアにエリックは胡散臭そうな視線を投げる。
「自分で優秀だなんて主張されても何の説得力もないだろう。卵って、魔道士じゃあ無いんじゃないか」
鼻で笑うエリックにリヴィアは我が意を得たりと口角を上げた。
「確かにわたくしは魔道士ではありません。それはこの国における年齢制限に基づくもので、17歳のわたくしにはなりようも無いのです。それにわたくしが優秀な事は何より魔術院が証明してくれています。何故ならわたくしは毎年魔術院の試験を受験し、必ず首席で合格しているからです」
この言葉にはエリックは瞠目していたが、アーサーも虚を衝かれたようだった。
これこそ父のつけた最難関の条件。父は魔術院とリヴィアの雇用契約を認めなかったのだ。
つまり院に居続ける為には学士であり続けるしかない。
リヴィアは表向きは魔術院勤めになっているが、その実は違う。院内ではほぼ全員が知っているが、貴族界ではどうでもいい事のようで知る者は少ない。
しかし魔術院は皇族直下の組織である。これは如何にエリックとはいえど覆せまい。
因みに毎年合格するだけで父との約束は果たせているのだが、首席に拘るのはただのリヴィアの意地だ。
女だからと、貴族だからと言う理由はリヴィアを納得させない。
「エリック殿下、それでもわたくしでは不服でしょうか」
リヴィアは感情を込めず淡々と問う。エリックの瞳が迷うように揺れた。
「……僕は……」
エリックが眉根を寄せて答えあぐねていると、アーサーがさりげなく割り込んできた。
「ねえエリック。お前がリヴィア嬢を気に入らないのは分かったが、曲がりなりにも兄上が決めた家庭教師なのだろう?陛下にまでお付き合いいただいておきながら、お前の一存で決めてしまって本当にいいのか?」
問いかけにエリックが更に瞳を揺らす。リヴィアは意外な援護にそっとアーサーを窺い見た。
……もしかしたら何とかなるかもしれない。更にウィリスを窺うと試すような視線が送られている。三日月形の目の奥はどう見ても笑っておらず、視線が痛い。
あと何か一押しできる物はないか……
リヴィアは頭の中でうんうん唸り、何とか良案を模索する。これまでの会話から察するに、この皇子には挑発めいた発言の方が食いつきが良さそうだ。
よしと心の中でひとつ肯く。
「……では殿下。よろしければわたくしの生徒たちにお会いになってみませんか?」
「お前の生徒?」
僅かに目を見開いて、エリックは口をひき結んだ。
「殿下の仰る女の生徒とはどのような者たちか、ご覧になってみて下さい。それで殿下がそのようになりたくないと思われたなら、わたくしに殿下の教師など土台無理な話だったのです。ウィリス室長が改めて殿下に相応しい方を選んで下さるでしょう。そしてもし、殿下がわたくしの生徒になりたいと思われたのでしたら、あなた様の成長の一助となるべく、精一杯努力させていただきますわ」
にっこりと言い切ったリヴィアにエリックは声を上げて笑い出した。
「なるほどいいだろう。時間の無駄にならなければよいが。お前の生徒など、せいぜい平民の子どもたちだろうに!」
「あらご明察ですわね。楽しみにしていて下さいませ」
笑いかけるリヴィアにエリックはつかつかと近寄りその手を取って顔を近づけた。
「何を言っている?今から行くぞ」
「……え?今から……ですか?」
「当然だ、時間が惜しいからな。陛下、御前を失礼致します」
強い力で腕を引かれ身体を捻れば壇上が目に入り、思わずはっと息を呑む。言い合いに夢中になりすぎて、陛下と皇太子殿下の存在が意識から消えかけていたような……
「待て、エリック。私も行く」
今度は反対の手をアーサーに引かれ、リヴィアはちょうど真っ直ぐに立てた。何か組体操の扇みたいな形になっている……どうでもいいが。
「父上、申し訳ありませんが、私の謁見は後日にお願いします。可愛い甥を単身平民街へ向かわせるなど、叔父として見過ごせませんので。────それに、止めても今行きたいんだろう?」
問われるエリックは瞳を燃やして頷いている。
「アーサー!」
流石にアスランが止めに入るが、陛下が片手を上げてそれを制した。
「まあいい。わしの話はお前も察しての通りだ。あのくだらぬ噂が成就する事は無いと思え」
「……心得ておりますとも、陛下」
アーサーの目がどこか冷たく眇められる。
「じゃあ頑張ってねん。リヴィアちゃん」
どこか楽しそうなウィリスの声が、リヴィアを追いかけ耳に届いた。




