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19. 困った皇子様



 そこにあったあまりに眩しい光景に、リヴィアは目を眇めず笑みを作るのに苦労した。

 目の前には煌びやかな広間だけでなく、その存在が光り輝いている────これが皇族から発せられるという後光だろうか……。


 玉座には皇帝が座し、その横にアスランと美少年が立ち並んでいる。……恐らくこの子がエリック殿下だろう。

 女性の皇族はいないが、いたらきっと目を開けていられなかったに違いない。


 リヴィアは必死に口元に笑みを浮かべつつ、中央まで進み臣下の礼を取る(さま)を頭で繰り返した。すると突然前から動揺が伝わってきた。何か無作法でもあっただろうかと、驚きに進めていた足を止める。ウィリスもリヴィアの動きに合わせるように足を止めた。


「アーサー殿下!」


 入り口で呼び役をしていた近衛の慌てた声が聞こえる。


 リヴィアは思わず首を捻って入り口に目を向けた。扉から紳士の仮面を被ったアーサーが猛然とこちらへ歩いてくる。顔は綺麗な笑みをぺたりと貼り付けているが、どう見ても目は笑っていない。何事かと目を丸くしていると、戸惑いながらもウィリスが前に出てアーサーの進路を塞ぐように立った。


「アーサー殿下?」


「……アーサー?お前の謁見はこの後だが……火急の用か?」


 リヴィアも動揺する。

 なんだろう、今更こんなところで断罪されるのだろうか……。


 思わずひと月ほど前の心当たりが頭をよぎり、背中に冷や汗が流れた。

 アーサーの動向を固唾を呑んで見ていると、彼は優雅に膝を折り、皇帝に臣下の礼を執った。


「申し訳ありません。稀代の魔術師と呼ばれるウォレット・ウィリスの謁見に興味を持ちまして。恥ずかしながら我慢出来ずに飛び込んでしまいました」


「……お前が?……何を子どものような事を」


 ケロリと謝るアーサーに皇帝は一瞬戸惑うも、静かに嘆息した。

 リヴィアは内心安堵する。あれからひと月も経つのだ。リヴィアはあの夜の記憶に翻弄されて過ごしてきたが、アーサーにはあの程度の行為は日常茶飯事に違いない。

 考えてみれば自分の事などよく名前が出てきたなと感心する程なのだ。一人納得していると、アスランが苦笑して助け船を出してきた。


「まあいいじゃないですか陛下。アーサーにもいずれ紹介するつもりだったのです。このまま一緒に挨拶を済ませてしまいましょう」


「挨拶……?」


「リヴィア嬢のね」


 にこりと首を傾げる兄の顔を見たアーサーは、そのまま訝しむような視線をリヴィアに向けた。

 はっと我に返り、リヴィアは慌てて臣下の礼を執った。


「リカルド・エルトナが長子、リヴィア・エルトナです。皇帝陛下、お初にお目に掛かります」


「ああ、リカルドの娘。話は聞いている。オリビアに似て賢いらしいな。エリックの家庭教師の件、期待している」


 リヴィアが深く頭を下げると、横から呆然としたアーサーの声が聞こえてきた。


「家庭教師だと?君がエリックの……?」


 口元に笑みを刷いて肯定すると、アーサーは今度は瞠目して壇上のエリックに顔を向けた。

 そこには愛らしい美少年。栗色のサラサラした髪は肩の上で切り揃えられており、瞳は澄んだ海の色だ。歳は確か12歳だった筈。少女と間違われんばかりの美形だが、その口元は引き結ばれており、眉はぎゅっと寄せられている。


「僕は……女の家庭教師など嫌です」


 リヴィアは目を丸くした。


「エリック!」


 叱りつけるアスランを睨みつけ、エリックは声を張った。


「ウィリス氏の教育が受けられると聞いて喜んでいたのに!女の!しかも平民ではないのですか?こんな格好で玉座まで来るなんて!それが僕に何を教えられると言うんです!」


 ……な、なる程。こういう事か。思わず膝を打ちそうになる。

 どうやら全く歓迎されてないようだが、じゃあいいですと言って帰ったら後から怒られるんだろうな。なんて若干やさぐれた気持ちになる。

 リヴィアの頭に笑顔のウィリスがクビと言い渡す絵が浮かぶ。いやいやそんな。ウィリス研究室に自分以上に熱心な魔術バカはいない。

 しかし先程の馬車でのやりとりを思い出すと、師ならやりかねないという不安が背中を走る。


 リヴィアは怒りに目を燃やすエリックを負けじと見つめ返した。クビは困る。なんとしても認めさせなければ。

 内心で呼吸を整え、なるべく笑顔で話しかけた。


「エリック殿下。どうぞわたくしの事は女と思わないで下さいませ」


 今後はエリックが目を丸くした。


「馬鹿を言うな!お前は女にしか見えないだろう!」


「殿下は男性の家庭教師に習いたいのですか?それともウィリス室長ですか?」


「ウィリスに決まっている!僕は優秀じゃない家庭教師なんて認めない!」


「それならば男女は関係ありませんし、確かにウィリス室長は天才ですが、優秀な家庭教師とは限りませんわ」


 にっこり笑うリヴィアにウィリスが首肯した。


「ええ……私は生徒を持った事がありません。研究室にいる教え子たちは家庭教師の生徒とは違い、自分で勝手に学んでいきますからね」


「……なら僕は魔術史の家庭教師はいらない。独学で充分だ」

 

 エリックはぷいと横を向いた。



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