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15. 皇太子殿下の頼み事



 前言撤回。


 リヴィアは走り行く馬車の中、青くなる顔を目の前のウィリスに向けていた。

 当のウィリスは窓枠に肘を掛け、悠然と外を眺めている。

 あれからウィリスと執務室に行き、事の詳細を聞く事になったのだが、リヴィアの作業部屋を出る時、シェリルが「なんでそう簡単に余計な一言言っちゃうかなあ」と頭を抱えているのが見えた。あの時は、レストル相手じゃあるまいし心配しすぎだと笑い飛ばしたものだが、ウィリスの執務室に着いた時には、すぐに自分の発言を後悔した。


「こんにちは、リヴィア嬢久しぶり」


 にっこり笑って手を振っているのは、アスラン・カーティエ・ミククラーネ。この国の皇太子殿下だった。


「こ、皇太子殿下におかれましては……っ」


 慌てて淑女の礼を執るリヴィアの肩に、ウィリスがぽんと手を置いた。


「あらあらリヴィアちゃんたら、忘れちゃったのん?ここではそんな挨拶はいらないのよん」


 そ、そうは言われても。


「その通りだよ、リヴィア嬢。元気だったかな?」


「……はい」


 リヴィアは伏せた目をゆっくりと上げ、そっと微笑んだ。


 アスランは34歳のこの国の皇太子だ。

 幼い頃からの婚約者とは既に結婚しており、一男一女に恵まれ、今も皇太子妃はご懐妊中と夫婦仲も良好でいる。

 五年前に立太子を済ませてから、着々と皇帝への道を歩んでおり、現陛下の退任も近いと噂されている。

 腰程まで長さのある淡い金髪を藍色のリボンで結び、深い海色の瞳は穏やかに細められている。

 色合いは似ているのだな。と思い、その比較対象を慌てて頭から追い払う。


 先程ウィリスが口にした「ここでは」ルールは、ウィリス研究室のマイルールである。

 曰く、皇城ではそのルールに従うのと同じく、平民が数多く働くここでは貴族への非礼は認めない。

 ウィリスの研究室には高貴な身分の人たちが多く訪れるので、面倒臭くなったのだそうだ。

 これは、以前ウィリスが魔術を自動的に起動させ、点灯させる────「外灯」を発明した際に賜った褒賞である。

 城下街の夜の治安を向上させた事、対諸外国に対する交易及び友好な国交関係において多大な国益を上げたとして。言わば皇帝の勅命に値するものだ。

 

 普通はお金とか地位とかを望みそうなものだが、お金に関しては、もう呆れるくらいに稼いでいるし、そもそもウィリスは元貴族だ。嫌になって平民になったのに、今更そんなもの欲しくないらしい。

 本人が口止めしているようで詳しくは知らないが、高位貴族の末っ子だったらしいとか言う話は知っている。普通そういう場合は他家に婿入りしたり、騎士になったり文官になる道を選ぶものだが、ウィリスは魔術院勤めの研究者になってしまった。

 しかもほぼ平民で構成される翡翠の塔である。それが元で父親と決別し、もう家名も無い平民だと、誰かが話しているのを聞いた。

 

 貴族でありながら魔術院試験を受けて入ってきたリヴィアに興味を持って声を掛けてきたのも、そんな理由があるのかもしれない。


「以前君が作ってくれた子供用のおもちゃ、エリンもエルザもとても喜んでいたよ。ありがとう。ああ、そんなところに立っていないで掛けてくれるかい?」


 エリンは皇女殿下。エルザは皇太子妃の名前だ。

 にっこりと笑いながら、向かいのソファを指し示すアスランに頷き、ウィリスは言われた通りソファに腰掛けた。リヴィアもその隣に並ぶ。


「お二人共ご健勝であらせられますか?」


「勿論だよ。君に会いたいって私を責めるくらいにね。そう言えばこうして向かい合うのは初めてだね」


「……はい」


 そうなのだ、皇太子殿下にお茶出しなんて無理!と叫ぶシェリルに代わり、アスランへのお茶の配膳はリヴィアがやっている。デビュタントすらしていないリヴィアだが、皇族のアスランにだけには、まあまあ会っているのだから不思議なものだ。


「アスラン殿下から追加で御用を頼まれ事されちゃったんだけどねん。いくらアタシでも並行して進められる程要領よく出来そうに無いからあ」


 片目をパチリとウインクしてくるウィリスにリヴィアは何となく嫌な予感を覚えて、そっとアスランを窺う。


「私も良案だと思ったからね。早速君に会いに来たんだよ」


 ニコニコ笑う二人を交互に見ながら、リヴィアは一応聞いてみる。


「あの、お話が見えないのですが……」


 遠慮がちに話すリヴィアにアスランがぱちくりと目を瞬かせた。


「話してないのかい?ウォレット」


「ここで話す予定でしたわん。リヴィアちゃん子どもの面倒見るの得意よねん?」


「え?あの……子どもは……好きではありますが……」


 孤児院通いの賜物というか、子どもの相手は得意な方だ。リヴィアの場合、社交を禁じられているので、大事な他者との交流の一環でもあるのだが。


「この間のおもちゃ……あれは実はエリンやエルザだけでなく、家庭教師にも好評だったんだよ。頭を使う知育玩具だって」


「それにシェリルちゃんを魔術院に合格させた実績も持ってるでしょん」


「わ、わたしくが何を?」


「つまり、うちの子の勉強を見て欲しいんだよ」


「家庭教師ねん」


「わ、わたくしが皇女殿下の家庭教師??」


 流石に面食らう。光栄を通り越して光に焼き殺されそうである。


「違う違う。エリック皇子殿下のよん」


「え?えええ?」



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