14. 変人室長
ただ、放っておきすぎると、子どもやシスターに弊害が出る。子どもたちが不良にでもなったらとんでもない。
その為、魔道具の試作品を試して欲しいだの、お菓子の差し入れだのと頻繁に顔を出しているのだ。
お金を渡すとろくな事にならない事は既に経験済みで、以前魔術院からの収入を個人的に孤児院に寄付していたら、あっさり使いこまれていて絶句した。
お金に敏感なシェリルがすぐ気づき、本人を問い詰めたところ、増やそうと思ったら減ってたとケロリと返され脱力した。本来なら殴るべきだったのだろうが。
父や教会に告げ口をするのは簡単だ。
だが何故か子どもたちに慕われている彼を追い詰めるのは気が引けるのだ。(守銭奴のシェリルの目は常に冷たいが)
仕方なくリヴィアは個人的な援助を止め、父にエルトナ家からの援助額を引き上げさせた。そのかわりお金の流れが判るように出納を整理し、伯爵家に提出するように仕向けた。
「面倒くせえけどリヴィアは賢いなあ」とヘラヘラと感心している顔面には、やはり拳を叩きつけるべきだったろうか。
孤児院の人事は教会が管理しており、特に理由がなければ変わらず、最長十年と決まっている。現院長が就任して四年。少なくともあと六年はいるのだ。しっかりと見張らないといけない。
「まあ、私もどちらかと言うとそうだけど、それより子どもたちに会いたいわ」
そう言うとシェリルが眉を下げ、困ったような顔をした。
「本当にリヴィアさんはお人好しですね。あとはもう少し女性らしさを強調したらいいのに、勿体無い。世の男は見る目がないんですから、飾り立てた容姿しか見えなくて気づきもしないんですよ。ついでに言うとゼフラーダの間抜け男は肥溜にでも落ちたらいいんですけどね」
そのもの言いに思わず吹き出すしながら、くすくすと答える。
「ありがとう、愛を感じるわ。私もシェリルが大好きよ」
シェリルはふいと赤らめた顔を背け、そういえばとつぶやいた。
「後ほどウィリス室長がご用があるとかで、お時間を空けておいて欲しいとおっしゃっていました」
「あら、室長随分お久しぶりだわ。皇太子殿下のご用向きはお済みになったのかしらね」
「あれはまだ掛かりそうですけどね。最近のリヴィアさんの噂が耳に入ったんじゃないですか?」
「……ああ、婚約破棄の事ね。確かに室長にはお話した方がいいわよね」
多少げんなりするが、仕方ない。
「午後になったら訪ねてみようかしら」
「あら、その必要はないわよん」
背後から聞こえる陽気な声にシェリルと共に飛び上がる。
「し、室長?!後ろからいきなり声を掛けないでください!いえ、それより部屋に入る時はまずノックです!」
「……」
どの口が、と思わずシェリルに胡乱な目を向けつつ、ウィリスには、そうですわと告げる。当のウィリスは来ちゃった。と可愛らしく首を傾けている。
「だって部屋のドアが開いてたんだもの」
「はいはい」
シェリルが諦めたようにあしらっているが、初見ではこの室長を目の当たりにし、目をむいて驚いていた。
40歳間近とは思えない若々しい体躯。その上には少し癖のある見事な赤毛に、精悍な顔立ちの小さな頭が乗っている。すらりと背も高いので、果たして何頭身あるのか、まごう事なき美丈夫である。
年齢だってどう見ても20代後半にしか見えない。なのに……
「ねえ、リヴィアちゃん今日ちょっと時間あるぅ?」
仕草も口調も女性なのだ。
「モチロンデス」
久しぶりに残念なものを見た気分である。
「そう?何だか元気が無さそうに見えるけど。やっぱり婚約破棄はダメージ大きかったのかしら?どんまいよ、リヴィアちゃん。世の中見る目の無い男の方が多いんだからぁ」
とは言えこの師匠は優しい。リヴィアはにこりと笑ってみせた。
「大丈夫ですってば。師匠のご用って何ですか?私に手伝える事なら喜んで」
その言葉にウィリスもにっこりと花咲く笑顔を返したのだった。




