12. いやがらせ
三ヶ月後に二人が結婚してからは、元々第二皇子殿下狙いの令嬢は喜び、イスタヴェン子爵狙いの令嬢は憤慨した。
彼もまた貴族令嬢にとっては優良な結婚相手だったのだから。
一連の騒動を聞いている最中も、リヴィアは噂の絶えないご令嬢だなと思っては研究と魔道具に向き合っていた。
そういえばレストルは、恋愛はその人たちにしか分からないものなんだけどね。と、珍しい独り言をこぼしていた。今思えばレストルはイスタヴェン子爵と入れ替わるようにアーサーの侍従となっていたから、騒動にも対処していたのかもしれない。我が従兄ながらなんとも得体の知れない存在である。
サララの方は他の候補者と無事に良縁を結んで婚約者となり、今は結婚に向け幸せな日々を送っている。
「イスタヴェン子爵は素敵な方だったけど、私には無理だったと思うわ。きっとライラ様だからあの方の心を射止められたのね」
小首を傾げて話す様子はなんとも愛らしい。サララが幸せならばリヴィアには何も問題は無い。そうしてリヴィアの周囲は粛々と日常へと戻って行ったのだった。
◇ ◇ ◇
「そう……結婚の事は分からないけれど、元気が無いのは心配ね」
魔術院長であるフェルジェス侯爵の顔が浮かぶ。彼はよくウィリスに絡んでいた。そして娘が婚約した頃からは、目に見えて元気が無かったようだ。
それにしても、普通結婚後に実父に頻繁に会うのは婚家に良い印象を与えないものだ。
ライラは高い魔術の素養を持っているので、魔術院から要請でもしているのかもしれないが。
イスタヴェン子爵領は遠い。ゼフラーダ辺境伯領よりも皇都から掛かる。ただ二つの領は隣接していて、古くから交流があるらしい。
リヴィアがそれを知っているのは、元婚約者の手紙に書いてあった事が気になり、領地の位置をわざわざ地図で確認したからだ。
僅かな魔術の素養しか無いのに魔術院に通わざるを得ない可哀想な伯爵令嬢────
それでリヴィアは思い至ってしまった。いつも自分を哀れむあの令嬢に。元婚約者がリヴィアを調べたのだとしたら、そんな言葉が出てくるだろうか。
リヴィアの思い込みかもしれない。けれど先日の夜会でユリアーナ嬢が口にした言葉で、疑念は更に深まった。そういえば彼女はライラの取り巻きの一人だったなと。
別にリヴィアは結婚したかった訳ではない。でも他者に貶めるような物言いをされて、何とも思わない神経を持ち合わせてもいない。
ただ可哀想だと勝手に哀れまれているのだと思っていたが、どうやら随分と嫌われていたようだ……。リヴィアはまたため息をついた。
「……まあ、結婚後はその家で学ばないといけない事も多いでしょうし。貴族の方は格式張って大変そうですよね。今までと同じようにはいられないのでしょうねえ」
「……そうね。元気がないなら師長様もきっとご心配でしょうけれど、そうとも限らないでしょう」
冷えた気持ちで受け答えをするものの、顔見知りであるライラの不幸を望む訳ではない。それに体調が悪そうというのなら懐妊という事も考えられるが……リヴィアは思わず顔を顰める。
貴族だけでなく、跡取り────子どもは、どこも望まれるものだ。女は子どもを産むのが当たり前で、出来なければ責められる。ライラは、もしかしたらそんな苦境に立たされているのかもしれないと嫌な気持ちになる。そもそもと、ついリヴィアは思ってしまう。
……母は、何故リヴィアを産んだのだろう……。
あの父なのだ。政略結婚をした以上、子どもも望むだろう。だけど、一女性のリヴィアから見ると、何故とも歯痒くて仕方がない。一応リヴィアも最低限の閨教育も受けているから。
そしてそんな嫌悪感の中、産まれたのが自分なのだと考えると憂鬱になる。
リヴィアは首を一つ振って嫌な考えを振り払う。
別に子どもが嫌いな訳ではないのだ。ただ望まれなかった子どもであるリヴィアには、その手の話に抵抗があるというだけで。
どうにも自分と重なった部分でものを見てしまう……ライラの事は全く関係ないというのに……。
頭を振って気を取り直すと、シェリルがにこりと微笑んだ。
「まあ、私は働きますよー。将来結婚するしないに関わらず、お金があれば大抵の事はなんとかなりますからね!」
「……」
いいのかそれでと思うべきか、育て方を間違えたと思うべきか、確かに正しくもあるのだが……どこか達観したような物言いである。でもまあいいか。
黙っていればただただ愛らしい少女は、どうやらすっかり逞しく育ったようだ。




