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番外編 貴族の結婚 8 ー妻に、妻と、ー


 既に日がとっぷりと暮れており、外は藍色の空に覆われている。散りばめられた星が瞬き、澄んだ空気が感じられた。

 塔の先端をぐるりと囲むような小さな空間で、景色に溶け込むように佇むひときわ濃い影に、リカルドはそっと歩み寄った。


「オリビア」


 影がぴくりと反応する。


「君の不貞など疑っていない。傷つけるような事を言ってすまなかった。私は……嫉妬したんだ。ウィリス氏に叱られた」


 驚いて振り向くオリビアの頬には涙の跡が筋になって残っていた。


「もう少し近くに行ってもいいだろうか」


 恐る恐る首肯する妻にリカルドは少し近づいた。


「そんな資格は無い事は分かっている。出会った時から私は君に八つ当たりをしてしまっていたから。本当に最低だった。この通りだ」


 深く頭を下げるリカルドに、オリビアが息を呑む声が聞こえた。


「私は……ただ、君の事が知りたいんだ。今更なのはわかっている。けれど、君が笑うところを見て私は今まで何をしていたのだろうと……自分に苛立ったんだ。それさえも君にぶつけてしまった。真摯に振る舞えば良かったのに素直になれず、君の居場所を奪っておきながら、魔術院でばかり過ごす君を許せないと思ってしまった……本当は君と過ごす時間が欲しいだけなのに……言えなくて……」


 話しているとどんどん恥ずかしくなってくる。

 けれど言わないと駄目だ。ウォレットは自分の全てを投げ打って妻を引き止めていた。


 自分は何もせず、格好つけて勝手に怒って当たり散らして……執事に子ども扱いされる筈だ。そちらの方がずっと恥ずかしい事ではなかろうか。


 顔を上げ、まっすぐに妻の顔を見据える。


「私は君とちゃんと夫婦として向き合いたい」


 闇に慣れた目に妻の涙が再び溢れるのが見える。


「私は……貴族女性なのに労働をしていて、あなたを醜聞に巻き込んでしまいます」


「私は貴族だろうと女性だろうと就労を否定しない」


「……でも……」


「私はそのように言っただろうか?」


 顔を俯けるオリビアにリカルドは慎重に口を開いた。


「君がどう思っているのか知りたい」


 オリビアはゆっくり顔を上げてリカルドと目を合わせた。


「私は、ずっと……あなたの事が好きでした」


 リカルドは、はっと息を呑んだ。


「だから……あなたに他に好きな人がいると知っていながら、卑しくも妻になれると浮かれて……」


 そう言ってまたぼろぼろと涙を溢れさせた。


「オリビア……」


 指先が震えるのが分かる。好きだと、ずっとそうだったと言う言葉に心が攫われてしまったようだ。


「以前に、愛した人はいないと言っただろう。彼女は友人で、それ以上でも以下でも無い。信じて……欲しい」


 ごくりと喉を鳴らして一歩一歩踏みしめながら近づいていく。逃げないか、怯えさせないだろうかと心臓がどくどくと跳ねた。

 頬を伝うオリビアの涙を指先でそっと拭い、今までで一番近くで見る妻の顔に胸が高鳴った。


「君と、夫婦になりたい」


 綺麗な湖水のような瞳が見開かれ、また涙が溢れた。


「何よりも君に誓うよ。素晴らしい夫になる事を」


「……っはい、はい。旦那様」


 嬉しそうに口元を綻ばせる妻を、リカルドは初めて抱きしめた。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、妻からの置き手紙に半月ほど出掛けてくると書かれているのを見た時は、何でだ!? と、絶叫した。


 ◇ ◇ ◇


「ゼフラーダに一人で行くなんて、何を考えているんだ」


 半月後、戻ってきた妻を座らせリカルドは懇々と説教をした。

 オリビアは首を竦めて唇を尖らせている。


「私なりのけじめです。私、ディアナ姫さまに負けないくらい綺麗になります! 旦那様の一番に頑張ってなってみせます!」


 それを聞いて面映くなったリカルドは、誤魔化すようにオリビアの横に腰を下ろした。


「お互い努力すればいい。私も君の一番になりたいのだから」


「旦那様はとっくに私の唯一なのですが……」


「ウィリス氏よりもか?」


 嬉しい筈なのについ探りを入れてしまう。自分は早くも拗らせているようだ。

 その言葉にオリビアはきょとんとした顔をした。


「ウォレットが何かしましたか?」


 ああこれか。リカルドは微妙な気持ちになる。ウォレットが指摘した、お互いを勘違いしているという、自分たちの共通点。

 それにしても……


「君はウィリス氏の事は名前で呼ぶんだな。私の事もそうして欲しい」


 その言葉にオリビアはぐっと言葉を詰まらせて視線をうろうろと彷徨わせた。


「はい……リカルド様……」


 素直な言葉が嬉しくて、思わず声を上げて笑った。


 婚約期間を含めてまだ四か月しか経っていない。焦らなくてもこれからずっと一緒だ。

 白い手をそっと取り、指を絡ませて手を繋ぐ。

 未来に向けて、この人と夫婦として歩んでいくと、胸に誓って。


読んでいた皆様、長い間お付き合い頂き、本当にありがとうございました!

これにて本作は完結となります。


実は最初に考えたのが、親二人の話だったので、こうして書けて嬉しく思います。

よく小説である設定の、◯◯の親は貴族では珍しい恋愛結婚で〜とか、それで再婚せず今でも片親で〜とかいう話に興味かあったんです。そこ、詳しく!と掘り下げたらこんな感じになりました。

本編含め、少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。


明日から別の作品をアップしていきますので、もし興味を持てそうな内容でしたら、またお越し頂けると嬉しいです。

それでは〜ヽ(*^ω^*)ノ

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