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──翌日
リードから早速知らせが入った。その内容にグレアムは目を瞠った。
「精霊が現れた……だと?」
グレアムが眉間に皺を寄せる。昨夜のリードの話ではこの50年間精霊はリードの一族の前に姿を現していない。それが昨夜突然現れたのだと言う。
──やはり、《嘆きの森》の霧が晴れた事、あの子供が現れた事と関係があるのやもしれん。
「はい。リード様からその様に連絡が入りました。詳しい内容は此方にいらしてからの方が良いと言う事です」
「そうか。確かにその方が良いであろうな」
リードは先触れを出してから直ぐにでもランドルフ邸を訪問する予定だそうだ。なのでグレアムはリードの到着を待つ事にした。
──それよりも今現在気になるのはオーウェンの方だ。昨夜はまだオーウェンと連絡がついていなかった筈だ。
「ケヴィン。ところで、オーウェンとは連絡は取れたか?」
グレアムが尋ねると「それが……」とケヴィンは言葉を濁す。
「どうにも重篤な様です」
「重篤? 何時からだ」
「1週間前からです。丁度、グレアム様達が《嘆きの森》に派遣された頃から悪化したようです」
ケヴィンの報告にグレアムは益々眉間の皺を深くする。グレアムにとっては昨日まで元気に過ごしている様に見えたのだ。それが突然重篤な状態などと言われても全くと言っていいほど実感が湧かない。
──今までいたオーウェンは一体何だったのだ。
ケヴィンによるとオーウェンはやはり流行り病に罹っていた様だ。しかし、現在は初期の状態ならば投薬をすれば、抑えられただろう。何故そうしなかったのか疑問は残る。
「オーウェンの家族は流行り病である事を隠していたのか? こういった病は隠さず報告する必要があるというのに」
「風評被害を恐れての行動でしょうか? 確か昨年、4番目のお子を亡くされていました」
「ならば尚更治療するのでは無いか? 決して貧しい訳では無いだろう」
「オーウェン様は妾腹の子供ですので、それが関係しているのかもしれません」
グレアムは考え込む。
──だとしても、妙だ。他に何か理由があるのであろうか。
グレアムは溜息を吐いた。
そうこうしている内にリードが到着したとの知らせが入った。
「先にお伝えした通り、昨夜、精霊様がリード子爵──私の父の前に現れたそうです」
「で、精霊は何と申していた?」
グレアムが先を促す。リードによると昨夜の出来事はこうだ。
子爵──リードの父が執務室で仕事をしていると、突然窓が開いた。
『何者だ?』
驚いた子爵が警戒した様子で窓を見ると、そこには美しい御仁が立っている。
『何じゃ、また赤毛の長が代わったのか? 相変わらず人の移り変わりは早いのう。妾の事が分からんか?』
呆然とする子爵に呆れたように美しい御仁が問う。
『もしや、精霊様ですか?』
『如何にも。妾は永らく眠っていたようだな。しかし妾は眠りから覚めた。忌々しきものを排除する故、原因となった子供を森に連れて来い』
そう告げるといなくなっていたそうだ。子爵は慌てて、家族を呼び寄せ子供を探す様に命じたそうだ。
「随分と一方的だな。子供……とは、やはりあのナナシの事か?」
「他にいませんし、そうでしょう」
「忌々しきものとは一体なんであろう?」
「そちらについては分かりかねます」
「もしや、オーウェン様に憑いているという悪魔の事かもしれません」
ケヴィンがそう言うとリードは難しい顔をして首を傾げた。
「……悪魔が憑いていると確定した訳ではありません」
「ですが、病にも関わらず姿を現すなど、悪魔の仕業だとしか考えられません」
「ケヴィン。その件は、一度騎士団の精霊使いを連れてオーウェン宅を訪れてからでも良かろう。しかし、此れで分かった事もある。精霊が長年現れなかったのは眠っていたからで、その原因があの子供だ」
「ええ、それは確実です」
「だが、だからと言ってナナシを精霊に渡して大丈夫だろうか?」
「精霊様がどういうつもりか分からないので何とも。無闇やたらと無下な事をする方ではないという事ですが、ナナシはリードの一族ではありませんし、保証は出来ません」
リードは言葉を濁した。
「どちらにせよ、我等はもう一度《嘆きの森》に行かねばならぬ。早急に準備しよう」
◇◇◇
「──あれは夢だったのかな?」
まだ早い内から目を覚ましたナナシがぼんやりとしながら部屋で首を傾げているとノック音が聞こえた。ナナシが返事をすると
「起きていらっしゃいましたか」
昨日のメイドがにこやかに笑う。グレアムが呼んでいると聞かされ、素早く準備を整えると昨夜同様応接間に通された。
「やあ、お早う」
応接間にやって来ると昨夜に引き続き見知った赤毛の男──リードがいる事にナナシは驚いた。
「おはようございます。リードさん。あの……、何かあったんですか?」
「まあね」
困った風に答えるリードは何処か疲れていた。
──昨夜遅くに帰ってから、また早朝から来たのだろうか。
「早速だが、出来る限り早く《嘆きの森》に行く。貴様も付いて来い」
「隊長、説明が抜けてます。ナナシだって詳しい話が知りたいでしょう」
リードが苦笑する。グレアムは随分と気が急いているらしい。
「何があったんですか?」
何を焦っているか分からないと言った様子のナナシが尋ねる。
「昨夜、精霊様が現れた」
リードが掻い摘んで昨夜あった出来事を話してくれた。
「昨夜ですか……」
「どうかしたのかい?」
いえ、とナナシは首を左右に振った。
──あの人が、もしかして精霊様なの? あれはもしかして夢では無かったの?
昨夜の美しい人が脳裏に浮かぶ。誰もが見惚れる美貌。自分を探していたと言う。
──昨夜、現れた時に連れていけば良かったのに、何故そうしなかったのだろう?
内心疑問を浮かべながら、ナナシはオーウェンの事がふと頭を過ぎった。
「あの、ところでオーウェンさんは?」
昨日は結局連絡が無かった様だ。
「重篤な状態である。薬を持って訪ねる予定だが、お前はどうする」
グレアムに尋ねられ、ナナシは「行く」と言いかけて止める。
「行っても良いのでしょうか?」
ナナシが尋ねると、グレアムとリードは顔を見合わせた。ケヴィンの話ではオーウェンには悪魔が憑いており、その悪魔がナナシを狙っているという。
──迷惑にならないだろうか?
とナナシは思ったのだが、グレアム達は違ったらしい。
「いいや、寧ろ来て欲しい。ケヴィンの言うように、オーウェンが悪魔憑きか、その悪魔はナナシを狙っているのかを確認せねばならん。その為に騎士団に所属する精霊使いは伴っていく。まあ、無理強いはせんが」
その為の確認だったらしい。選択肢をくれたのは彼なりの良心からだろう。ケヴィンの言ったことを丸々信じている訳では無いらしい。
「ナナシには精霊様にもあって貰わなければならないしね。俺達も付いているから心配しなくていいよ」
リードに言われ、ナナシは内心ホッとする。
「行きます」
ナナシは決意を固めた。
──もしかすると、記憶が戻るかもしれないし!