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嘆きの森から  作者: 空色
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 ◇◇◇


 ──翌日。


 ナナシとオーウェンは町に来ていた。本日、オーウェン含む先遣隊の隊員達は皆非番である。目的は勿論、ナナシの生活用品を揃える為だ。


「うわぁ」


 瞳をキラキラと輝かせながら、ナナシが感嘆の声を上げた。

 あまりの人の多さに驚いている。森から帰る際も町を通ったが、ゆっくり町を見る事も出来無かった為、驚きは新鮮だ。


「いくつか店は選んであるから、必要なものを買いに行こう。時間があれば、気になる店をゆっくり見てみよう。何か思い出せるかもしれないよ」 


 オーウェンがにっこり微笑んだ。


「はい!」


 ナナシは嬉しくなって元気よく返事をした。

 それから、何軒か店を周り必要なものを買い揃えた。店は全てオーウェンが選んでくれているらしいが、ナナシぐらいの子供が好きそうな店ばかりだ。


「買い物は楽しいかい?」

「うん! 楽しい! もしかして、オーウェンって年の離れた兄弟とかいたりします?」


 ナナシが尋ねるとオーウェンの顔が一瞬陰った。


「いたよ。ナナシと同い年位の弟がいたんだ。でも、去年の流行り病で儚くなってしまってね。あっという間だった。少し前まで元気に遊んでたのに……ナナシに話す事じゃないね」 


 オーウェンは苦笑する。


 ──流行り病。


 これだ。とナナシは思った。ナナシの中で引っかかるモノがある。とても大事な事の様に思える()()


「ねえ、()()()()ってどんな病気だったんですか? 覚えてないから教えて欲しいんです。何か思い出せるかもしれないし……」


 途中まで言って、ナナシは話しを止めた。ゾッと肌が泡立つのを感じたからだ。不安になりオーウェンを見上げる。その時見上げたオーウェンの顔は、何故か酷く肌寒いものに感じた。




 ◇◇◇




「──この紋様何処かで見たような気がするのだがな」


 綺麗に洗われた靴底に描かれていた模様を書き写した物を見ながら隊長は呟いた。恐らくあのランプに描かれていたのも同じ物だろう。貴族の子息だとしても、隊長の知っている紋様ではない。


 ──他国のものか?


 コンコンと書斎の扉を叩く音がした。


「失礼いたします。グレアム様少しお休みになられては如何ですか?」


 そう言って老齢の執事が入ってきた。年の割に背筋はピシリと伸びていて動きもしなやかだ。


「ケヴィン、もう昼過ぎか? 気付かなかった」

「ご無理はいけません。ご帰還されたばかりなのですから。……本当に無事で良かった。一週間も帰らぬので大旦那様、大奥様も随分気を揉んでおられましたよ」

「すまぬ。心配をかけたな」


 ケヴィンと呼ばれた執事は微笑んだ。ふと、隊長ことグレアムの頭にある考えが浮かんだ。


「ちょうど良かった。お前に見てもらいたいものがあるのだが良いか?」

「はい。私で良ければ」


 グレアムは小首を傾げるケヴィンに紋様が描かれた紙を渡した。するとケヴィンの顔色がみるみる変わっていく。


「グレアム様これを何処で……、一体どこで見つけたのですか!?」

「《嘆きの森》だ。お前は此れが何か知っておるのか?」

「《嘆きの森》。ああ、やはり、あの森に()()()が……」


 ケヴィンは目に涙を浮かべている。グレアムの声など届いていないようだ。


「あの方とは誰の、何のことだ。ケヴィン」


 グレアムが強い調子でケヴィンに尋ねると、ケヴィンははっとする。


「申し訳御座いません。取り乱しました」

「構わぬ。訳を申せ」


 彼らしからぬ様子に、グレアムは戸惑いながらも尋ねた。


「訳を話す前に、此れを見つけた経緯をお教え下さいませんか」


 グレアムは森であった事をざっくりとケヴィンに話した。勿論、遺跡に関しては極秘なので話してはいない。ケヴィンは少し考えてから口を開いた。


「無理を承知でお願い申し上げます。是非その子供に合わせては頂けないでしょうか」

「何故だ?」

「確かめたいのでございます」


「うむ……」とグレアムは腕を組んで思案する。ケヴィンはグレアムが幼い頃から侯爵家に仕える使用人だ。仕事も真面目で、代々侯爵家に仕える優秀な執事である。彼が侯爵家に不都合な事をするとも思えない。それにあの子供の出自がわかるならば、話しても良いのではないかとも思える。


「──良いだろう」


 暫く考えてから、そう言うとケヴィンがほっとした表情をする。

 今日はオーウェンと共に町で買い物をしているらしい。今から馬車で向かえば直ぐに見つける事ができるかも知れない。


「ケヴィン馬車の用意を」

「畏まりました。直ぐに用意致します」



 ◇◇◇



「どうかしたかな?」


 優しくオーウェンがナナシに話しかけるが、ナナシは浮かない顔だ。


「もしかして、少し疲れたかな?」

「そう、みたいです」


 ナナシとオーウェンは先程からこのやり取りを繰り返している。


 ──何だったんだろ。


 ナナシはあの肌の泡立つ様な嫌な感じが忘れられず戸惑っていた。


 ──オーウェンさんはいい人だよね?


 《嘆きの森》で記憶を失くしていたナナシに良くしてくれている人だ。いい人だと思いたい。


「ナナシ」

「あっ、はい!」


 オーウェンに呼ばれ、ナナシが慌てて返事をする。オーウェンは苦笑するだけで、特におかしな所は無い。


「疲れちゃったよね。あの店で休もうか」


 そう言ってオーウェンが少し先のカフェを指さす。そこにはこじんまりとした店があった。オーウェンに促されて店に入ろうとした時、二人の側を馬車が通り過ぎて少し先で止まった。馬車の窓から顔を覗かせた男に、ナナシが露骨に嫌な顔をすると、男も顔を顰める。


「隊長?」

「お前達も乗れ」


 グレアムに言われるがまま、二人は馬車に乗り込んだ。


「隊長、どちらへ向かわれるのですか?」


 オーウェンが尋ねる。オーウェンも突然の事で酷く戸惑っている様だ。


「我が屋敷だ」


 グレアムは一言言うと黙り込んでしまった。気まずい沈黙の中馬車は走り出していた。ナナシとオーウェンのいた場所は貴族街から比較近い場所だったらしく、思いの外早くグレアムの屋敷に着いてしまった。

 ナナシ達が馬車を降りてグレアムの後に続いて屋敷に入るとと入口の前に老齢の男が立っている。男はお仕着せを着ているのでこの家の使用人だろう。ただ、男は微動だにせずナナシを見ていた。


「──よく……似ていらっしゃる」


 男がポツリと呟いた。


「誰にですか? 貴方は?」


 男の呟きに戸惑いナナシが尋ねると、男ははっとしてから丁寧にお辞儀をした。


「大変失礼致しました。私めはケヴィンと申します。モンティス家の執事をしております」

「ケヴィン?」


 その時ナナシの頭の中に、ぼんやりと人影が浮かんだ。ナナシよりも小さな男の子だ。


 ──今一瞬何か思い出した様な? それに《ケヴィン》ってあの刺繍と同じだ……。


「応接間にご案内致します」


 ケヴィンに案内され広々とした応接間に通され、ナナシとオーウェンはグレアムと向かい合う形で大きなソファに座らされた。


「隊長、一体何があったんですか? 非番なのに態々お屋敷に呼びつけるなんて」


 未だ状況が分からず、困惑しているオーウェンが尋ねた。


「その子供に我が家のケヴィンが心当たりがあるらしい」

「本当ですか!?」


「どうだ?」とグレアムがケヴィンを一瞥しすると、ケヴィンが頷いた。

「では……!」と意気込むオーウェン。


「グレアム様、その前にお二方に私の話しをしても構いませんか?」

「構わぬ」


 許可を取るケヴィンにグレアムがケヴィンに話しを促した。


「有難う御座います」


 そう言ってケヴィンは恭しくお辞儀をしてから、話し始めた。



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