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嘆きの森から  作者: 空色
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 暗闇の中ナナシは森の中を走る。足音が後ろから着いてくる。


 ──夢と同じだ!


「隊長! リードさん!」

「ふふっ、呼んでも無駄だ!」


 待機している筈のグレアムとリードの姿は見えず、叫ぶ声は虚しく闇夜に木霊する。足が縺れそうになりながらもナナシは必死に走る。


『こっちじゃ!』


 何処からともなくウンディーネの声が木霊した。目の前を光の粒が飛び交っている。ナナシはその案内のままに森を駆け抜ける。


「ナナシちゃん!」


 魔道士フレディの声がした。魔道士フレディは一足先に森に入り、魔法遺跡の発動の準備をしていた。精霊石の魔力を帯びて最初にいた洞窟が光っている。よく見れば、洞窟の彼方此方に魔法陣が浮かび上がっている。


「ナナシちゃん! 中へ!」


 魔道士フレディが叫ぶ。ナナシは洞窟の中へ飛び込むと、魔法陣が反応し辺りは眩い光に包まれた。


「────」


 その瞬間、ウンディーネが自分の方に何か投げて寄越した。ナナシはそれを反射的に掴む。同時に頭の中へ失っていた筈の記憶が次々に浮かび上がって来る。




 ◆◆◆




「──奥様の様態はどうですか?」


 誰がが主治医に尋ねた。主治医は頭を左右に振った。


「芳しくありません」


 ナナシ──ナタリーはその様子を僅かに開いた扉の外で聞いていた。


「そちらは何か進展がありましたか?」

「恐らく、疫病を広げる悪魔が関係していると思われます」

「悪魔……。実は私の故郷に精霊の《浄化の花》というものがあります。殆ど伝承の様なものですが、それがあれば奥様の様態も回復するかもしれません」


 ──《浄化の花》?


 主治医の男は悩ましげに呟いた。


「そうですか、そんなものが……。私の方でも調べてみます。主治医様も病の治療法をお願いします」

「はい、此方も精進致します」




 ◆◆◆



 ──そうだ。私は()()()()を聞いたのだ。


 光が収まり、ナタリーが目を開けるとそこはやはり洞窟の中だった。洞窟の中は僅かに光っている。


「──やっと見つけました。ランドルフ侯爵家の姫君」


 洞窟を出た途端に誰かに声を掛けられた。声の方を向く。そこに居たのはオーウェンではなかった。灰色の髪を丁寧に撫でつけた男だ。


「貴方を周りから引き離す為に随分と苦労致しました。《精霊の盾》の正式なる継承者」

「貴方は」


 ──私、この人を知っているわ!この顔は覚えがある。


 頭の中を一人の人物が浮かんだ。


「お母様の主治医!」


 彼はランドルフ侯爵家の主治医の一人だった。つまり、悪魔は医者のふりをして病気の研究を邪魔していたのだ。


「何故!?」

「何故? 貴女が《精霊の盾》の正式なる継承者だからです。この男を利用出来たのは僥倖でした。人の心の闇に付け入るのは容易い」


 悪魔はナタリーを嘲笑った。


「ふふっ、ですがこれで《精霊の盾》が手に入る」


 そう言って、悪魔はナタリーに触れようとした。


「!!」


 ナタリーは悲鳴にならない声を上げた。その時、ナタリーの胸の辺りに眩い光が集まった。


「何!?」


 悪魔が一歩後退った。


「な……に……?」


 ナタリーは光の方を見る。眩い光は半透明の花の形をしており、それが開花しながら光を集めている。


「《浄化の花》!?」


『この花が開花する時悪魔の名を叫べ!』


 魔導遺跡でウンディーネがこれを寄越した時に言っていた言葉が脳裏に蘇った。


 ──ウンディーネ様! この悪魔の名は……!


 魔道士フレディの言葉が蘇る。黒い獣の姿を持つ悪魔。


「《浄化の花》よ! どうか悪魔バルバスの力を封じて!」


 ナタリーは《浄化の花》を強く握り締め叫んだ。その声に呼応して《浄化の花》はより強く輝き出す。


「っ!」

「ぎゃああああああ!」


 悪魔バルバスの断末魔が闇に響いた。人の姿が取れなくなり、黒い獣の姿に変わる。そして、闇夜に溶ける様に消えて行った。

 気付けば、《浄化の花》も握り締めた掌から消えてなくなっていた。

 空を仰ぐと空は白み始めている。


「終わったの?」


 ナタリーは呆然としながら、呟いた。


 ──“悪魔が去っても病は病として残る”。


 ウンディーネの言葉が頭を過る。


「まだ、終わりじゃない」


 ナタリーは屋敷に向かって歩き出した。森を抜けると小さな人影があった。


「お嬢様! ナタリー様!」


 両目一杯に涙を溜め、今にも泣き出しそうな少年がそこに居た。屋敷からこっそり抜け出して来たらしい。


「ケヴィン!」


 ナタリーは彼の名を呼び、駆け寄った。ケヴィンもナタリーに駆け寄って、互いの手を取った。


「ご無事で良かった! 待っている間、もし……もしも、お嬢様が帰って来なかったらと、生きた心地がしませんでした。こんなに苦しいなんて思いませんでした。軽率でした」


 ケヴィンの告白にナタリーは息が詰まる。


「たくさん心配かけて、ごめんなさい。ケヴィン、帰りましょう」


 そう言って、ナタリーがケヴィンと手を繋いだ。ケヴィンはバツの悪そうな顔で、ナタリーを見る。


「その、《浄化の花》は見つからなかったのではありませんか?」

「いいえ?」

「え? あれは()()()()()()咲く花なのだそうです」


 ケヴィンの言葉にナタリーは目を瞬かせた。


「凄いです! どうやって見つけたのですか!?」

「ウンディーネ様が下さったの」


 ナタリーご正直に言うと「ウンディーネ様!?」とケヴィンは興奮気味に「お嬢様凄いです!」と繰り返した。

 屋敷に帰ると、二人はナタリーの父親であるランドルフ侯爵とケヴィンの父親である執事に酷く叱られた。

 しかし、ナタリーの鞄の中にグレアムからの手紙や未来のケヴィンや薬師ドミニク、医師イライアスよって書かれた流行病の治療法を見つけると屋敷の中は歓喜に満たされた。


 それから暫くして、流行病は緩やかに収束を向かえた。

 これがフォーサイス歴397年の事である。




 ◇◇◇




『 ナナシへ


 正直、話すべきか迷ったが、知っておくべき事だと思い此処に記す事に決めた。もし、魔法遺跡の影響で読まれなければそれまでの事だろう。


 オーウェンの事だが、何故彼が悪魔に付け込まれるに至ったかという事だ。彼が目を覚まさないので、全て私の憶測ではあるのは了承して欲しい。

 彼はミッチェル子爵の私生児であった。早くに母親を無くし、ミッチェル子爵元で育てられた。彼には正妻の息子である二人の兄が居たが折り合いが悪く、彼自身、あの家には居場所が無いと感じていたのだろう。

 ただ、唯一の支えだったのが、年の離れた弟だった。彼にとても懐いていたらしいが、弟は病弱だった。それが、あの流行り病で亡くなってしまった。悲しみに暮れる彼の心に悪魔に付入られたというのが憶測だ。


 また、悪魔が現れる前に病が流行ったのは、悪魔が失った力を取り戻す為だと魔道士フレディが言っていた。

 あの悪魔は力を取り戻す度にランドルフ侯爵家を襲うだろう。魔道士フレディや医師イライアス、薬師ドミニク達と対策を考えてみた。手紙に同封しているので見て貰いたい。


 最後に、魔物などと言って悪かった。ここに謝罪する。


 グレアム・モンティス・ランドルフより 』


「ちゃんと口で言えば良いのに」


 手紙を読み終わって、ナタリーは手紙の主に文句を言った。だが、おかげでオーウェンが何故悪魔に付け入れられたのか知れたし、治療法も手に入った。ナタリーが過去に戻ったので、将来オーウェンの弟が流行病にかかる事は無くなるかもしれない。ナタリーは未来に希望を託した。



 ◇◇◇



 ──フォーサイス歴401年


 流行病から回復したランドルフ侯爵夫人が男児を出産。


 ──フォーサイス歴411年


 ナタリー・ランドルフはフォーサイス王国初の女侯爵となる。


 ──フォーサイス歴421年


 ナタリーは弟に爵位を譲る。しかし、短い在任期間にも関わらず多くの制度を構築し、フォーサイス王国きっての女傑として有名になった。





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