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──ミッチェル子爵邸(オーウェンの実家)
オーウェンは病を発症してから実家の別邸にて療養していたらしい事がケヴィンの報告により分かった。呼び鈴を鳴らすと執事が現れた。
「ようこそお越しくださいました、ランドルフ様、リード様。……ところで、そちらは?」
執事が恭しくお辞儀をすると、ランドルフとリードの後ろに立つ3人の人物を不思議そうに見た。
「此方は王都の魔道士フレディ殿、医師イライアス、薬師ドミニクだ」
「王都の?」
執事は目を瞠った。オーウェンの見舞いに行くのはグレアムとリードだけだと思っていたらしい。グレアムからも薬を持って行く旨は伝えていたが急遽決まった事なので伝えていなかったのだ。
「ええ、オーウェン騎士は流行り病だとお伺いしました。昨年の事もありますし、我々の研鑽の為にも是非、診察させて頂きたいと思いまして、無理にご同行させていただきました」
フレディが人好きのする笑顔を浮かべた。
さて、何故このメンバーになったかと言うと──
◆◆◆
グレアムがオーウェン宅へと連れて行く精霊使いを選びに騎士団に行くと、丁度医師イライアス、魔道士フレディと鉢合わせた。
「ランドルフ隊長ではありませんか? 本日はまだ待機中下さいだとお伺いしましたが」
「貴方は確か……」
グレアムは記憶を辿る。色々あって忘れていたが、今王都から数人派遣されていた事を思い出した。
「申し遅れました。王都から参りました、魔道士のフレディです」
「同じく王都から参りました。医師のイライアスです」
二人が頭を垂れる。グレアムは王都から来たというだけで、威張り散らす人物を想像していたがどうやら違うらしい。若いが好感の持てる人物のようだ。
「その後、ナナシちゃんの様子は如何ですか? 今、ランドルフ隊長のところにいると使用人のベルタに伺いました」
医師イライアスが尋ねる。《嘆きの森》から帰還した直後にナナシの健診をしたのは彼だった事を思い出す。どうやらその後が気になっていたらしい。
「体調面では特に問題は無さそうだ。ただ、記憶が戻った様子は無い」
簡潔にグレアムが告げると、医師イライアスが眉を八の字に曲げた。
「まあ、昨日の今日ですからね。ところで隊長はどうして此方に?」
「今、所要で精霊使いで手の空いている者を探している。また《嘆きの森》への調査に同行出来ないか申請をな」
グレアムの言葉を聞いて魔道士フレディと医師イライアスは顔を見合わせた。
「それは丁度良かった! 此方からも是非お願いしようかと思っていたのです。ですので、これからランドルフ隊長宅へとお願いしに行こうかと思っていた次第です」
にこりと魔道士フレディが笑う。
「それは、また何故?」
今度はグレアムが目を丸くした。
「遺跡まで我々も案内が欲しかったのです。我々は王都から来た為土地勘もありません。発見した方々に案内を頼むがスムーズに調査が進むと思いまして」
魔道士フレディの言葉にグレアムは驚いた。ランドルフ領の騎士団と魔道士はどちらかと言うと仲が悪い。その為、遺跡調査の権限は魔道士部隊が全て持って行ってしまうかと思っていたのだ。
「それは、此方も是非お願いしたい」
「ところで、精霊使いを探しているのでしたら、私がお力になれないでしょうか? 医師イライアスもナナシちゃんの様子を見に行きたいと言っています。少しばかりお手伝い出来ると思いますが」
グレアムにとっては願ってもない申し出だ。だが、少しばかり都合が良すぎる気もする。予想外の申し出にグレアムが戸惑う。
「態々王都からいらっしゃった方々に、所要に付き合わせる訳には………」
「お気になさらないで下さい!」
グレアムが丁重にお断りしようとすると、魔道士フレディは食い気味にグレアムの言葉を遮り、グレアムの手を取った。何故か目が爛々と輝いている。
「ま、魔道士殿……?」
グレアムが魔道士フレディの勢いに気圧されていると、魔道士フレディはグイグイとグレアムとの距離を縮める。
「どうぞフレディとお呼び下さい。ランドルフ隊長!」
にっこりと人好きのする笑顔を向けられた。
◆◆◆
魔道士フレディに圧される形で同行が決まり、ついでとばかりに薬師ドミニクまでついて来た。この3名はこのランドルフ領での派遣の際に親しくなったらしいが、昔からの友人の様に仲が良い。
ミッチェル子爵家の執事に案内され、離れの応接間に通されると、中には既にミッチェル子爵と夫人が待っていた。
「ランドルフ様直々に愚息の見舞いにいらっしゃるなど、なんとお礼を行っていいか……。本当に感謝いたします」
青白い顔をした夫妻が恭しくお辞儀をした。
「早速ですが、オーウェン様を診察させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ」
医師イライアスと薬師ドミニクが執事に連れられオーウェンの寝室へ通された。医師イライアスと薬師ドミニクが診察しているの間、グレアム達はミッチェル子爵夫妻から事情を聞くことにした。
現在別邸には流オーウェンの世話をする為の数人の使用人しかいない。グレアム達がオーウェンの見舞いに来ると言った為、ミッチェル子爵夫妻は本邸からやって来ていた。
「ところで、オーウェンが病に倒れてから何か変わった事はありませんでしたか?」
「変わった事ですか……?」
リードの言葉に夫妻がピクリと反応する。
──何かあるのか?
グレアムは眉間に皺を寄せる。ミッチェル子爵が考える様な素振りをしてから口を開いた。
「……何故、魔道士様までいらっしゃったのでしょうか?」
「先程もご説明しました様に、我々の研鑽の為です。この病はランドルフ領でしか流行ってません。ですので、あらゆる観点から、医術的は勿論、魔術的要素が関わっていないか調査しているのです」
「魔術的要素、ですか?」
夫妻が目を丸くする。
「ええ、この地方は特に、精霊の影響が強いとされていますし、未だ観測されていない現象があるのではないかと」
「それは具体的にはどういう事でしょうか?」
「具体的には分かりません。その分からない事を我々は調査しているのです。ですので、ミッチェル子爵様にもご協力願えないかと」
魔道士フレディがにっこりと笑いかける。すると、ミッチェル子爵夫妻の表情が少しばかり柔らかくなる。この人好きのする笑みは相手の警戒心を解く為かとグレアムは納得した。グレアムには出来ない芸当だと感心する。
「私達に出来る事であれば……」
「でしたら、オーウェン様が流行り病を罹患した時期や症状、……後はお辛いでしょうが、亡くなられたオーウェン様の弟君の事もお伺いしたいのです」
「そう言う事であれば、ご協力いたします」
ミッチェル子爵夫妻がそう言うと、グレアムとリードは胸を撫でおろした。グレアムとリードだけではこうも簡単に了承は出来なかっただろうと改めて魔道士フレディに感謝した。
◇◇◇
「これは……」
医師イライアスと薬師ドミニクはオーウェンを見て愕然とした。横たわるオーウェンの全身に痣が出来ていたのだ。病についての資料は読んでいたが、実際に、見るのは初めてだ。
「この病の末期症状……だな」
──今から治療して間に合うだろうか……。
医師イライアスの脳裏にそんな不安が過る。とりあえず、現在この病に効果があるとされている薬剤は一通り持って来てはいるが、何処まで効果が出るかは分からない。薬師ドミニクに頼んで薬を煎じて貰う。その間に医師イライアスは痣の形状やオーウェンに出ている症状を一つ一つ丁寧に記録していく。
「何故、この様な状態になるまで放置をしたのですか?」
医師イライアスが執事に静かに問いかける。
「そんな! 我々は放置など!」
執事が声を荒げる。
「私は責めているのではありません。理由を問うているのです」
医師イライアスが執事を落ち着かせるように静かに問うた。
「本当です。放置などしていないのです……」
執事が唇をわなわなと震わせた。
「お話くださいますか?」
薬師ドミニクが執事を労るように声をかけると執事ば「実は……」とポツリポツリと語りだした。