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嘆きの森から  作者: 空色
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 ゆっくりと目を開ける。


 ──ここは、何処?


 辺りは薄暗いが岩に生えた苔が僅かに光を放っており辛うじて周りが見える。視線をさ迷わせると辺りは岩の壁。どうやら洞窟の中らしい。

 洞窟の吹き抜け部分から、月明かりが差し込んでいる。いまは夜のようだ。洞窟の吹き抜け部分が行き止まりとなっており、反対側は道がある。真っ直ぐ進んでいくとあっという間に出口が現れた。さして深い洞窟というわけではなかったらしい。


 ──なんでこんな処にいるんだっけ??


 過去の記憶を辿ってみたが何も思い出せない。どうやら目を覚ます前までの記憶がないらしい。


 ぐううぅ。


 盛大な腹の音が夜の森に虚しく響く。 


「お腹すいた……」


 腹が減っては戦はできぬ。

 とりあえず、食べるものを探さないとと自分の服を漁ってみるが何も出てこない。一旦、元いた場所に戻って探してみたが、光る苔と明らかに毒々しい模様のキノコ、矢鱈脚の多い昆虫等々食べられそうなものは無かった。

 探す過程で、月明かりを浴びて輝く綺麗な水晶を見付けたので、服のポケットに入れておいた。

 洞窟の中を一通り探して食べ物は無かったので、洞窟の外側を探してみようと思ったが、やはり今は夜。満月と言えども明かりなしに森の中を彷徨くのは心許ない。朝を待つことにした。


 うっすらと空が白けて来ると森の中が見えるようになった。

 鬱蒼とした森は余りにも静かすぎて気味が悪い。幸い背の高い草は生えていないので見通しは良い。

 ガシャンと足元で音がした。何か蹴飛ばしてしまったらしい。


「?」


 円柱型に取っ手の着いたそれは、ランプだった。拾い上げてみると僅かだが蝋燭も残っている。


「お、ラッキー! 後は火をつけるものを探さないと」


 ぐうううぅ。


 またしても、盛大に腹の虫が鳴いた。


「くっ! 食べ物の調達が先か!」


 意識的に独り言を言ってみたが当然誰の返答もない。虚しい。その内木にでも話しかけそうだ。

 迷っても元の場所に戻れるように木に石で印をつけながら進んでいく。生憎食べられる草の見分け方など知らないので、食べられそうな木の実や水場を探すが一向に見つからない。

 ギャアギャアと騒がしい鳥の鳴き声が上空を通り過ぎていく。


 ──あれ一匹で何日間持つかな?


 捕まえる手段すらないのにそんな事を考えていると、ぐうううぅ。と腹の虫が鳴いた。

 それから暫く歩いていくと僅かに水の音が聞こえた。音のする方に進んでいくと沢があり、下流に行くほど太くなっている。このまま下流に向かえば池や川があるかもしれない。魚も捕れるかもしれない。そうすれば、水と食料の確保が同時に出来る。

 逸る気持ちを抑えて下流に下っていく。予想以上の大きな池が現れた。同時に人の声が聞こえた。池の向こう側で数人が、集まって何かしているようだ。

 そっと木の影から覗いてみるが、遠くてよく見えない。よく見ようと前に乗り出したところで首元にヒヤリとした何かが当たった。


「子供、此の様なところで何をしておる」


 恐る恐る振り返ると、銀色の鎧に赤いマントを纏った大柄の男が自分に刃を当てていた。銀色の目を細め鋭い相貌で此方を睨んでいる。


「えっと、どちら様で?」


 万歳の体勢で、敵意はありませんよ! と猛アピールしながら訊ねる。物騒なものは早くしまって欲しい。


「貴様、此の格好を見て分からぬだと! 怪しい奴め」


 驚愕の表情で此方を見て、更に警戒を強くされてしまった。失敗だ。というか何、有名人なの? だって、知らないんだもん。


「隊長! 何事ですか!?」


 後方から若い騎士が走り寄ってきた。目の前の男程ではないが、背は高く、短い金髪に空色の瞳の爽やかイケメンだ。


「──こんな所に子供?」


 青年は自分と隊長を不思議そうに見比べている。


「オーウェン、近寄るな。奴は魔物かもしれぬ」

「魔物!? こんな子供が!? たっ、確かにこんな所で迷子なんて不自然ですが」


 オーウェンと呼ばれた男は驚いて隊長を見る。


 いきなり魔物認定された事に困惑して万歳の体勢のまま固まっていると、じっとオーウェンが覗き込んでくる。


「隊長、自分には只の子供にしか見えません。そもそも魔物が人に化けるなど聞いたことがありません。人型の魔物とも違うようですし」

「ここは『嘆きの森』故に、なにが起こるか分からぬ」


「そうですが……」と釈然としない様子でオーウェンが隊長を見つめる。隊長は憮然として刃は首元につけたまま此方を睨んでいる。


「君、名前は?」と恐る恐るオーウェンが問いかける。


「名前は──」


 ──あれ?


 名前を答えようとして、答えられなかった。


「どうかしたか?」

「早く答えぬか」


 名前が思い出せない事に気付いて顔を青くすると、オーウェンが心配そうな顔で此方を覗きこむ。その横で隊長が睨みを聞かせている。下手な答えをすれば首を跳ねられかねない。


「……あの、分かりません」


 悩んだ末、素直に答える事にした。他に返答が思い付かなかったのだ。


「何だと?」

「分からない? 名前がかい?」

「はい。名前だけでなく、此の森で目を覚ます前のことは何も」

「何も? この森で目を覚ます前って事は何処に住んでいたとか、何をしていたとかも?」


 大きく首を左右に振るとオーウェンは困ったような顔をする。


「やはり怪しいな。貴様嘘を言うと命の保証は無いぞ」

「なっ酷! 嘘なんかついてない!」

「隊長! 相手は子供です! 一旦、野営場所まで連れて行きましょう。それから真偽を確かめても遅くありません」


 剣呑な雰囲気の隊長をオーウェンが慌てて宥める。


 ああ、オーウェンさんがイケメンに見える。いや、イケメンだけど!


「それに知能のある吸血種などの人型の魔物は日光を嫌います。森の中では無事でも森から出れば正体を現すかもしれません」 

「──良かろう。魔物であれば、オーウェン貴様が責任を持って始末しろ」


 オーウェンの説得により、隊長は剣を納めた。ひとまず首と胴体は繋がったらしい。だが、聞き捨てなら無い言葉を聞いた。始末。魔物認定されたら始末されるのか。なんて恐ろしい! 



 ◇◇◇



「あのぅ、自分で歩けますけど……」

「貴様、そう言って逃げるつもりではあるまいな? 」

「逃げませんって」


 隊長の小脇に抱えられた状態で、運ばれながら一応抗議はしてみたが一蹴された。どんだけ人を魔物にしたいんだ。視線でオーウェンに助けを求めたが苦笑いされてしまった。まあいい。人間であることが証明されれば解放されるだろう。

 池の周囲をぐるりと半周して、騎士達の野営場所までたどり着いた。池の向こう側から見えたのは騎士団の野営だったらしい。隊長に気付いて騎士達が近付いてくる。


「隊長! 見回りご苦労様ですって……何です、それ?」

「ガキっすね。どうしたんです?」

「迷子……ですか? こんな所で?」

「近寄らないように注意喚起はしている筈だろ? 家出か?」


 隊長が小脇に抱えた子供に興味津々だ。


「貴様ら気を付けろ。魔物かもしれぬ奴だ」

『魔物!?』


 隊長の魔物発言に騎士達は戸惑っていると、オーウェンが他の騎士達に説明した。


「──記憶がないって、今まで何してたかも分からないのか?」

「聖騎士団を知らないってそりゃ……、記憶が無いなら有り得る、のか?」

「俺に聞くなよ」

「持ち物を調べるのはどうだ? 身元の分かるもの持ってるかもしれないし、無くても何か分かるかもしれない」  

「服装からして、どう見ても平民だろ?」

「なあ、お前何か身元の分かりそうなもの持ってないのか?」


 首を左右に振ると、若い騎士の一人が頭を掻いて「そうか。そうだよなあ」と一言。


「そもそも身元が分かるもの持っていれば、隊長に魔物だなんてと言われることもなかったんだからな。だが、なんで魔物だと思ったんだか……まさかな……」


 騎士達の様子からすると、隊長の様に魔物と思われている訳では無さそうだ。良かった。寧ろ、記憶が無い事を心配してくれているようだ。やはり、聖騎士団を知らなかった事が原因か。なんて心の狭い隊長だ。


「このランプは?」

「それは森で拾った物です」

「何か紋章みたいなものが書いてあるけど、剥げててよく分からないな」


 赤毛の騎士がランプを回して見るが、特に変わった点も無かったらしい。諦めて置いた。


「何処に住んでいたとか手掛かりも無さそうだし、只の迷子なら俺達の管轄でも無いしなあ。一旦、森の外に出て何処かに預けた方がいいんじゃないか?」

「ん? 君のポケットに入ってるものは何?」


 今度は別の騎士がポケットの膨らみに気付いて訊ねる。ポケットから取り出して見せると、騎士達は唖然とする。


「精霊石!」

「こんなに純度の高いもの見たことが無い! これどうしたんだ!?」

「"せいれいせき"? これ貴重な物ですか?」

「かなり貴重な物だ。何処で見つけたんだ!?」

「えっと、目が覚めた洞窟の中でですけど」

「その場所分かるか!?」

「はい、印を付けて来ましたから。それを辿れば元いた場所戻れる筈です」

「ホントか!?」


 騎士達の興奮気味な様子に若干引いてしまう。この"せいれいせき"なる物はとても貴重な物らしい。詳しく聞けば、精霊石事態は珍しい物ではないらしい。現に騎士達の鎧にも強化アイテムとして使用されているそうだ。だが、通常使用されるものはもっと純度が低く、大きさも小さいらしい。自分が持っていたのは要は一級品と言われる部類の物で、並みの騎士では滅多にお目にかかれないらしい。成る程、それで騎士達の興奮具合も納得だ。


「良ければ貰って下さい。自分じゃ使い道も無いでしょうから」

「いいのか!?」


 そう言って手を伸ばした騎士の手を赤毛の騎士が叩き落とした。


「いいわけないだろ! 全く油断も隙もない。お前もだ。記憶も無い状態で、このまま何も分からなければ路頭に迷うだろう? いざという時の為に資金源として持って置きなさい」


 ──資金。確かにそうかもしれない。


「分かりました」


 素直に手を引くと、先程の若い騎士は眉を八の字ににして、酷く残念そうな顔をする。


「でも、どちらにしてもこのまま持っていても自分には使い道が有りません。これを騎士団で購入して貰えませんか?」

「騎士団で?」

「はい。これを何処でお金に替えればいいかもわかりませんし、自分は現金が、騎士様達はこの精霊石が手に入ります。そちらの騎士様は随分と欲しがっていらっしゃいますよね。悪い話ではないと思います」


 赤毛の騎士は顎を擦りながら少し考える。


「有り難い申し出だが、俺の一存じゃ決められねえ。一旦、森を出て騎士団本部に戻る必要がある。それまで返事は少し待ってくれるか?」

「はい。分かりました」


 予想外に資金源が手に入った。これで森の外に出ても直ぐに路頭に迷うような事は無いだろう。赤毛の騎士──リードさんというらしい──に感謝しなければ。あの隊長とは大違いである。大柄で厳つい顔をしているが面倒見がいいようだ。やはり、あの隊長とは大違いである。


 ぐうううぅ。


 少し落ち着いたら再び腹の虫が主張し始めた。それを聞いた隊長がはっとした顔をする。何だろう。嫌な予感しかしない。


「貴様まさか──!」

「違います」


 くい気味に否定の言葉を口にするが、隊長は腰に差した剣の柄を掴んでいる。


「我々を喰らう気ではあるまいな!?」

「違います」


 予感が的中した。


「我等を罠に嵌める機会を伺っていたか!」


 だから、違うと言っている。なんでこの人が隊長なんだろうか?

 そもそも自分の主食は人間ではない。

 そっと周りの騎士達を盗み見ると彼等は隊長から目を逸らしている。必死に反らしている。見ないようにしている。明らかに『見ていませんよ!』、『聞いていませんよ!』 とアピールしている。全員が。


 誰か止めろよ。一人くらいあの暴走している人を止めてくれてもいいじゃないか。と内心で舌打ちする。


「──何か食べるものいただけませんか? 勿論()()()()で」

「お、おう。今携帯食料するから待ってろ」

「水も飲むか?」

「はい。飲みます」


 渡された携帯食料は固形の粘土のような物で口に含むとボソボソとしていてあまり美味しくない。だが、分けてもらっている側なので文句は言えない。黙々と口を動かして飲み込んだ。


「よっぽど腹が減ってたんだな。いつから食べてないんだ? っていっても分からんか」 

「隊長。やはり、森から出てから仕切り直した方が良いのでは?導師様の言うような異変もありませんし」

「貴様らこやつを森の外へ出すつもりか!? 任務を放棄する気か?」

「いや、仕切り直しですって。子供連れて任務を行う訳にもいきませんし」

「こやつは魔物やもしれぬ」

「魔物を連れても任務は出来ませんよ」

「ぐぬぬ……仕方あるまい」 


 リードとオーウェンの説得により隊長は渋々了承した。

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